第16話 世はなべて事もなし (11)

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 期末テストの初日の科目は世界史、生物、古典で、それほど得意ではないのだけれど、そんなに難しい問題は出なかった。暗記問題が多いから授業を聞いていさえすればそこそこの点は取れる。

 午後は援助交際の予定も入ってないからどうしようかと思っていると、梨沙から連絡があった。梨沙の学校は月曜からテスト期間で、ちょうどきょうで終わったそうだ。暇だったらどこかに遊びに行かないかという。

 翌日は数学、英語、保健だから、まあ直前にテスト勉強するほどのこともない。といって、あたしは普段からテスト勉強なんてしないのだけれど。

 そういうわけで、梨沙と渋谷で待ち合わせた。

「ちょっと、沙希、あなたの学校、テスト期間がきょうからなの? 遊んでいて大丈夫なわけ? 藤堂先生に怒られたりしない?」

 と、梨沙は目を丸くした。この子の学校はミッション系のお嬢様学校だけど、偏差値は県内でも上位で、あたしが通う晴嵐高校より格上だ。晴嵐は普通科が偏差値を下げてるところがあるから、特進と商業はレベルがかなり高いのだとは言っておこう。

「大丈夫だよ。勉強しないのはいつものことだし。それでも成績上位者だぞ。まあ、進学するつもりはないから、バカだと思われない程度の点が取れればいいのさ」

 梨沙もあたしも大人っぽいフェミニンコーデ。街に溶け込むファッションだ。きょうは駅の近くの商業施設を見て回るつもり。あたしたちは話しながら歩き出した。

「沙希は大学には行かないんだ。もしかして結婚?」

 梨沙の質問にあたしは笑った。

「梨沙みたいにいいなずけがいればいいんだけどね。あたしにとって大学に行くことが意味あることとは思えないし、体を売ることに慣れた子が普通に就職して働くのなんてやっていけるわけないじゃん。最近になって将来のことに悩むようになってきたけど、どうしたいっていうのもないしさ。あたしの特技も好きなこともセックスだもの、このまま行くとたぶん風俗嬢になると思う。お母さんもソープで働いてるし」

「でも、それで本当にいいのかどうか、いまひとつ自信を持てずにいるのね?」

「うん。あたし、お父さんから性的虐待されててさ、離婚してからはお母さんからも虐待されて、中学ではイジメられたし、性犯罪の被害にも繰り返し遭った。いまは援助交際の常習犯なわけじゃん。それで高校卒業したら風俗で働くなんて、なんか、あまりにもステレオタイプで平凡な感じじゃない?」

「うーん、たしかにありきたりと言われればそうかもね。でも、高校生で将来のことを明確に思い描いてる子なんてそうそういないし、わたしだってそうだよ」

「梨沙は何か将来やりたいこととかある?」

「わたしは世の中のためになる仕事をしたいかな。何をしたいのかはまだわからない。でも、自分の才能を活かした――どんな才能があるかもわからないけど――、わたしの力を活かせる場所で多くの人の役に立つ大きな仕事をしたいと思ってる。起業するのもいいな。――なんか、これもありきたりだね」

 と言って梨沙は笑った。

「すごいな、梨沙は」

 梨沙の家は現実離れしてると言っていいほどのお金持ちだ。そんな家庭でたっぷりの愛情を受けて育ったのだろう。この子はポジティブで未来の可能性を信じてるように見える。梨沙なら思い通りに生きていけそうな気がするし、人の役に立つ大きな仕事というのも、何かやってのけそうに思えた。

 あたしにはそういうのは無理だし、望んでもいない。でも、あたしも誰かの役に立ちたいし、自分の力を活かしたい。梨沙が目指してるような多くの人のためになることはできないかもしれないけど、そこからこぼれ落ちてしまうような誰かを救うことならできるかもしれない。そういう仕事だって必要とされているんじゃないだろうか。あたしみたいなはみ出し者だからできることだってあると思う。

 梨沙と手をつないで目的の商業ビルまでやってくると、平日午後のまだ早い時間なのに、ビル正面の広場には多くの若者があふれていた。大半は大学生だろう。まだ夏休みにはなっていないと思うけど、暇な時間がたくさんあるのが大学生の特権らしいからな。

「ねえ、沙希。あの人、援交の待ち合わせじゃないかな」

 梨沙が大階段の隅の壁にもたれてスマホをいじっている女性を見て言った。

「あー、確かにそんな雰囲気だね」

 あたしも同意した。垢抜けない感じに肩を露出した服にホットパンツ、頭がプリンで高級ブランドバッグも角が擦り切れてる。顔立ちからすると未成年。広場にはナンパ待ちのただのヤリマンとおぼしい女性も何人か見えたけど、そうした人たちとは雰囲気があきらかに違う。家出してきたけど年齢的にまだ風俗じゃ働けないからしかたなく立ちんぼしてる、ってとこだろう。

 あたしは梨沙の外見を改めて上から下まで見てみた。

「なによ、沙希?」

「いや、梨沙は援交少女のオーラを感じさせないなと思って。人生を楽しんでるお嬢様の雰囲気だよね。あたしはどうだろ? 自分では気をつけてるつもりだけど、メンヘラ地雷臭って隠しきれないものだから」

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