留美が佐賀に近づくと、佐賀も気づいて立ち上がった。
「おい、佐賀ッ。お前、いったいどういうつもりなんだ。話によっちゃ、ただじゃ済まさないぞ」
「ぼくも君に話があるんだ、香川さん」
佐賀は静かな口調で言った。佐賀とは今度の一件があるまで口を聞いたことはなかったが、留美のことは前から知っていた様子だ。
「優奈の件だろ? わたしの話もそのことだ。お前、フラれたことを逆恨みして、優奈の悪い噂を流してんのか?」
「ぼくはそんなことしていない」
「お前以外に誰がそんなことするってんだよ。そこいらじゅう、みんな噂してるじゃねーか。しかも、優奈がお前にフラれたことになってるんだ。お前の仕業じゃないのかよ」
留美は声を抑えたつもりだったが、まわりの生徒たちの注意を引いてしまったようだ。遠巻きに見物する生徒が集まってきつつあった。
『あれ、佐賀くんと香川さんでしょ。やっぱ、あのふたり付き合ってたの?』
『ほら、例の援交の子のことで揉めてるんじゃない?』
『てことは痴話ゲンカ?』
『留美さんが佐賀くんの彼女なら、あたしもあきらめがつくわ』
そんな勝手なひそひそ話が聞こえてくる。どいつもこいつも好き放題に言いやがって。
「ちょっと来い」
留美は佐賀の手を引っ張って、その場を離れた。佐賀は素直に従い、後ろからさやかもついてきた。人気のない校舎裏のすみまで来ると、一同はまわりを確かめ、あらためて向き合った。
「それで、話の続きなんだが……」
と言いかけた留美を佐賀が制した。
「秋田さんの噂を流しているのは香川さんたちじゃないのか。ぼくとの交際を断るよう秋田さんに強要したんだろ。その上、あんなふうに秋田さんをおとしめるような噂まで流して。卑怯だとは思わないのか」
「はあ? バカか、お前は? なんで、わたしがそんなことしなけりゃなんねーんだ」
佐賀の言っていることはあまりに予想外だった。でも、ウソやごまかしはなさそうに思えた。
さやかが佐賀の肩に手を置き、憐憫の表情を見せた。
「おい、佐賀。君は本当に女子にモテるようだねぇ。だから、モテる人間の発想しかできないわけだ。つまり、アレだ。君のことが好きな留美が、優奈と君の仲を邪魔していると。そう思ってるんだろ?」
「なんだ、そりゃ? バカ言ってんじゃねーぞ、さやか」
しかし、佐賀を見ると、図星を突かれたらしい。悔しいのか恥ずかしいのか、複雑な表情で黙ってしまった。
「行こうぜ、留美。こいつはシロだ」
留美とさやかがその場を離れようとすると、佐賀が引き止めた。
「知っていたら教えてくれないか。秋田さんの噂は本当なのか? その……、何人もの男と関係を持ってた、ていうのは」
留美は佐賀の思いつめた顔を見つめて少し考えた。デタラメに決まってるだろ、と一喝するのは簡単だ。しかし……。
「本当だったらどうするんだよ」
さやかが言った。佐賀が肩をびくっとさせた。
「もしも優奈が処女じゃなかったら、どうするんだ? 告白を取り消すのかよ」
佐賀は視線をそらせたまま答えなかった。
さやかは小さく舌打ちすると、
「受け止める覚悟がないなら、詮索するんじゃねーよ」
立ちすくむ佐賀を残して、留美とさやかは教室へと向かった。
[夏をわたる風]
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