第11話 恋のデルタゾーン (16)Fin

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 ところで、実はこのすぐあと、もうひとりの男子から告白された。バッグを取りに教室に戻ろうとしたときだ。桑田くんに呼び止められたのだ。大川先輩があたしに告白するつもりだという話が、そこそこ噂になってたみたいで、桑田くんもそれを小耳に挟んだらしい。それで、重大な事実を初めて明かすのだという重々しい顔で桑田くんは言った。

「美星はあの三年生にだまされてるんだ。こないだの電車でのことは、ぜんぶ演技で、あいつらグルなんだよ。俺、最初から見てたんだ」

「え? 最初から気づいてたよ。古くからある手じゃん」

 あたしがあっさり言うと、桑田くんはショックを受けて口をパクパクさせた。周回遅れな人だな。それから、桑田くんはうつむき加減に思いつめた顔になって、

「お、俺、入学したときからずっと美星のことが好きだったんだ。交際してくださいッ」

「えー? やだよ。あたし、桑田くんのこと何にも知らないもん」

 まったく何の脈絡もない一方的な告白に、思わず素で返してしまった。

 そこへ美菜子ちゃんといっしょに岩倉くんがやってきて言った。

「おい、お前、人の彼女にちょっかい出すなよ」

 真っ青な顔になった桑田くんを尻目に、岩倉くんの腕をつかんで、

「ごめんなさい。彼氏、いるの」

 と、告げたけど、フォローにはならないな。

 桑田くんは苦悶の表情でつぶやいた。

「僕が先に好きだったのに……」

 ある意味じゃ、この人が一番普通の高校生らしい恋をしてたかもしれない。

 こうして、大川先輩との一件は今度こそ終了した。

 翌日は木曜日。放課後に図書委員会がある。あたしと岩倉くんの仕事は書架の整理だ。

 書架に大川先輩が先週借りた本が返されていた。『愛に時間を』って本だ。手に取って開いてみると、二段組でぎっしり文字が詰まっていた。確かに時間が必要そうだ。先輩は一ページも読んでないんだろうな。

「美星、あの大川って人に未練があるのか? いい奴みたいだったけど、どこが気に入らなかったんだよ。運命を感じてたんだろ?」

 岩倉くんがまたからかってきた。

「あんな運命、フェイクだよ。あの人は策を弄しすぎた。『一回目はたまたま、二回目は偶然の一致、三回目は敵の行動』だよ。いい人だけど、タイプじゃないな」

「『ゴールドフィンガー』か。お前、カワイイ顔してるのに渋い好みだよな」

「岩倉くんのそういうとこ、すごいと思うよ」

 岩倉くんは得意げにフフンと鼻を鳴らした。

「まあ、俺はやさしくて、カッコよくて、思慮深くて、スゴイ人、だからな」

「口が悪くて、子供っぽくて、考えなしで、デタラメだ、って言ったんだよ」

 あたしがたしなめると、岩倉くんはいかにも少年っぽく、けらけら笑った。

「美星の好きなタイプってどういう男なんだ? 後学のために訊くけど」

 好きなタイプか……。

 愛のあるレイプで優しくしてくれる大人の男性……、かな。

 いやいや。

「やさしくて……、強引な人、かな」

「へえ――」

 と、言いかけた岩倉くんがいきなり顔を近づけてきた。びっくりしてよろけたあたしは背中から壁に当たって逃げ場を失った。岩倉くんはあたしを追い詰めるように、壁にドンッと片手をついて、怯えたあたしの顎にもう一方の手を添えた。そして、あたしの顔をクイッと上向かせ、こわいくらい真剣な目でじっと見つめてきた。

「み、御影くん……?」

「沙希……、俺に惚れるなよ。ヤケドするぜ」

 息がかかるほど近くでささやかれて、へなへなとその場に崩れ落ちてしまった。

「あっはっはっ、冗談だ。強引な感じ出てたろ」

 御影くんは両手を腰に当ててドヤ顔で大笑いした。

 く、くやしい……。

 こんな……、こんな奴に壁ドン顎クイされたくらいで濡れちゃうなんて……。あたし、援助交際で大人の男を手玉に取ってるのに。

 あたしは両手のこぶしを振り上げて振り回した。

「もおッ、御影くんのバカ!」


第11話 おわり

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