一年F組の教室では、もう喫茶店がオープンしていた。
バックヤードに入ると、背の低いショートカットの女子がムスッとした表情で近寄ってきた。クラスの文化祭実行委員の山根さんだ。
「ちょっと、美星さん。仕事サボってどこに行ってたのよ」
山根さんはグレーのミニワンピにグレーのタイツ、ネズミの顔出しマスクとしっぽをつけている。本人は内心こんなコスプレはイヤなんだろうけど、立場を考えてか文句は言ってなかった。喫茶店のテーマをアリスにしようと言い出したのはこの人だし、実際、ネズミの扮装がよく似合ってる。まあ、苗字が山根だからヤマネ役も仕方ない。
「その紙は何?」
山根さんがさっき理科室で印刷してもらったあたしの写真を奪い取った。山根さんのふたりの仲間が集まってきて、あたしを取り囲んだ。勉強はできるけど男子からは圏外と言われるようなタイプの子たちのグループだ。
「どういうこと? みんなが開店準備をしているときに、ひとりで文化祭を見て回っていたってわけ? 自分勝手なことしないでくれる?」
「ポーズなんか取っちゃって。男子に媚売ってるよ、この子。みっともない」
「そうそう。男子に人気があるからって、いい気にならないでよね。あのランキングの順位だってどうせ色仕掛けでしょ?」
言いたい放題に言われたけど、腹は立たなかった。むしろあまりに稚拙なセリフが笑える。これまでこの子たちに面と向かって悪口を言われたことはない。陰口は言われてたかもしれないけど。これもランキングで注目されてしまったせいか。
「ちょっとその写真見せてよ」
横から声がして、山根さんから写真を取り上げた。三ツ沢さんだ。
「なにこれ。かわいいよ、美星。プロのモデルの小川さんとも張り合える、っていうか美星の方が上じゃん」
アリスに扮した三ツ沢さんがニコニコして言うと、山根さんが露骨に嫌そうな顔をした。
そこへほかのふたりのアリス役、高島さんと吉野さんも集まってきた。
「美星さん、カワイイ。わたしたちもあとで写真撮ってもらいに行こうよ」
「賛成。ねえ、この写真、お店に飾らない?」
人気者の三ツ沢さんはクラスでは一目置かれている。男子にモテるということでは、あたしよりこの子の方が上だ。実際よく告白もされているらしい。
アリス役の四人を相手にしては勝ち目がないと悟ったのか、山根さんたちは不機嫌そうに離れていった。
「ブスの嫉妬、ウゼー。気にすることないよ、美星さん」
吉野さんが山根さんたちの方に目をやりながら小馬鹿にするように言った。それからあたしの方を意味ありげに見て、
「鳴海先輩、来てるよ」
と、ささやくと、高島さんと一緒にまたホールに出て行った。
あたしは三ツ沢さんを見た。更衣室で三ツ沢さんにひどいことを言ってしまったことが頭をよぎった。脅迫状のことで気が立っていたとはいえ、三ツ沢さんには罪はない。いまだって三ツ沢さんはあたしを山根さんたちから助けてくれたんだろう。頭ではわかってるのに、素直に受け入れられない。
三ツ沢さんは、悲しそうな笑顔を見せた。
「ねえ、美星。ひょっとして、わたしって美星に嫌われてるのかな?」
あたしは何も答えられず、かわりに三ツ沢さんをにらみつけてしまった。
「そっか。いままでゴメンね。美星にウザがられてたなんて思いもしなかった。ほら、わたしってこーゆーヤツだからさ、気づかないうちにあんたを怒らせちゃってたんだね。だったらもう美星には話しかけない。もう迷惑かけないから、安心していいよ」
そして、三ツ沢さんも去っていった。
自分でも驚いたことに、あたしは三ツ沢さんを呼び止めようとしてしまった。でも、結局声を飲み込んだ。
ホールに出ると、拓ちゃんが三人の男子生徒と一緒にテーブルについているのが見えた。まだお客さんはすくないのに、高島さんも吉野さんもオーダーを取りに行こうとしない。吉野さんがあたしを見てウインクした。
あたしがテーブルに近づいてオーダーを取る様子を、クラス中の生徒が見守っていた。まったく、ただのいとこだって説明して納得してもらえたはずなのに。
ウエイトレスとお客さんとしての短い会話だけを交わす。拓ちゃんの友達はあたしを可愛いと言って褒め、拓ちゃんをからかった。
冷やかされることがうれしかった。
甘い空気が心地よかった。
やがて文化祭の一般公開の時間になると、お客さんも増えてきて、あたしもウェイトレスの仕事が忙しくなった。
脅迫状については、手がかりはまったくないし、どうすればいいかというアイデアも浮かばなかった。自分が多重人格なのではないかという不安は消えないけど、あまりに現実離れしていて、どう向き合えばいいのかわからない。
[援交ダイアリー]
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