第16話 世はなべて事もなし (10)

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 あたしが尋ねると、美奈子ちゃんは「うーん」と唸って考え込んだ。眉間にシワを寄せて右上に視線を向けたかと思うと、口を尖らせて左上に目を動かす。やがて申し訳なさそうな表情で、

「ごめんなさい。なんか、想像もできなくてよくわからないです。でも、たぶん、わたしは何もできなくて、自分ではどうにもできないんじゃないかと思います。そのあとで自分がどうなるか、何をするのか、どう感じるのかも、わからないかな」

 あたしは微笑んだ。あたしがおおぜいの男たちにオモチャにされた話を美奈子ちゃんに言ったことがあるかどうか、ちょっと思い出せないけれど、話したことがなかったとしても美奈子ちゃんは察したんだろう。だから真剣に考えてみてくれたんだ。

「まあ、レイプなんてされないに越したことはないんだけどさ。援助交際に危険は付き物だし、そういう可能性は考えておいた方がいいよ。お客だと思ってた人が豹変することはあるし、ホテルから出てくるところを別の男に見られて、後をつけられたりすることもあるしね。美奈子ちゃんはスタンガンとか持ち歩いてる?」

「スタンガン!? い、いいえ。実物を見たこともないです」

「じゃあ、あたしのを一個あげるよ。使い方もこんど教えてあげる」

「うん……」

 美奈子ちゃんは戸惑った顔で微笑んだ。集団レイプされる危険をまだ実感できないんだろうな。

 もしも美奈子ちゃんがならず者に集団レイプされるようなことがあったら――。そのとき、あたしはどうするだろう? 美奈子ちゃんは自分で言っているように何もできないだろうし、警察に行くわけにもいかない。普通に考えれば泣き寝入りするしかない。でも、どうすればいいのか、あたしは知っている。あたしにそれをする覚悟があるかどうかは心もとないのが正直なところだけど。それに遂行する能力があるかどうか……。

「もちろん、悪い男ばかりじゃないけどね」

 と、あたしは安心させるために笑った。美奈子ちゃんだってちゃんと覚悟をしておくべきだけど、急に言われてもついていけないのは仕方がない。

「でも、自分が集団レイプされるなんて想像はできないのですけど、男の人って基本的に下心しかなくてセックスのことばかり考えているのは確かですね」

 と、美奈子ちゃんも笑った。

「沙希ちゃんとなかよしになってからよく男子が噂しているのが聞こえてくるんですよ。『おい、お前は小川と美星、どっちが好みだ? 俺はぜったい美星だな』『いやいや、俺は小川派だ』なんて言ってるんですよ。男子ってバカですよね」

「うわ、サイテー。でも、美奈子ちゃんと比べられるなら光栄だわ。男子って、ぜったいあたしたちのことをオカズにしてるよ」

 実際あたしはシコられてる。あたしも男子の劣情を刺激するようなカスタム制服を作ってるくらいだから構わない、というか、男子にもっとシコられたい。クラスの男の子たちがあたしとのセックスを想像しながらオナニーしてるのかと思うと興奮する。

「沙希ちゃんは、もしも同じクラスの男子から援助交際を持ちかけられたら、どうしますか?」

「え?」

 一瞬、岩倉くんのことが頭に浮かんだ。あいつに壁ドン顎クイされて不覚にも濡れてしまったことを思い出す。まあ、あいつがあたしの秘密を知ったとしても、あたしなんかを買おうとは思わないだろうけど。

「うーん、そうだなぁ。援交を持ちかけられるということは、援交してることがバレてるときだろうから、秘密を守ってもらうかわりにセックスするしかないかなぁ。あるいは、口封じに――」

 おいおい、口封じとか言っちゃったよ。いくらなんでも援交バレくらいでクラスメートを手にかけるなんてありえないよ。あたしの自己責任なわけだし。

「口封じになるような相手の秘密を探り出す、かな。セックスしたからってそのまま付き合うことになる、なんてこともないだろうし」

「たとえば岩倉くんが相手でも?」

「あんなヤツ――」

 美奈子ちゃんにからかわれて思わずムキになってしまった。自分でもびっくりしてあわてて口をつぐんだ。なんか、ほっぺたが熱い。あたしは息を整えてから、

「岩倉くんって、ああ見えて意外と女慣れしてないし、ちょっと子供っぽいところがあるから、逆にこっちから迫ってやれば怖気づいておとなしくなるんじゃないかしら」

 と言ってごまかした。

 二年生になってからこれまで五人の男子に告白されたのだけれど、ぜんぶ断ったんだ。それで、やっぱり岩倉と付き合ってるんだな、って言われてるみたいだし。迷惑かけてるとは思うけど、岩倉くんは気にしてないみたいなんだよな。恵梨香先輩にフラれたとき、もし岩倉くんがそうしたいと言うなら、なぐさめてあげてもいいんだけどね。なんちゃって。まあ、そんなことになるわけないか。

 こんな感じであたしと美奈子ちゃんは検査を受け、即日結果が分かる項目についてはすべて陰性なのを確認したのだった。

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