「こんにちは。マコちゃんさんでしょ? シモちゃんはすこし遅れるそうだよ」
マコちゃんはいじっていたスマホから顔を上げた。カラコンがかわいい。清楚系のあたしはギャルの子にはちょっと憧れを持ってる。
「え、そうなの? で、そっちは誰ちゃん? シモちゃんの知り合い?」
「職場のね。苺でしょ? あなたにお願いがあるのだけど。このカメラでシモちゃんの思いっきり恥ずかしい動画を撮ってきてほしいんだ」
あたしは小型アクションカメラと一緒にちいさく折りたたんだ一万円札を出した。
「ハメ撮りってこと? もしかして業界の人?」
「ちがうよ。送別会で罰ゲームに使いたいんだ。いい絵が撮れたらお礼もするよ」
もう三万円を見せると、マコちゃんは顔をほころばせて、
「なにそれ、おもしろそー」
と、あたしの意味不明の説明をノリで受け入れてくれた。
「じゃあ、後でまた。シモちゃんはバカだけどイケメンでいいヤツだから楽しんでね」
このことは内緒にするよう言い含めてからその場を離れ、近くで隠れていた藤堂先生のところへ戻った。
「あの子と何を話していたんだ?」
「ちょっとね。すこし趣向を凝らしてみただけだよ。下田先生は?」
「もうすぐ来る。いま駅を出たところだ」
藤堂先生はタブレットを操作しながら答え、イヤホンの片方をあたしに差し出した。イヤホンからは下田先生のスマホのマイクが拾った雑踏の音が聞こえた。
しばらく待っていると、下田先生が待ち合わせ場所にやってきて、マコちゃんに挨拶をした。ふたりはさっそくホテルへと歩きだした。下田先生は赤ちゃん言葉で卑猥なことを言ってはウケているつもりだ。やっぱりバカだな。あたしたちは尾行しながら撮影し、ふたりがラブホテルに入っていくまでの一部始終を動画に収めた。
この状況がセットアップされたものだとは、下田先生はまったく気づいていない。
「実際はどうであれ、誰がどう見ても女子高生との援交現場だな。下田先生は終わりだ」
「藤堂先生が協力してくれたおかげだよ。ねえ先生、あなたは不法行為で前の学校を解雇されたわけだけど、それでもこれを成す能力が自分にあってよかったと思いませんか?」
「正攻法では救えないものもある。そんなのは詭弁だと思って自分を責めていた。だが、それで美星を守れたのだとしたら、悪に染まるのも悪くない」
「世間からしたらあたしたちはふたりとも悪だけど、それは自分のルールで生きるってことだと思うな。リスクを引き受けて、納得できるなら、それでいいじゃん」
したり顔でそう言うと、藤堂先生は高級パティスリーの新作ケーキでも見るような目であたしを見つめた。
「清楚でおとなしそうな美少女、幼さのなかに妙に色っぽいところがある、か。高校生なのに美星の心はハードボイルドだな」
「それ、褒めてるようには聞こえないけど。ねえ、あたしたちもどこかのホテルに入ろうよ。正攻法じゃできないこと、しよっ」
と、先生と腕を組んで体をくっつけた。先生は困ったのと照れたのとが混じった顔で、
「いや、俺は――。うーむ、そうだな。今度はうまくできるという自信もないんだが。料金はこのあいだと同じ金額でいいのかい?」
「ホテル代だけでいいよ。おととい助けてくれたお礼。それに下田先生を陥れる共犯としていろいろ特殊な技術で手助けしてくれたから」
あたしはにっこり微笑んで先生の手を引いた。
このあたりは日本有数のラブホテル街で、数十件のホテルが集まっている。若者向けで値段も安い。あたしたちはその中でも割と高級なホテルに入った。あたしが選んだのは回転ベッドがある鏡張りのお部屋。回転ベッドなんて珍しいし、普段はこういう部屋は選ばないんだけど、きょうの趣向にはぴったりだ。
ベッドの前に立つと、ふたりの姿が鏡に映る。先生はミリタリージャケットにカーゴパンツのワイルド風。あたしは白のスプリングコートの下にフリフリのボウタイブラウスとかわいい黒のふわふわミニスカートという甘々ガーリッシュ。
「完全にあぶないおじさんに誘拐されてきた女の子だよね」
あたしはバッグからSM用のロープとピンクローターを取り出した。それを差し出すと、先生は戸惑いながら受け取った。
「藤堂先生は最初の出会いをやり直したいと言ってくれた。あたしもそうしたいと思った。でも、先生のことを知って考えが変わりました。先生は最初のときのままでよかった。だから、あの日のつづきをしましょう」
先生は言葉を失った様子であたしをじっと見つめた。
ほっぺたが熱くなるのを感じて、コートを脱ぐとベッドに上がって先生に背を向けた。けど、もちろん鏡に映ってる。先生も上着を脱いで背後から近づいてきた。その手にはロープとローター。
(やっぱり、ちょっと怖い……!)
ギュッと目を閉じる。
先生があたしの肩にそっと両手を置いた。
[援交ダイアリー]
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