快感ストーム(01)

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 スポーツセックスの決勝は午後九時からだ。開始まで一時間ほどある。オリンピック会場であるベルサイユ宮殿の上空にはまだ青空が広がっていた。夏のパリは日が長い。

 三上統和は会場に隣接する報道スタジオでNHKのアナウンサーからインタビューを受けているところだった。目の前に置かれた大型ディスプレイには予選結果の順位が表示されている。日本の「トウワ・ミカミ/アリサ・スザキ」のペアは上から二番目だ。

「というわけで、三上選手、予選をみごと二位で通過されたわけですが、決勝にかける意気込みはいかがですか? ライバルはいずれも強敵ぞろいですが」

 小林アナウンサーが身を乗り出しながら質問した。

「そうですね。予選一位のアメリカペアはベテランならではの円熟の体験が持ち味ですし、四位の中国ペアが魅せる中国四千年の房中術を駆使した体験もあなどれません。ぼく個人が気になるのはオランダの姉と弟のペアですね。まだ十代と若いのですが、兄と妹、あるいは姉と弟というペアは体の相性が非常にいいことが科学的に立証されていますから、どんな体験で魅せてくれるのか楽しみですよ。もちろん、最高のセックス体験で魅せるのはぼくと亜里沙のペアですが」

 オリンピックの公式ユニフォーム姿の統和がさわやかな笑顔を見せて答えた。

 表向きは余裕の表情だが、内心は気をもんでいた。ペアを組んで三年目の須崎亜里沙はこのところ神経質で不調がつづいている。予選二位というのも余裕を残しての成績ではない。本気を出さなければ敗退しかねないという覚悟でのぞんだ結果だ。統和は亜里沙の技術を高く評価していたし信頼してもいる。しかし、体験前に集中したいからとインタビューを断った亜里沙で勝てるのかは、自信を持てなかった。

 小林アナは亜里沙のかわりに出演することになった久野メイに話を振った。

「さて、久野選手。けさ行われた女子オナニーでは自己最高得点での六位入賞を果たしました。男女ペアでは惜しくも予選敗退となりましたが、オナニー、すごかったですね」

「ありがとうございますぅ。日本で応援してくれてる人たちのことを思ってオナニーしました。最高の体験で魅せることができてよかったと思いますぅ」

 メイは十九歳の新星で、明るく美しい女だった。統和はチームオーナーの堂本氏から、亜里沙とのペアを解消してメイと組むようしきりに言われている。統和も幾度となくメイとセックスした経験から、彼女が才能にあふれたセックスプレイヤーだと感じていた。

「実況しながら久野選手のオナニー体験を共有させていただきまして、わたしは男性なんですけれども、なんというか非常に感動しました。とても可愛らしく快感を盛り上げていて、ああこれが女性のオナニーなんだなと。今後の活躍にも期待しています」

 小林アナの言葉にメイは恥ずかしそうに笑った。

「メイのオナニーを堪能してくれてうれしいですぅ。メイも須崎先輩みたいにステキなセックスアーティストを目指してがんばりますぅ」

 ここでADが小林アナに競技用レシーバーを渡した。カメラが切り替わると小林アナは視聴者によく見えるようにレシーバーを両手で広げた。レシーバーは黒い革製のネットのような形をしている。

「こちらは競技体験で使われるレシーバーです。審判はみなこれを頭にかぶって選手の体験を共有するわけですが、一般に使われているものよりかなり高感度で解像度の高い体験が得られるということですね、三上選手?」

「そのとおりです」

 と、統和は答えた。やはりカメラに映らないところでADに手渡されたトランスミッターをかかげて、

「この補聴器のような形のトランスミッターをプレイヤーが着けて、そちらのレシーバーを通じてセックス体験を共有するわけです。男女ペアの場合、審判もペアを組んで採点を行います。一人の審判が体験共有するのはプレイヤーのどちらかだけなので、審判のペアでプレイヤー一人ずつを担当するわけです。体験はテープに記録されるので、競技後に担当を変えて再体験します。男性プレイヤーをリアルタイムで体験した審判が、あとで女性プレイヤーの記録テープを体験するという具合ですね。それで各審判ペアが点数をつけて、すべての審判ペアの結果をもってプレイヤーの得点が決まります」

 感覚共有デバイスは80年代にアメリカのベンチャー企業によって発明された。もともとは視覚や聴覚を記録して他人が再体験することを目指していたがこれは実現できなかった。かわりに脳内物質の変化を記録し他人の脳で再現することができた。レセプターレゾナンスと名付けられたこの技術に最初に目をつけたのはアメリカ軍である。彼らは捕虜の拷問に使えないかと考えていた。次に精神病理学の分野で話題になり、精神疾患の治療に役立てる研究が行われた。当初は冷蔵庫ほどの大きな機械が必要だったため、一般には知られることはなかったが、21世紀になると転機が訪れた。日本のアダルトビデオ通販会社がセックスの感覚を販売することを思いつき、多額の出資を行ったのだ。セックスがからむと技術はまたたく間に進歩するのが世の常で、レセプターレゾナンスは感度と応答性を向上させ、デバイスはどんどん小型化していった。頭にかぶるタイプのデバイスが登場すると、一気に普及しはじめる。アダルト以外の分野にも広まって巨大市場を形成していった。これが『エモスキャン』という商品名だったことから『エモい』という若者言葉が生まれたのは有名な話だ。その後、感覚共有セックスはスポーツとして発展し、ついにオリンピックの正式種目に選ばれるまでになったのだった。

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