第13話 目覚めた少女たち (09)

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 マリアさんは優雅な足取りで近づいてくると、あたしの隣の席に座った。

 あたしは突然のことでびっくりしたのだけど、マリアさんはまるであたしと待ち合わせの約束をしていたかのように落ち着いていた。もっともこの人があわてたり感情をあらわにしたところを見たことはないのだけど。

「やあ、蓮司。わたしにも何か甘めのものをくれないか?」

「マリアさんはこの少女と知り合いなんですか?」

「沙希はショウマの女だよ」

 マリアさんはそれがすべての答えだとでも言いたげに答えた。この場合の『ショウマの女』というのは『ショウマの恋人』ではなく、『ショウマに調教されたドール』という意味だ。蓮司さんもそうした事情を知っているのか、納得した様子であたしを見た。どんな顔をしていいか分からず、肩をすくめて微笑んだ。

 蓮司さんはシェーカーに氷とウイスキーとチョコレートらしいリキュールを入れ、シェイクしたものをグラスに注いだ。上から生クリームを豪快に載せ、チョコレートパウダーをふりかける。ケーキみたいなカクテルだ。それをちいさなソーダスプーンを添えてマリアさんの前に出した。

「偶然会った、ってわけじゃないんですよね?」

 あたしが尋ねると、マリアさんは生クリームの隙間からカクテルを一口飲んで、微笑んだ。

「ショウマ宛のメールを見たよ。駅できみを見つけたのだが、悩んでいる様子の沙希が可愛くてずっと眺めていたのさ。そうしたらきみがこの店に入ってしまったので、追いかけてきたんだよ。きみはこの店に来たことがあるのかい?」

「先日、ちょっとした偶然で蓮司さんと知り合って……。ショウマからメールの返信がなくて、当てもなく街を歩いてたら自然にこのお店に足が向いてしまって」

「ショウマは仕事で海外に行っていてね。連休明けまで戻ってこれないだろうな」

 マリアさんは得体の知れない人だ。初めて会ったのは昨年の夏にショウマの家に連れて行かれたとき。ボロボロだったあたしに、この人がいろいろ世話を焼いてくれた。

 ショートカットの美人さんで、二十歳だと聞いてるけど、まだ高校生だと言われればそう見えるだろうし、瞳の奥のどこか老成した雰囲気はもっと大人のようにも見える。きょうはフリルのついたシックなブルーのワンピースで、大人カワイイ雰囲気。見た目からは年齢が読めない。

 ショウマとどんないきさつで知り合ったんだろうと思う。最初はこの人もショウマに調教されたのかなと思ったのだけど、そういう様子ではないし。

 そもそも家政婦をしているというのが腑に落ちない。料理の腕がいいのは確かだけど、頭もいいし自立してる感じの人だ。ショウマとは男女の仲なんだろうか。すくなくともマリアさんのショウマに対する態度は使用人のそれではなかった。

 蓮司さんとマリアさんの関係も謎だ。お客だから丁寧に対応しているというよりは、畏怖の念をいだいてるって感じがする。まあ、大人の世界にもいろいろあるのだろうし、高校生には分からないことだってある。あまり踏み込まない方がいいかな。

「ショウマって、どういう仕事をしてるんですか? 都心の超一等地に大きなお屋敷を持っていて、ものすごくお金持ちみたいですけど」

「詳しくは言えないが、害獣駆除業者、と言えばいいかな」

「ああ……、そういう……」

 害獣駆除業者か――。

 なんとなくそんな感じがしていたのだけど、これって殺し屋っていう意味だよね。それもヤクザのヒットマンとして対抗組織の幹部を弾いてくるとかってレベルじゃない。もっとデューク東郷的なヤツだ。でなきゃ、あんな豪邸に住めるわけない。いやいや、それで少女を開発するのが好きなロリコンってどうなのさ。現実離れしててちょっと笑える。

「もし、あたしが害獣駆除を依頼したら、ショウマは受けてくれるでしょうか?」

「始末したい害獣がいるのかい?」

 マリアさんがあたしの顔を見た。あたしは真面目な気持ちで訊いているのだ。マリアさんもそれを察したのか真剣な表情だ。

 生きていてはいけない人間というのはいるものだ。もしも奴らを殺せる力があったなら、あたしは……。

「相談したいことがあるとメールにあったが、そのことかな?」

 あたしは苦笑いして息を吐き出し、首を振った。もっとも全然関係ない話というわけでもないかな。

「3Pをしてみたいんです。男の人ふたりと」

 蓮司さんが驚いた顔をしたので、あたしは弱々しく微笑んだ。

「前に話したことありましたっけ? 小学生のとき、家で二人組の男に襲われて、メチャクチャに強姦されたんです。中学のときにも、学校で不良グループに繰り返し輪姦されて。それがトラウマなんですけど、もっと気持ちいいセックスもしたいから、いつまでも3Pを避けているわけにもいかないと思って。でも、安心して3Pできる男性なんて簡単には見つからないし。ショウマしか相談できる相手もいなくて。ショウマがどう思ってるかは別として、あたしはあの人に救われたので」

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