はらわたが煮えくり返る思いだった。自分の教室に向かうあいだ、まわりもよく見えない状態だった。
学校で輪姦されてビデオを撮られ、その上そのビデオをばらまかれただと!?
クラスメートが強姦されるビデオを教室でみんなで見ていただと!?
誰も助けなかったどころか、事件のあともいじめを繰り返していただと!?
なんなんだよ、その生き地獄は!
留美は優奈の笑顔を思い浮かべた。その裏にあった優奈の本当の苦しみなど想像もできない。
(ちくしょう!)
いつの間にか、留美は7組の教室にいた。
優奈の席に目をやったが、優奈が登校している様子はない。さやかは別の女子生徒のところに行って英語の訳を写しているところだ。いつもどおりの朝の教室なのに、慣れ親しんだ日常が崩れてしまったように感じられた。
そのとき留美は、ざわめきの中に優奈の噂をしている声を聞いた。1組からは距離の離れているここでも噂が広まっていたのだ。話しているのは山形ともうひとりの男子生徒だった。
『佐賀も酷いやつだよな。このあいだも秋田にちょっかい出してたくせに、告白されたら断るなんてな』
『ちょっとモテると思って、いい気になってんだろ』
『でも、しょーがねーよな、秋田が中古じゃ。俺だって他人の使い古しじゃ願い下げだしな』
そう言って笑い合っている。
それで留美はキレた。
山形のシャツの襟首を掴んで、むりやり立たせると、
「もういっぺん言ってみろ。誰が中古なんだよ」
山形は目をぱちくりさせて留美を見た。どうして自分が留美に怒られなければならないのかわからない様子だ。
「おい、香川……、何を言って……」
「誰が使い古しなんだよ」
留美が低い声でもう一度言うと、山形もようやく察したらしく、顔から血の気が引いていくのが見えた。
「だって、秋田が援交してたって噂が……」
「デタラメに決まってるだろーが!」
留美は右の拳で山形の頬を思いっきり殴った。ボコッという音がして山形が吹き飛び、尻餅をついた。教室の中が静まり返った。全員の注意が留美に向けられた。
「そんな噂、ぜんぶウソに決まってるだろ! なんにも知らないくせに、面白おかしく騒ぎたてやがって。同じクラスの女子をそんなふうにおとしめて、恥ずかしくねーのかよ。これ以上、優奈を侮辱するなら、黙ってねーぞ!」
山形は立ち上がって、留美のほうに右手を伸ばした。たぶん、興奮している留美をなだめようとしたのだろう。しかし、留美には強姦魔の手のように感じられた。
自分のほうへ伸ばされた山形の腕を左手で掴むと、体をくるっと回転させて山形の懐に入った。背中を山形の上半身に密着させ、同時に右腕を山形の脇の下に入れる。そのまま
体を前に傾けて山形の右腕を引きずり下ろすと、山形の体が宙を舞った。
小柄とはいえ柔道部の男子生徒だ。体重五三キロの留美より一〇キロは重いだろう。山形の体が回転しながら吹っ飛ぶと、反動で留美の両足も床から浮き上がった。
山形はいくつかの机を跳ね飛ばしながら、背中から床に落下した。
教室にいた誰も動けなかった。
クラスメートたちが見守るなか、留美は床にへたり込むと、両手で顔を覆って声を立てずに泣き始めた。
[夏をわたる風]
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