「ふーん。彩乃流に言うなら、モテない自分にとって何の利益もないバレンタインなんて潰してやるってとこかしら」
「まあ、そんなとこ。非モテブスにとってはムカツクだけの日だからね。素直に悔しいからって認めればいいのに、ジェンダーフリーに反するとか意味不明の理屈を持ち出して、必死すぎだろ、みっともない」
「あんた、長谷川さんに対しては容赦ないな。よっぽど嫌ってるんだね。あの人と何かあったの?」
「別に。ただウザい女ってだけ。それに放っておいたら害悪を撒き散らすことになるしね。スカートを廃止しようとしてるのもそう。あの子が言ってるジェンダーフリーって、男も女も区別せずにフラットな価値観でって言うけど、それって多様性の否定じゃん。モテない僻みでしかないのに、周りを巻き込むなって言うんだ。きっとそのうちに女子の髪型はベリーショートに統一するとか言い出すよ」
「ひえーッ、そんなぁ~」
菜月は思わず自慢のゆるふわロングの髪を押さえた。
「あのブスならやりかねないね」
と、彩乃は目を細めた。
この子ぜったい長谷川さんと何か因縁があるんだな、と菜月は思ったけど、それは口には出さずに鼻から息を吐き出した。
「まあ、あたしはバレンタイン禁止になっても構わないけどね。きっと女子からたくさんチョコもらう羽目になるだろうし。中学のときもそうだったから。学校にチョコ持ってくるのが禁止になれば、あたしとしては助かるな」
「仮にチョコの持ち込みが禁止されたとしても、持ってくる子は持ってくるから、あんたの受難は避けられないね。でも、菜月が心配すべきことはあんたが何人からチョコを渡されるかじゃないよ。分かってないみたいだけど、歩夢ちゃんがこの時期に女の子デビューした意味を考えなよ。歩夢ちゃんが誰かにチョコを渡すかもしれないでしょ」
「歩夢が……、バレンタインチョコを……、渡す……? 男子の誰かに……?」
思っても見なかった指摘に菜月は愕然となった。
(歩夢がずっと悩んでいたとして、晴れて女子として認められた今、これまでできなかった女の子らしい行動を取るというのは、いかにもありそうな話だ。そんなことになったらどうしよう)
おろおろする菜月を彩乃は面白そうに眺めた。歩夢のことでからかわれているだけだとは、菜月は思いもしない。
「あ、ほら、菜月。ウワサをすれば。歩夢ちゃんがいるよ」
青ざめた菜月に追い打ちをかけるように、彩乃がカフェテリアの奥の方を指差した。
菜月がそちらに目をやると、何人かの男子生徒――男子制服を着たコンベンショナルな男子たち――に混じった女子制服の歩夢がトレイを持ってテーブルにつくところだった。楽しそうに談笑している。一緒にいるのは大河と、同じクラスでまだ女装登校していないふたりの男子だ。
「大河たち、歩夢のことを女子扱いしてるけど、あの子のこと受け入れてるのかな」
菜月がムスッとして言った。
「そりゃそうでしょ。だって、歩夢ちゃん、可愛いじゃん。女のわたしから見ても美少女だもん。それに女の子らしいし」
「女の子らしい?」
「つまり、男子から見た女の子らしさがあるってこと。ほら、最近、男子っぽい男子が目につかなくなったから、女子が異性の目を気にしなくなってきてるでしょ。女子校っぽくなってきたというか。まあ、ホントの女子校には通ったことないから想像だけど。教室で大股開いてガハハ笑いしたり、あまつさえ『ナプキン貸してーっ』『ほーい』とかって投げ渡したり。二学期までは見なかったよ」
言われてみればそうだな、と菜月は思った。菜月も女子校のことは知らないが、男子の目があるところでは女子だって自重するものだ。もえぎ野の男子はイケメンばかりだから、なおさらである。
「そこへ行くと歩夢ちゃんは控えめでおしとやかで、いかにも女の子って感じでしょ。それでいて実際には男の子なんだから、男子どもだって気負わなくていいだろうしね」
「あたしが女の子らしくないってことなら、まあ反論はしないけど」
彩乃は笑った。
「菜月は女の子らしいよ。でもまあ、男子は歩夢ちゃんみたいなタイプが好きなんだろうなぁ。そのうちに男子の誰かが歩夢ちゃんに告白するかも」
「冗談はよしてよ」
さすがにそれはないだろと思って菜月も笑った。
「ハハハ、って、笑ってる場合じゃないかもよ。すでに二年生では男子同士のカップルが誕生してるって話だし」
彩乃が真顔で言うと、菜月はパンを詰まらせてしまい、あわててパックの野菜ジュースで飲み下した。
「マジかよ。でも、歩夢に限ってそんなことにはならないよ」
[男の娘になりたい]
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