柴田はふてくされた様子で深くため息をつくと、返事はせずにバスルームに入った。
あの男が素直にお金を払うとは思えない。たぶんあたしがシャワーを浴びてるあいだに逃げる気だ。かといって、精液をかけられたからシャワーを浴びないわけにはいかない。
柴田が脱ぎ捨てた服に目を止めた。あいつの服を持ってバスルームに入り、中から鍵をかければいい。全裸で逃げるわけにもいかないだろう。
やがて柴田がバスルームから出てきた。あたしは柴田の服を両手にかかえてバスルームに駆け込もうとした。ところが柴田にブロックされて、床に突き倒されてしまった。
「おいおい、俺の服をどうしようってんだ?」
柴田はあたしの髪を引っ張って立たせると、首をつかんで壁に押し付けた。
「追加で三十万払えって、ボッタクリバーかお前は。ああ?」
ゆっくり首をしめられた。恐怖で全身が震えはじめた。
「お前のマンコは上物だったが、ナマで中出しもさせないのに十五万も要求する時点でボッてるよな。もっとも、お前らみたいにウリやってる女子高生はどんな病気を持ってるか知れんから、言われなくてもコンドームは着けるけどよ」
「こ、殺さないで……」
「バーカ。お前なんか殺して人生棒に振るわけねーだろ。釣り合いが取れねーわな。でも、死なない程度に痛めつけてやろうか」
続けざまに三回ビンタされた。悲鳴をあげて身をよじったけど、壁に固定された家具のように、柴田の握力からは逃れられない。
「追加料金なんて間違いだよな。な?」
しかたなくあたしは首を小刻みに小さく縦に振った。
「それに、だ。そもそも売春は犯罪だぞ。わかるか? お前はまだ子供だ。将来もある。前科者になりたくはないだろう。俺はお前のためを思って言ってるんだぞ。さっき受け取った金は返すよな?」
黙っているとまたビンタされた。あたしは泣きながらうなずいた。首から手を離され、あたしは床にへたりこんだ。
「わかればいいんだ。危ないところで人生を踏みはずさずに済んだな。運がよかったぞ、お前は。俺みたいないい男に出会えて」
柴田はあたしのバッグの中から銀行の封筒に入ったお金を取ると、服を着た。
あたしは膝に顔をうずめてすすり泣くことしかできなかった。
「もう売春なんてするんじゃないぞ。ほら、タクシー代を出してやるから家に帰れ」
何かが足にあたった。一枚の千円札だった。
柴田はフロントに電話して先に帰ることを告げると、あたしを嘲笑いながら部屋を出て行った。女が残されるというのにフロントは確認もしなかった。
あたしは時間をかけて体を洗った。ホテル代を踏み倒されてしまったので、自分で精算しなきゃならなかった。柴田の置いていった汚らわしい千円札は破り捨てようかと思ったけど、お金はお金だ。あとで歳末たすけあいの募金に寄付することにしてポケットに入れた。
ホテルを出ると、十二月の冷えた空気がミニスカートの中に入り込んできた。もう午後も遅く、あたりは薄暗かった。鉛色の雲が低く垂れこめている。いまにも雪が降り出しそうだ。あたしはコートの襟をあわせて両腕を体にぴったりくっつけた。
食事をおごらせる当てがはずれたので、コンビニで百円のおにぎりを一個とペットボトルのお茶を買った。近くに小さな公園を見つけて、そこのベンチに座った。とたんに冷えきったベンチがタイツごしにあたしの下半身から体温を奪い始めた。
ホットのお茶を一口すすり、毛糸の手袋をはずすと、おにぎりの封を開けた。味のしないおにぎりを機械的に口に運び、お茶で流しこんだ。
こぼれた涙がおにぎりの上に落ちた。その瞬間、こみあげてくるものがあって、あたしは声を押し殺して泣いた。
憎しみ、恨み、妬み、蔑み。そんなマイナスの感情が胸の中を荒らしまわっていた。誰に対する気持ちというわけでもない。世の中ぜんぶとあたし自身に対する感情だ。
あたしはいったい何をやってるんだ。
生理もおかまいなしに焦って何人もの男と会ったけど。
何をやってもうまくいかない。
あたしには何もできない。
学校ではひとりぼっちに戻った。
この上、援助交際までダメになったら、あたしに何が残るっていうんだ。
どうすればいいのかわからない。
助けてほしい。
涙をぬぐいながらケータイを取り出した。
ひとりだけ、話を聞いてくれる人がいる。一週間前からメールのやりとりをさせてもらってる人。ギリさんという男性で、三十代前半の会社員だという。顔は知らない。
『ついさっきレイプされました』
というタイトルで、あたしはメールを書き始めた。
[援交ダイアリー]
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