虚をつかれて言葉の出ない拓ちゃんが正気に返る前に、あたしは拓ちゃんの手を引っ張て歩き出した。この辺りはどこにどんなホテルがあるのかよく知らない。知り合いに見られるかもしれないので、地元では援交をしないんだ。でも、運のいいことにすぐにラブホテルを見つけることができた。あたしは迷わず入り口をくぐった。
「お、おい、沙希。どういうつもりだよ」
「大学生のフリをしてね。十八歳未満はラブホに入っちゃいけないんだから。高校生だってバレたら追い出されちゃうかもしれない。制服が見えないようにコートで隠して。中に入っても廊下に監視カメラがあるから油断しちゃダメだよ」
言いながらコートの襟を合わせた。かわいいと人気の晴嵐の制服は、ライトグレーのブレザーにチェックのプリーツスカートといういかにもなデザインだ。見て見ぬふりをしてくれるホテルばかりじゃない。
クリスマスイブだから満室ではないかと不安だったけれど、時間が早いせいか料金の一番高い部屋が一室だけ空いていた。
無理もないけど、拓ちゃんはおどおどと不安を隠そうともしなかった。呼び止められることもなく無事に部屋にたどりつくと、ようやく拓ちゃんはホッとしたようだ。
「うわぁ、キレイ。ブラックライトの部屋だね。それに広々してるぅ」
あたしは部屋の真ん中にある大きなベッドに駆け寄ると、仰向けにダイブした。
海の中をイメージしたらしい幻想的なクラゲのイラストが、ブラックライトに照らされて青白く壁に浮き上がっていた。天井は水面を下から見上げたようなさざなみ模様だ。
拓ちゃんが戸惑い気味に近寄ってきて、ベッドに腰を下ろした。
「あたしさ、バージンじゃないんだよね。叔父さんたちの話をどこまで聞いたのか知らないけど。小学生のときにはもう処女じゃなくなってた」
「俺は別にお前がバージンじゃなくたって――」
「ひとりやふたりじゃないんだ。拓ちゃんが思ってるよりずっとたくさんの男の人としてる。――あたしね、援助交際してるんだ」
拓ちゃんが泣き声とも笑い声ともつかない引きつった声をあげた。
「なに言ってるんだよッ。沙希がそんなことするわけないだろ!」
「あたしがラブホテルに慣れてるの、もうわかったでしょ? きのうだって、大人の人と会ってた。あたしってさ、けっこういい額のお金、取れるんだよ。気持ちいいことしてお金ももらえるなんて最高」
「いいかげんにしろよ! お前、伯父さんから虐待されてたんだろ。男性恐怖症になるならわかるけど、どうして援交なんかできるんだよ!」
「しょーがないじゃん。だって、それがあたしなんだもん。だからさ、拓ちゃんもあたしにキスしたことなんて気にする必要ないんだ。キスくらい、なんでもないよ」
「じゃあ、どうしてあのとき泣いたんだよ! どうしてキスされて泣いたんだよ。なんでもないんだったら泣く必要ないだろ」
「そんなの、拓ちゃんのことが好きだからに決まってるじゃん」
拓ちゃんが両手で顔を覆ってうなだれた。
そのまま長い無言の時間が流れた。
こんなふうに打ち明けてしまったことが、拓ちゃんにとっていいことだったのかどうかわからない。打ち明けるなら言い方とタイミングを考えろと田辺さんは言ってた。でも、そんなこと考えてる余裕はなかったよ。
不思議とあたしの心は落ち着いていた。たぶん、お父さんから性的虐待を受けていたことを拓ちゃんが受け止めてくれてたからだと思う。恵梨香先輩の言ったとおりだった。
そんな拓ちゃんにだから、ウソをつかずに打ち明けてよかったと思う。
そんな拓ちゃんには、もっとステキな女の子と恋をしてほしいと思う。
「いままで何人くらいと援交したんだよ?」
あたしは思わず微笑んだ。拓ちゃんは援助交際のことまで受け入れようと努力してくれてる。優しすぎるよ。三人だけだよとでも言えば許してくれるのかな。やっぱり、拓ちゃんにはあたしなんてもったいない。
「八十人くらい、かな。三桁は行ってないよ。でも、五十人は確実に超えてる」
「マジかよぉ……」
あたしは立ち上がってブレザーを脱いだ。スカートも脱いで下に落とす。
「お、おい、沙希、なに脱いでんだよッ」
「拓ちゃんがあたしを好きだって言ってくれたこと、すごくうれしい。でも、あたしには拓ちゃんにあげられるものはないんだ」
言いながらブラウスのボタンをはずす。拓ちゃんは目を背けようとしてるけど、あたしを見ないではいられないみたい。男の子だもんね。
「こんなあたしだけど……、こんなあたしでもよかったら……、セックスしていいよ」
「そんなこと、できるわけないだろ」
拓ちゃんも立ち上がって、あたしが服を脱ぐのをやめさせようとした。
「ゴメン。やっぱり汚いよね」
「そんなことない! そんなこと言うな!」
いきなり思いっきり抱きしめられた。
[援交ダイアリー]
Copyright © 2013 Nanamiyuu