夏をわたる風 (11)
「そーいえば、佐賀くんに告白した秋田さんって子も7組だったよね。ほんとムカツクよねー。ヤリマンのくせに、あたしたちの佐賀くんにちょっかい出してさー」
「フラれて当然だよね」
「でも、そーゆータイプの子って、うちの学校にもいたんだね」
「猫かぶってたんでしょ。前はそうとう有名だったらしいよ。佐賀くんも相手の正体を知ってからは距離を置いてたって言ってたけど、その子、ストーカーみたいに付きまとってきて、迷惑してたんだって」
「中学のときから援交しまくってたっていうじゃん。高校じゃ、おとなしい子路線で男を引っ掛けてるって噂だけどさ。アソコがとっくにガボガボのヤリヤリなんじゃね?」
「ちょ、お前、下品すぎ」
「佐賀は清純派の女子が好きだって言ってたぞ。お前はライバルから消えたな」
「うるせーな。とにかく、そんな子に佐賀くんが騙されなくてよかったよ」
気分が悪くなって歩道の端によろけた留美の横を、女子生徒たちは通りすぎていった。自分たちが話題にしていた留美がすぐ前にいたことには気づかなかったようだ。留美は女子生徒たちが見えなくなるまで動けなかった。最初のショックが治まってくると、かわりに怒りがこみ上げてきた。
心配しているだろうと思ってさやかのほうを見ると、さやかもこぶしを握りしめてワナワナと震えながら、
「佐賀のヤロウ……。優奈にフラれた腹いせにデタラメな噂をふりまきやがって」
留美は唇を噛んだ。いつのまにか、優奈が佐賀にフラれたということになっていたのだ。優奈が中学のころから援助交際をしていた? 優奈が佐賀のストーカーだった? ぜんぜん違うだろ!
男が自分を袖にした女のことを恨んで根も葉もない噂を流すのは、きっと世間にはよくあることなのだろう。でも、優奈は本当に男に襲われたことがあるのだ。その優奈が、自分がこんなふうに噂されていると知ったら、どう思うだろう。優奈は何も悪くないのに。それは佐賀の告白の一部始終を見ていた自分にはわかっている。許せない。でも、どうすればいいのだ。
「どうする、さやか? 佐賀のやつをこのままにはしておけないぞ。思い知らせてやらなきゃ」
留美があまりに真剣なせいで、さやかはかえって拍子抜けしたらしく、表情をほころばせた。
「思い知らせるって、どうするつもりだよ、留美。生卵の十個もぶつけてやるか? 『吾輩は猫である』みたいに」
「それを言うなら『坊ちゃん』だ、バカモノ」
留美は涙ぐんで怒りながらも苦笑した。おかげで少し気持ちが落ち着いた。指先で涙を拭うと、もう大丈夫だと見せるために胸を張った。
「まあ、佐賀のことは何とかしないとな。でも、とりあえず佐賀の話も聞いてみようぜ。ほんとにあいつが噂を流してるのか確かめなきゃ」
さやかの言葉に留美もうなずいた。
頼りになる女だ、と思った。さやかは直情的に見えてもすぐに冷静さを取り戻す。なにより公平だ。
ふたりは学校へと向かう途中、優奈が佐賀にフラれたと噂する会話を何度も聞かされるはめになった。人の口に戸は立てられぬというが、これではいじめだ。留美は早く学校にたどり着きたくて、歩くスピードを速めた。
学校に着いても佐賀を探す必要はなかった。佐賀は玄関の手前にあるベンチに座っていた。登校してくる誰かを待っているらしく、人の流れを見つめている。
「この期に及んで、まだ優奈を待ち伏せしてるのか。あいつのほうがストーカーじゃないか」
[夏をわたる風]
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