第4話 脅迫者の素顔 (01)

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文化祭第一日目の朝。いとこの拓ちゃんと一緒に登校したあたしは、校門のところで恵梨香先輩の姿を見つけた。保護者参観向けの受付所の準備をしているらしい。

「おはようございます、恵梨香先輩」

「やあ、おはよう、沙希。――それに、な、鳴海……」

こちらに顔を向けた先輩は、拓ちゃんに気づいてぎこちない笑顔を浮かべた。

「おはよう、岡野。お前ら、下の名前で呼び合う仲になってたのか。岡野は女子からも苗字で呼ばれることの方が多いから意外だな」

「わ、わたしは沙希を妹のように思っているのだ。鳴海こそ、登校するときはいつも沙希と一緒なのか? ほんとに仲がいいよな」

「普段は陸上部の朝練があるから別々だよ」

好きな相手が自分の知ってる別の女の子と一緒にいるところに出くわして、つい「あんたたち付き合ってるのかぁ?」と冷やかしてしまう人がいるけど、いまの恵梨香先輩がちょうどそれだ。でも、拓ちゃんは恵梨香先輩の気持ちにはぜんぜん気づいてない。

ここはひとつ先輩のために協力してあげよう。

「ねえ、拓ちゃんはここで恵梨香先輩の仕事を手伝ってあげなよ。どうせ暇でしょ?」

「な……! さ、沙希ッ。わたしは別に鳴海の手を借りなくても――」

「そうだな。まだ作業が残ってるなら手伝うよ」

うんうん、拓ちゃんならそう答えるのはわかってたよ。

「じゃあ、あたしはアリス喫茶の準備があるので先に行きますね。応援してますから。がんばってください、恵梨香センパイ!」

笑顔でそう言って、顔を真っ赤にした恵梨香先輩とニブチンの拓ちゃんを残して校舎の方へ駆け出した。うしろは振り返らなかった。あのふたりはお似合いだと思う。拓ちゃんの彼女にはあたしなんかより恵梨香先輩の方がずっとふさわしい。

走りながらあたしは風がざわめくような不安を感じていた。きのう恵梨香先輩に『友達になってほしい』と言ってもらえたことがうれしい反面、恐れも感じていた。

援助交際をしていることがバレたらどう思われるだろう。もちろん軽蔑され、嫌悪されるだろう。いっときでもあたしと友人だったことを恥だと思われるかもしれない。

でも、援助交際はあたしにとって大切なことだ。あたしにとっては生きることだ。

高校入学以来、あたしはあまり他人と関わろうとしてこなかった。

学校の友達なんて、目が覚めれば消えてしまうただの夢だ。そう思ってた。

けれど、いまは失いたくないって思ってる。

ひょっとしたら、あたしだって恵梨香先輩や拓ちゃんと同じ世界で生きることが許される日が来るのかも――。胸の奥にそんな淡い期待が芽生えてる。

娼婦になるしかないことを受け入れてる一方で、お姫さまになる夢も捨て切れない。

いまをどう生きたらいいのかわからない。

そんなモヤモヤした気持ちをかかえて下駄箱にたどり着いた。ふーっ、とため息をついて下駄箱のフタを開けたあたしは、そのまま固まった。

上履きの上にハガキ大の白い封筒が置かれていたんだ。

恐る恐る手にとって見ると、『美星沙希様』と宛名書きされていた。ペン習字を習っていたことを思わせるような達筆だ。裏返してみても、差出人の名前はない。

耳の奥が圧迫されるような感じがして、自分の心臓の鼓動が聞こえてきた。背中がチリチリする。

ラブレター、という言葉が脳裏に浮かんだ。

急いで封筒をバッグに突っ込んだ。誰かに見られてないかと心配になって、まわりを見渡した。大丈夫、誰も気づいてない。

はやる気持ちを必死に抑えながら、上履きに履き替え、足早にトイレに向かった。

これまで男の子に告白された経験はない。ラブレターをもらったこともない。そんなのはあたしには無縁の世界の話だ。だけど……。

どうしたんだろう、こんなにウキウキする。

うれしいって感じてる。

顔がニヤけてないか心配だ。笑いを噛み殺して真っ赤に照れながら、走りだす寸前のスピードで廊下を一直線に歩いて行く女子。なんてカッコ悪いんだ、いまのあたし。

ようやくトイレにたどり着き、個室に入って鍵をかけ、便器に腰を下ろした。

バッグから封筒を取り出すと、深呼吸をして気持ちを落ちつけた。

封印シールをていねいに剥がす。中に入っていたのは三枚のA4の紙だった。予想に反して、その紙はプリンター用の再生紙だった。

紙を広げたあたしは、思わず「ひっ!」と声をあげそうになった。

ラブレターなんかじゃなかった。

ベッドの上に半裸で寝そべっている少女の写真が印刷されていた。放心したような表情で天井を見上げている。おなかに精液が飛び散っていた。

『あなたが援助交際をしていることを知っています』

死刑宣告にも等しい言葉が、余白に黒のサインペンで書かれていた。

手の震えが止まらない。視界が暗くなるのを感じた。そのまま崩れ落ちそうになるのをなんとかこらえた。

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