正門前に立っていると、下校する高校生が何人もあたしのことをじろじろ見た。お兄ちゃんの高校だ。門からは校舎が見えていた。校舎はすぐそこなのだが、ずいぶんと距離を感じる。
優姫さんがお兄ちゃんに本命チョコをあげるつもりだと聞いたときは、とても勝ち目はないと思った。だから、手作りチョコなんてやめようと思った。でも、優姫さんが男の人だとわかったからには、自分から身を引くわけにはいかない。
お兄ちゃんは優姫さんのことを親友だと言っていた。でも、昨日のお兄ちゃんは明らかに優姫さんのことを女の子として意識していた。でもでも、お兄ちゃんが男の人とくっつくなんて、そんなことがあってたまるか、ってんだ。
優姫さんにお兄ちゃんは渡せない。
だから恥をしのんでライバルである優姫さんに手作りチョコの教えを請うことにしたのだ。
あたしは人見知りするほうではないから、知らない年上の女の子ばかりのなかにひとり混じっていても平気だ。でもまさか優姫さんの言っていた、みんなでバレンタインチョコを作る会が、お兄ちゃんの学校の家庭科室で催されるとは、今日になって優姫さんから連絡を受けるまで思いもしなかった。
校門の脇に立てかけてある立て看板に目をやった。関係者以外の立ち入りを禁止します、と書かれている。お兄ちゃんが通っているからといって、あたしも関係者というわけにはいかないだろう。そもそも中学生が高校の校舎に入ったらダメだろう。
などと悩んでいてもしかたがない。あたしはお兄ちゃんに渡すチョコをまだ用意していないし、手作りチョコを作るとすれば作り方を誰かに教わらなければ今日中には作れないだろうし、だとすれば優姫さんのところまで行かなくては始まらない。
そうして一歩踏み出したところで、あたしは後ろから誰かに突き飛ばされた。よろけて転びそうになったところを、片手をつかまれた。
「やあ、すまない!」
あたしの手をつかんでいた人が言った。あたしは手を離されたらそのまま地面に突っ伏してしまうだろう姿勢のまま、声の主を見た。
この学校の男子生徒なのだろう。お兄ちゃんと同じ年頃に見える。顔はイケメンで、きりっとした細い眉に、白い歯が光っていた。だが、長髪にバンダナをしていて、それが三枚目の印象を与えた。着物に袴姿で鉄下駄を履いているところから武道系のクラブに属していることをうかがわせるが、なぜかヒマラヤ登山にでも行きそうな巨大なリュックサックを背負っていた。登山部なのだろうか。
「ランニングの途中だったのだが、うっかり君にぶつかってしまったよ。怪我はないかい?」
「だ、だいじょうぶです」
あたしが体勢を整えると、その人は手を離した。
「君はこの学校の生徒じゃないね? 誰か待っているのかい? ふむ、そうか、この学校に誰か好きな人がいるんだね。それでチョコレートを渡しにきたのか。どうだい、この際、このぼくに乗り換えないかい?」
な、それはナンパか!? やるじゃん、あたし。お兄ちゃん、見た? やっぱりあたしの方が優姫さんより女として魅力的なんだよね?
「ぼくだったらキミを……、ぐわっ!」
そこまで言ったところで、その人はあたしの背後から飛んできた誰かに突然ドロップキックを食らわされて吹き飛んだ。
「わたしの妹になにすんだーっ!」
男の人は背中から地面に倒れた。リュックサックのせいですぐには起き上がれず、じたばたともがいている。その傍らで飛び蹴りをした女子生徒は、仁王立ちになって男の人をにらみつけている。
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