男の娘になりたい (03)
現れたのは菜月たちと同じ一年で生徒会役員の長谷川さんだった。
菜月にとっては天敵である。嫌味のひとつも言ってやろうとした菜月は、長谷川さんの姿を見て思わず吹き出した。
男子の制服を着ていたからだ。
「プププ……、長谷川さん、さっそくズボンで登校してるんだ……」
「三学期からは男女別制服を廃止する。そう決まったでしょ。わたしが生徒会に入ったのも、学校のジェンダーフリーを推し進めるため。今回の決定は生徒会活動の重要な成果だ。今の時代、女だからといってスカートを穿かなくちゃいけないというルールがおかしかったんだから」
「そうだけどォ……、ククク、いや、長谷川さんに似合ってるよ。男子の制服姿」
長谷川さんは入学当時から黒髪をベリーショートにして、メガネをかけている。メガネフレームがダサくて、オバサンっぽい。
お腹を押さえて笑いをこらえる菜月に、長谷川さんは目を三角にしてにらんだ。
「男子の制服じゃなくて、スラックスタイプ。間違えないで。そういうあなたは相変わらずミニスカートで男に媚びてる。男社会の価値観に染まって、性を売り物にしている。意識の低いかわいそうな人」
「誰が男に媚びてるって? あたしは好きでミニスカートを穿いてるんだ。こっちのほうが断然カワイイしね」
菜月はスカートの裾をつまんで、自慢げに品を作ってみせた。長谷川さんはムッとした表情になった。
「あなたのそういう態度が男に媚びているというんだ。真冬なのにミニスカートに生足で寒さをガマンしてまで男ウケを狙う。バカとしか言いようがない。あなたのようなふしだらな不良が幅を利かせているから、ほかの女子生徒が同調圧力で穿きたくもないスカートをガマンして穿くことになる。生徒たちの健康のためにも、好ましくない」
「ふうん。で、生徒会役員様としてはどうするつもりかしら。いっそスカートを禁止にする?」
「本来、狙っていたのはスカートの廃止。さすがに一足飛びにそこまでは行けなかったけど。来年はスラックスを女子制服の基本として、どうしてもスカートを穿きたい場合は、理由を添えて申請してもらう形にするつもり」
上から目線で自分の正義を押し付けようとする長谷川さんの口ぶりに、菜月の髪が逆立った。
「そ、そんなデタラメなルールが通るもんか! 賛成する子なんているわけない」
「そうかな? 今朝の通学路でも、スラックスタイプの制服で登校している女子生徒を何人か見かけた。まだ少ないけど、女子だからといってスカートでなくてもいいんだと気づいた生徒から、徐々にスラックスタイプに切り替わっていくはず。性犯罪の被害から女子生徒を守ることにもなるから、学校側も協力してくれるでしょう」
「ぐぬぬ……」
「それと、化粧やアクセサリーなどの校則違反を、もっと積極的に取り締まるよう、うちの高校にも風紀委員会を創設することを生徒会長に具申している。高校生の本分は勉強。そこから著しく逸脱している一部の生徒に対しては、厳しく対処していく必要がある。もともと女子校なのだから、男の価値観を持ち込むのではなくジェンダー差別のない未来志向の学校を目指す。それこそわたしが生徒会で果たすべき使命だ」
「そんな窮屈な学校は願い下げだよ」
「誰もが自分らしく通える差別のない学校。それが窮屈だと感じるのは不良だけ。いやなら退学すればいいじゃない。男尊女卑の考えに染まって男に媚びる名誉男子なんて、この学校にいなくてもいい」
「なんだと、コノヤロー!!」
つかみかかろうとした菜月を彩乃と大河が押さえた。
長谷川さんはメガネの真ん中を人差し指で上げると、鼻で笑った。菜月を言い負かしたことに満足して、その場から歩み去っていった。
「なんだよ、あいつ。ムカツク!」
長谷川さんが言う「一部の生徒」の代表格が菜月だ。菜月は以前から長谷川さんに目のカタキにされているのだった。
「そんなにカッカしない。長谷川さんはいつもあの調子じゃん」
「彩乃だって、大学生の彼氏のことがバレたら不純異性交遊でタイホされるよ」
おでこにシワを寄せる菜月に、彩乃は肩をすくめてみせた。
「非モテブスの嫉妬なんて、相手にするだけ損だよ。あの子、ルックスは中の下ってとこでしょ? 性格がまともなら挽回できるのに、僻み根性で脳が壊れてるのさ。負ける屈辱に耐えられないならひとりで勝負を降りればいい。なのに、勝負自体を禁止してモテ子を引きずり降ろそうと必死になってる。無駄毛の処理だってしてないくせに、自分が勝てないのはルールが間違っているからだなんて、言いがかりもはなはだしいよ。専門用語で認知的不協和っていう精神疾患さ。哀れで惨めな子だね」
「彩乃って、あたしが思ってても口に出せないことを、よくズバズバ言えるな」
毒気を抜かれた菜月は落ち着きを取り戻した。
[男の娘になりたい]
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