あの日の男 (01)

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その男は、小学生だったわたしの目の前で人を殺した。そのときのことは鮮烈に覚えている。だから、十年以上たって再会したいま、すぐに彼だとわかった。

わたしは職場の同僚の結婚式の二次会のあと、数人の友人とともに上司の男性に連れられて、ショットバーに来ていた。トイレから戻る途中で酔った二人組の若い男に絡まれているところを、彼が助けてくれたのだ。一八五センチはある大男で坊主頭の彼が、ぎょろりとした目で睨んだだけで、二人組は店を出て行った。

彼はカウンター席に座り、黒革の古びたジャケットのポケットから、年季の入ったシガレットケースとガスライターを出すと、カウンターの上に置いた。三十代のはずだが、猫背のせいで老けて見えた。

わたしは彼の隣の席について礼を言った。

「俺が何もしなくても、どうせバーテンが追い出していたさ」

彼はわたしと目を合わそうともせず、ぶっきらぼうにそう言って、ウイスキーのオーバーロックスを注文した。

わたしは、そっと店の奥に視線を走らせた。ここは同僚たちのいるテーブルからは見えない。もう少しこの男と話していてもいいだろう。

「助けてくれたのは二回目だわ。わたしのこと、覚えてる?」

「ああ、覚えている。きれいになったな」

ぎこちないお世辞だ。女と話すのは慣れていない様子で、迷惑そうにさえ見えた。それでちょっといたずらしてみたくなった。わたしは脚を組んで、スカートの裾からのぞく太ももが、うつむき気味の彼に見えるようにした。

彼は苛立たしげに顔を背けた。

「そうやって男を挑発するものじゃない。お前は昔からそうだ」

「あなたはわたしにストーカー行為をはたらいていたくせに。小学生だったわたしを毎日つけまわしてた。わたし、いま女性支援団体で働いているの。性犯罪や虐待の被害にあった人をあなたみたいな人から助ける仕事。あの日を境にわたしの前から姿を消したわね。いままでどうしてたの?」

彼はそわそわしながら鼻を鳴らした。

「ずっと刑務所だ。殺人罪だからな。先週、出所した」

「そ、そうだったんだ……」

わたしは少しばかりショックを受けた。考えてみれば彼が逮捕されて有罪になったのは当然のことなのだが、彼が罪を犯したのだとは、なんとなくこれまで考えたことがなかったからだ。

「わたしのせいだね」

「別にお前が悪いわけじゃない」

五年生だったわたしは、男が女に対して抱く不埒な欲望について、それなりに知っていた。しかし、怖いもの知らずの子供だったのだろう。わたしは男の欲望に、恐れよりも好奇心を覚えた。

母と二人暮らしだったわたしは、学校から帰っても一人きりだった。それで下校時によく寄り道をした。

ストーカーの存在に気づいたわたしがとった行動は、逃げることではなく、挑発することだった。尾行されているのを知って、わざとひとけのない場所を歩いたり、それとなくしゃがんでパンツを見せたりした。

大人の男が自分に性的な欲望を感じ、それを必死に抑えているのだと思うと、激しい興奮を覚えた。もちろん犯されることを望んでいたわけではない。怖いもの見たさだったのだ。どこまでやったらあの男の理性はふっとぶのだろう。どこまでやったら襲われるのだろう。そのスリルにどきどきした。

彼が襲いかかってきたら全力疾走して逃げるつもりだった。実際、何度か彼が近づいてきたので、そのたびにわたしは走って逃げた。それは刺激的な体験だった。それでだんだんとエスカレートしていった。

学校の帰り道、人目につかない公園でオナニーをして、それを彼に見せつけた。初潮はまだだったけど、アソコをこすると気持ちよくなるというのは知っていた。パンツをおろして、ほんの数メートルしか離れていない茂みに隠れている男の視線を感じながら、オナニーを繰り返した。

それはわたしと彼との二人だけの秘め事だと、そう思っていた。

けれど、それはとんでもない勘違いだった。あの日、いつものようにオナニーをしていたわたしに、まったく別の男が襲いかかってきたのだ。

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