男の娘になりたい (08)

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 菜月は顔を真っ赤にして、必死の思いでその質問をした。恋の相手が同性愛者かもしれない。菜月にとっては大問題だ。

 ところが、歩夢は予想もしなかったことを訊かれたという顔をした。

 恋の告白をして返事を待つ間のようなヒリヒリする時間がすぎた。

「ボクが……?」

 菜月がそっと顔をあげると、歩夢は真剣に考え込んでいるような顔をしていた。

「うーん。正直よく分からない。これまで好きになった子って菜月ちゃんだけだし――、あ、つまり子供の頃の話で恋愛とかの意味じゃないんだけど。でも、ボクが心は女の子だってことは、そういうことだと思う。恋は心でするものだから、ボクが恋をするなら相手は男の人になるのが普通だと思う」

 菜月は二重にショックを受けた。菜月ちゃんが好き、と言われて舞い上がりかけた直後に、恋愛対象は男、と言われたのだ。ワンツーパンチを食らった気分だった。

 菜月はもう何も考えられなくなっていた。

 ふたりはほとんど言葉をかわすことなく学校に着いた。

 下駄箱の前で歩夢は笑顔を作ると、

「菜月ちゃん、こんなボクだけど、これからも友達でいてくれる?」

 と尋ねた。

(もう友達でいるのはイヤ。彼女になりたい。もうムリなの?)

 と思ったけれど、菜月は引きつった笑みを浮かべて、

「うん」

 と答えることしかできなかった。

 歩夢がうれしそうに早足で去ったあと、菜月はとぼとぼ歩いて教室へと向かった。

 いままで告白されてお断りした女子生徒たちのことを思った。まさか自分が同じ立場に立たされることになるとは。

(『これからも友達でいてくれる?』か。歩夢の言った『好き』は、友達として好きっていうことだよね。幼なじみから恋人にランクアップするのはハードルが高いとは思っていたけど、このまま友達という立場でガマンするしかないのかな)

 廊下を歩きながらそう考え、ため息をついた。

 ふと、菜月は廊下の雰囲気がいつもと違っているのに気がついた。

 何か違和感を感じる。

 なんだろうと不思議に思っていると、出し抜けに原因に思い至った。

 今朝はひとりも男子生徒を見かけていないのだ。

 女子校だった二年前まではこんな風景だったのだろうなと思う。でもいまは共学だ。一年生ならクラスに八人か九人の男子がいる。朝のホームルーム前の時間だって、すべての男子がたまたま朝寝坊したのでなければ十人やそこらは廊下で見かけるはず。

 変だなと思いながら教室に着いた。

 教室の中にも男子生徒はひとりもいなかった。

 歩夢はきょうも女子生徒に囲まれている。

 もちろん歩夢は男子なわけだけど、女子制服を着た歩夢は女子生徒にしか見えない――。

(えーッ!?)

 菜月は目を見開いた。

 歩夢以外の男子生徒も――、いた。

 三人、いや、四人か。みんなスカートを穿いてスクールリボンを付けている。女子生徒ばかりの風景に同化していて最初は気づかなかった。男子生徒だと認識できてしまえば、いつも同じ教室で授業をともにしている男子のクラスメートだとわかる。まるで騙し絵だ。この絵の中に動物が五匹隠れています、みたいな。

 歩夢の美少女ぶりにも驚かされたものだけど、ほかの男子たちの女装も気合が入っていて、かなりの美人に見えた。さすがに美形揃いの学校と言われるだけのことはある。

 立ちすくんでいる菜月に、女子のクラスメートたちが声をかけてきた。

「おはよ、菜月。菜月もビックリしたでしょ? タケルくんもマサユキくんもすっごい美人。きのうの歩夢ちゃんに触発されたんだね」

「いまミスコンやったら上位は男子で独占されちゃうよね。ねえねえ、菜月は気になる人いる? わたしはアヤトくん。ますますファンになっちゃった」

「ちょっと、菜月には大河くんががいるでしょ。もしかして大河くんも女の子の姿で来るのかな。きっとサバサバ系お姉さまじゃない?」

「キャーッ、大河お姉さま、見てみたーい!!」

 その言葉に思わず大河の女装姿を想像してしまい、あいつなら美人になれるだろうなと思った。

 ちょうどそこへ背後から、

「ウッス、菜月。教室の入り口に立ってられたんじゃジャマだぜ」

 と、男子生徒の声がした。

 もしや、と思ってあわてて振り返った菜月は、いつもどおりの男子制服を着た大河の姿を見て、ホッと胸をなでおろした。

 きょう初めて見た男子らしい男子だった。

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