ひとりになるととたんに疲労感が押し寄せてきた。由香はもぞもぞと立ち上がって、重い手足をむりやり動かして制服に着替えた。
食欲はなくなっていた。疲れきった全身がきりきりと痛む。憂鬱な気分だった。心なしか熱っぽさを感じた。生きる気力が減退しているのだな、と思った。失恋で死ぬこともあるのだろうか。
更衣室を出て、とぼとぼと校舎の方へ歩いていくと、途中で武一と奏に出会った。どうやら由香が戻ってくるのを小雨の中で待ち伏せていたようだ。おそらく、教室に戻った武一が、制服を隠された奏の話を聞いて、もう一度更衣室へやってきたところで、出てきた奏を見つけたのだろう。
武一は由香を見ると、怒りの形相で向かってきた。奏が止めようとするのも目に入らない様子だ。
「由香、お前というやつは。奏に八つ当たりするなと言っただろう。お前がこんな女だったとはな。見損なったぞ」
由香は顔を伏せて立ちすくんだ。結局このふたりは付き合っていて、自分は棄てられたのだと、改めて思い知らされた。
「これ以上、奏には手出しさせない。この子にはもう悪さをしないと、この場で約束してもらおうか」
「なんで、あたしばっかり悪者にされなきゃいけないのよ。ふたまたかけてたのはそっちの方なのに。あたしは武一のこと本気で好きだったのに、あんたはあたしの体が目当てで、あたしのことなんかただのセフレとしか思ってなかったくせに」
「天音さん、それは違う。武一くんもやめて」
割って入ろうと前に出た奏を、由香が追い払おうと手を上げた。それを見た武一が奏をかばおうとして、由香を押しのけた。その拍子に由香はバランスを崩し、ぬかるみの中に倒れて尻餅をついた。スカートが泥だらけになり、パンツに泥水が染みこんだ。
由香に手を貸そうとした奏を武一が押しとどめた。また由香が奏に手を上げると思ったのだろう。武一は由香を見下ろしながら、
「お前のような女と付き合ったのは失敗だった」
奏が武一の手を振りほどいて、武一から由香をかばうように両手を広げた。
「だめよ、武一くん。天音さんは何も悪くない。天音さんを傷つけたのはわたしたちの方なんだよ。悪いのはわたしたちなんだよ」
奏が『わたしたち』と言うたびに胸の奥がズキズキと痛んだ。
猛烈に腹が立って、悲しくて、情けなくて、憎らしくて、気持ち悪かった。
由香はよろよろと立ち上がって、
「そのとおりだよ。悪いのはあんたたちふたりだ。ぜったい許さない。ふたりとも大嫌いだ。死ぬまで憎み続けてやる。呪ってやるからな!」
そう言い捨てて走り去ろうとした由香は、ぬかるみで足を滑らせて転び、水たまりの中に顔から突っ込んでしまった。
由香は自己嫌悪にかられて泥だらけの手で顔を拭うと、もう一度立ち上がって、こんどは転ばないように注意しながら、その場から逃げ出した。
もうなにもかもうまくいかない。由香は花壇のところにあったホースのついた水道で、制服を着たまま全身の泥を洗い流した。そして、午後の授業には出ずに、ずぶ濡れのまま家に帰ってしまった。
[失恋パンチ]
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