男の娘になりたい (16)
もう男の子になるしかない――。
それですべてうまくいくというわけでもないけれど……。
大河に対抗して歩夢に告白するには、前提条件としてまず歩夢の恋愛対象のカテゴリーに入っている必要がある。そのためには女の子じゃダメだ。
そう思ったのだ。
菜月は心も体も女の子だから、せめて外見だけでも男子にならないといけない。
いままで長谷川さんのジェンダーフリー運動のことはあざ笑っていた。でも、男女別制服が廃止されたことがここにきて助け舟になってくれた形だ。
歩夢が受け入れてくれるかどうかは分からない。自信はない。
目指すのは男女反転カップル。
何もしなければ何も起こらないのだから、できることは何でもやってみるしかない。
菜月が大河と歩夢を追いかけて校舎の裏手に回ったとき、ふたりの姿は見えなくなっていた。焦燥にかられながらも校内マップを頭に浮かべて考える。まっすぐ行けば武道場だ。人の来ない場所に行ったはずだから、運動部が朝練をしていそうな場所は避けるはず。菜月は左に曲がって温室のある方へ向かった。
敷地の隅にある小さな温室の裏に、ふたりはいた。
思わず生け垣の陰に隠れてしまった。「ちょっと待ったコール」のために急いで追いかけてきたのだけれど、いざとなるとできなかった。
告白の儀式が邪魔してはいけない神聖なものに思えたからだ。
だったら覗き見することも許されないのだろうけど、菜月は見届けずにはいられなかった。
「歩夢」
と、大河がおもむろに言った。
「お前のことが好きだ。俺と付き合ってくれ」
何の前置きもなしにストレートな告白。大河らしい清々しい告白だった。
歩夢は告白されることを予期していたはずだけれど、驚きの表情は隠せないようだ。しばらく大河を見つめたあと、目を伏せた。震えているように見えた。
「でも、ボクは……」
「確かにお前は男として生まれた。俺もお前のことは男だと思ってきた。だが、三学期になってお前が本当の自分を出してきて分かった。歩夢は女だ。俺はお前のことをひとりの女子として付き合いたいと思っている」
「……」
「俺はお前のぜんぶを受け止めたい。歩夢、お前はいまのお前のままでいい。そのままのお前が好きなんだ」
その言葉に歩夢は両手で口元を押さえ、ぎゅっと目を閉じた。いまや目に見えて震えていた。
大河の声は落ち着いていた。もちろん緊張はしているのだろうが、妙に力が入ったり押し付けがましかったりするところはない。歩夢がずっと抱えていたであろう苦悩を分かったうえで、そのすべてを包み込むような大きな優しさに満ちていた。
隠れて聞いていた菜月でさえ、感動で目が潤んでくるのを感じたほどだ。しゃがんだまま足が痺れてくるのも気づかずに見入っていた。
何も答えずにずっと逡巡していた歩夢がようやく顔をあげた。泣き顔のような笑顔を作っていた。
「ありがとう、大河くん。ボク、そんなふうに思ってもらえて、すごくうれしい」
そう言ってふたたび視線を落とした。
「女の子になりたい。女の子として生きたい。女の子として受け止めてほしい。そう思ってたから。大河くんはボクを認めてくれて、ボクに普通に接してくれたから」
歩夢は喜びを噛みしめるようにちいさく照れ笑いした。
「大河くんのことは好きだよ。カッコよくて、優しくて、男らしい。一緒にいて楽しいし。女子にモテるのも当然だと思う。だから、女の子として大河くんみたいな男子を好きになるのが当たり前なんだなって思ってた。だけど――」
そこで自嘲気味に唇を歪めて、
「なんだか踏み切れなくて。ボクはずっと自分の気持ちが、自分がどうしたいのか分からなくて……。ずっと悩んでいたんだ。もしかしてボクは自分で思っているほど女の子じゃないのかも、それとも、自分で思っているよりずっとおかしい人間なのかも」
歩夢は顔をあげて大河を見つめた。
「大河くん、ゴメンなさい。ボクは……、ボクは女の子が好きなんだ」
(ちょっ……)
何を言い出すんだッ、と菜月は思わず声をあげそうになった。なんとか声を飲み込んだものの、そのあとの歩夢の言葉は頭に入ってこなかった。
(歩夢が好きなのは女の子……?)
歩夢は自分の性的指向がまだ分かっていないという彩乃の言葉が脳裏に蘇った。『あんたの魅力は女子相手にしてこそ発揮される』とも言っていたけれど……。
(どうしよう……。あたし、きょうから男の子になっちゃったのに……!)
[男の娘になりたい]
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