「やっぱり、そうですよね」
と、あたしは大きなため息をついた。
じゃあ、これならどうだ。
「実は、さっき言ったお母さんの知り合いの男の人が、バイトを紹介してくれるって言うんです。どこかの旅館でコンパニオンみたいなことをするそうで、こんどの週末に泊まりがけで行けばけっこうなお金になるらしいんです。あの人キライだから断ってたんですけど、考えてみようかな……」
「いや、その仕事はダメだ!」
一条さんはあたしに掴みかかろうとするかのように身を乗り出して言った。
「たぶん、実際の仕事の内容はコンパニオンなんかじゃない。それに、お金だってせいぜいお小遣い程度しかもらえないよ。その男が客からいくらもらうのか知らんがね」
「でも、あたし……お金が欲しいです。お金より大切なものがあるなんて、みんな言いますけど、お金がなかったら何にもできないですよね。やっぱり、世の中、お金じゃないですか」
あたしがそう言うと、一瞬、一条さんの目に怒りの火花が飛んだように見えた。それを打ち消すように鼻から息を吐き出すと、一条さんはムスッとした。
なるほど、ここが一条さんのウイークポイントなんだな。
デイトレーダーというのは、部屋にこもって一日中キーボードをカチャカチャやりつづけてるだけだ。儲かってるときは面白いかもしれないけど、何を生み出すわけでもなく、誰かに感謝されることもない。人生のすべてが通帳の残高だけだなんて、生きてるのがむなしくなることもあるだろう。お金がすべてじゃないと信じたい気持ちになるのも無理はない。
だけど、ここにあるのは、お金さえ出せばバージンの女子中学生の体を好きにできるという現実。
「お金のある人はいいですよ。欲しいものは何でも買えるし、だいたいのことはお金で解決できます。お金持ちの子に生まれたらよかったのにな。バイトは来週末だから、きょうにも決めないと……。イヤな人でも頼るしかないですよ」
「いまのコンパニオンの話なんかに乗ったら、沙希ちゃんは知らない男たちに売られてしまうよ。俺の言ってる意味わかる?」
あたしは目を見開いて、しばらく間をおいた。それから、ほっぺたをひくひくさせ、
「友達の知り合いに援交で十万円もらった子がいるらしいんです。ちょっとの間ガマンしてるだけでお金もらえるって……。そうゆうこと、みんなしてるのかな……」
一条さんはすこし考え込んだ。
放っておけばこの少女は一週間後にはレイプされて売春させられる。だったら、いま俺がいただいてしまってもいいんじゃないか? それはむしろ地獄に落とされようとしている薄幸の少女を救うことになるんじゃないのか?
そして、一条さんはかすかに声を震わせて、
「十万円もらえるとしたら、沙希ちゃんも援助交際をしてみるかい?」
「そんな、イヤですよ! そりゃ、お金は欲しいですけど、たった十万円のために体を売るなんて……。安すぎです」
「じゃあ、百万円だったら?」
びっくりした様子で一条さんの目を見つめ、すぐに目をそらした。
「コンパニオンのバイトなんかしちゃダメだ。沙希ちゃんのために言ってるんだよ。バイトを紹介してくれた男は明らかに悪い人だ。お金なんてもらえない。でも、俺なら沙希ちゃんの力になってあげられる。何人もの酔っぱらいオヤジに一晩中ヤラれたあげくフーゾクに売られるのと、俺との百万円だったら、どっちがいい?」
そのセリフを言うよう誘導されたとはすこしも疑ってないようだ。
うなだれたまま、あたしは長い沈黙をおいた。
「ほんとに……百万円くれるんですか……?」
「きみさえその気になるなら、助けてあげよう」
あたしはうつむいたまま、道端で咲く小さな名もない花を思わせる、はかなげな笑顔を作った。ほんとはイヤだけどお金のためにしかたなく援助交際をする、そんな自分をごまかすためにむりやり笑顔を作った――。そんなふうに見えたはずだ。
そのあとのリードは一条さんにまかせた。
一条さんの家は湾岸のタワーマンションだった。連れていかれるあいだ、一条さんはほとんど口を聞かなかった。罪悪感を感じてるんだろう。それもあたしの計画のうちだ。
エレベーターを三十三階で降り、ホテルのような静かな廊下を案内された。部屋の前で一条さんがかぎを開けるのを待っていると、となりの部屋のドアが開いた。十代だろう若い女性を連れた四十代とおぼしい男が出てきた。
男は女性の胸をもみながらキスをした。女性は嫌がっている様子だけど、本気で逃げようとはしていない。セックスしてきたばかりなのが誰の目にもまるわかりだ。
ほかの援交カップルと鉢合わせしてしまうのはバツが悪い。
しかも知ってる子だった。
一年D組の小川美菜子さん。晴嵐高校で一番の美少女だ。
[援交ダイアリー]
Copyright © 2015 Nanamiyuu