ぴゅあぴゅあせっくす (01)

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男の子の部屋に入るのがこんなに緊張するものだとは思わなかった。

佐倉詩織(さくら・しおり)は、自分がいつの間にか息を止めて、両手をぎゅっと握り締めていたのに気づいた。手は冷たいのに、頭はぼーっとしてほっぺたが熱い。

幼なじみの葉山恭介(はやま・きょうすけ)の部屋は、よく知っている場所のはずだった。中学に上がって恭介を異性として意識するようになるまでは、何度も遊びに来たことがある。小学校の低学年の頃には、この部屋に泊まったことさえあるのだ。

けれど高校生になったいま、正式な恋人として数年ぶりに訪れた恭介の部屋は、詩織が初めて入る男性の部屋だった。

「楽にしててよ、しーちゃん。いま飲み物持ってくるから」

「う、うん」

恭介が部屋を出て階下におりていくと、詩織は大きく息を吐き出した。

いま、この家には詩織と恭介のふたりきりだ。恭介の両親と姉は働いているので、夜まで戻らない。それをわかっていて遊びに来たのだ。詩織は重大な決意を胸に秘めていた。

――恭ちゃんにあたしのバージンをあげる!

バレンタインデーに告白してからひと月あまり。春休みが終われば三年生だ。学力優秀な恭介は、国立の大学を志望している。詩織は進路を決めかねていたが、就職するにしてもどこか専門学校に通うにしても、恭介とは距離ができてしまうだろう。それまでにもっと深い関係を築いておきたい。『おおきくなったら恭ちゃんのお嫁さんになる』なんて言っていた無邪気な子供の頃とは違うのだ。

詩織が焦る理由はほかにもあった。

恭介は女子の人気が高い。ハンサムで笑顔が可愛く、スポーツ万能。根はまじめだけれど、堅物ではなく、いい意味で肩の力が抜けたような大人っぽさがあった。

幼なじみというとシード枠のように思われがちだ。でも実際には、なかなか女として見てもらえないハンデを負わされている、というのが正しい。まわりの女子もいまだに詩織を恭介の恋人としては認めていないフシがある。詩織の地位はけっして安泰とはいえないのだ。

それに、これが詩織をいちばん悩ませていたのだが、恭介はこれまで何人かの女子と付き合ったことがあった。上級生や他校の生徒だったから、恭介の恋愛関係を詳しく知っている人間は多くない。もちろん詩織は詳細を知っていた。恭介がそうした女の子たちと性的な関係にあったことも知っていた。

恭介は自分よりずっと先を歩いている。恋人であるためには、まず追いつかなくては。

そういった問題を一挙に解決する方法。それが恭介とセックスすることだった。

といっても、いきなり『セックスしよう』なんて恥ずかしくて言えるはずもない。

詩織はスチールラックの棚に置かれていたちいさな鏡で、髪が乱れていないかチェックした。恭介の好きなタイプは髪の長い女の子だ。ふわふわしたロングヘアは自分でも気に入っている。

そっと唇に触れてみた。

せめてファーストキスくらいはやり遂げたい。

そう考えただけで、心臓の鼓動が速くなった。

ふと、ラックの隅に無造作に積んである雑誌が目に入った。

(うわぁ、えっちな雑誌がどっさり。まあ、男の子だしね)

いちばん上の一冊を手にとってみた。表紙はOL風の女性の写真だ。ブラウスの肩を露出させ、ミニのタイトスカートから黒いストッキングをはいた太ももを見せつけるようなポーズ。ページをパラパラとめくってみる。

「うぐっ……」

顔が引きつった。ヌード写真が載っているのだろうとは思っていたのだけど、実際にはもっと過激な内容だったからだ。

男性モデルがほとんど写らないような構図になっているものの、セックスシーンなのはすぐわかった。OLに扮した女性モデルが全裸の男性モデルのアレ――薄くモザイクがかけられているし、詩織は実物を見たことがなかったけど、その位置についているのはアレしかない――を咥えている場面が大写しになっている。

「な……、なんだ、これ……。こんなことするの……?」

高校二年生としては人並みに性の知識は身につけているものの、フェラチオなどという言葉は聞いたことさえない詩織だった。

となりのページは、制服を半裸に剥かれてオフィスの床に寝そべっている女性の写真だった。黒いストッキングに白いドレッシングを思わせる液がかけられている。それが精液だということは詩織にもピンときた。『黒パンストにはザーメンが映える!』という文字が踊っている。

「意味わからん」

ページをめくると、大股を広げた女性の股間に男性が顔をうずめて舐めている写真、それに、女性の顔を精液がべっとりと覆っている写真、それから――。

「しーちゃん……」

「のわあぁぁぁっっ!」

背後から恭介に声をかけられ、詩織は雑誌を落とした。

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