男の娘になりたい (04)

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「男の立場で言うなら、女子のミニスカートがなくなるのは由々しき事態だな」

 と、女の争いから用心深く距離を置いていた大河がつぶやいた。

 それを聞いて菜月が大河の胸に拳を突き立てた。

「エロ目線の男の意見なんていらないから。でも、長谷川さん、本気なのかな。ねえ、彩乃、スカート廃止なんて実現できると思う?」

「うちの学校は制服がカワイイって評判でしょ。この制服が着たくて入学してくる子も多いんだよ。田舎の高校じゃあるまいし、スカート廃止なんてないって。そんなの望むのは長谷川さんみたいな足の太いブスだけさ。もっともブスはパンツルックでも美人に差をつけられるから、ますますこじらせるだけだろうけどね。わたしが学校メイクしなくてズボンを穿いたからって、お前が美人と同レベルになれるわけじゃない、ますます差がくっきりはっきりするだけだ、って認めたくないんだろうな」

「あんた、自分が美人だからって、容赦ないね」

 彩乃は昔から嫉妬されてきたのだろうな、と菜月は思った。

「まあ、長谷川さんにも同情するよ。いくら成績がよくても、あれだけ僻んでたら生きづらいだろうね。菜月も含めてうちの学校は美人が多いし。男子も大河みたいにイケメン揃いだしね」

「長谷川さんがモテないのは性格が悪いからなのに、美人でモテるからって攻撃されたんじゃたまったもんじゃないわ」

「いや、彩乃は美人でモテるけどよ。菜月がそこそこカワイイのは認めるとしても、男にはモテてないだろうが。レズキラーがモテるのは女だけ――」

 大河の言葉に菜月が放ったストレートを、大河はまたしても右手で軽々受け止めた。

「失礼ね。入学以来、男子も三人から告白されてるよッ」

「それホントに男だったのか? ボーイッシュな女子を男に見間違えたんじゃねえの? 菜月は女子からは毎週告白されてるから、たまには間違えることもあるだろ」

 菜月が空いている手でパンチを繰り出すと、大河が左手で受け止めた。プロレスで言う手四つの状態だ。菜月は必死に力を込めているけど、大河は子供相手に遊んでいるような笑顔を見せた。

「菜月と大河ってさぁ、はたから見ればやっぱり仲良しカップルだよね。噂になるのも無理はないな。大河だって付き合ってる子いないんだし、試しに菜月と付き合ってみたら? あんただったら菜月みたいなお転婆じゃじゃ馬娘だって乗りこなせるでしょ」

「あ~や~の~、文学的表現にくるんでイヤラシイこと言わないで」

 菜月が顔を真っ赤にして抗議した。赤くなったのは怒っているからだけではない。

 はっきり聞いたわけではないけど、彩乃も大河もセックスの経験がある、と菜月は思っていた。菜月自身はまだバージンだ。そっち方面の話題を出されると恥ずかしくて何も言えなくなってしまう。

 そんな菜月の心情を見透かしたように大河が笑った。大河は菜月の拳を放すと、

「菜月から告白されたら付き合ってやってもいいぜ。男と女のことを手取り足取り教えてやるよ」

 菜月が大河のスネを蹴り飛ばそうとしたところを大河がサッと避けた。さすがに三回目はない。空振りした菜月はすかさずローキックに切り替えて大河の腿を蹴った。大河はバランスを崩してうめいた。ローキックは地味に見えるけど当たるとかなり痛いのだ。

「フンッ、大河がそこそこハンサムなのは認めるとしても、デリカシーのないヘンタイ野郎なんてお断りよ」

 そんなやりとりを繰り広げているあいだにも、多くの生徒が登校してくる。

 長谷川さんが言っていたように、スラックスを穿いている女子生徒もいる。菜月はかすかな不安を覚えた。もえぎ野女子はそれほど偏差値の低い高校ではない。ギャルっぽい外見の菜月は異端で、はっきり言えば浮いている。もしも長谷川さんの計画通りになったりしたら、アイデンティティの危機だ。

「彩乃、たとえ最後のひとりになろうとも、あたしはミニスカートを穿きつづけるよ」

「なに気負ってんの。いま一月だよ。ズボン穿いてる子達だって、寒いからに決まってるじゃん。あんただって、さすがに生足は冷えるでしょ」

 そう言う彩乃は黒タイツを穿いている。菜月だって本当は寒くて凍えそうなのだけど、かわいさのためにガマンしているのだ。別に生足の生徒は菜月だけじゃないし、少数派というわけでもない。みんな多少寒くてもカワイイを優先しているのだ。

 それに加えて、歩夢にちょっとでも性的アピールをしたいという気持ちもあった。

 菜月は無意識に、下駄箱で上履きに履き替えてそばを通り過ぎていく女子生徒たちの下半身を眺めていた。

 生足、タイツ、タイツ、生足、ニーハイ、タイツ、ズボン、タイツ……。

 そんな中に、ひときわ可愛らしい女子が目に止まった。黒髪を長めのショートボブにした華奢な子で、膝丈スカートはほかの女子よりはやや長め。ベージュのストッキングに白の三つ折りソックスを重ね履きしている。

 ぼんやり眺めているうちに、自分が見ている相手が誰なのか、不意に気づいた。

「あ、歩夢ッ!?」

 それは菜月が密かに恋い焦がれる王子様だった。

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