お兄ちゃんのことを聞きたくて、何か言わなくちゃと思っていると、優姫さんのほうから口を開いた。
「手作りチョコレートは初めて?」
「は、はい。お料理とかあんまりしたことないんですけど、溶かしたチョコを型に入れて固めるだけならできるかなー、って思って」
あたしは素直に答えていた。どうもこの人のペースにのせられているようだ。
「そうね。わたしも最初はそういうの作ったよ。テンパリングをちゃんとやるよう気をつければ、刻んで溶かして固めるだけだもんね」
「はあ……」
あたしは急に不安にかられた。刻んで溶かして固めるだけだと思っていたのだ。もちろんあたしにとってはそれなりにチャレンジではあるのだが、基本的には初心者でも問題ない範囲だと思っていた。
「……テンパ……リング?」
優姫さんは無知で無謀なあたしのことを笑ったりはしなかった。
「刻んだチョコを溶かすときにね、温度管理をしないと、冷やして固めたときに白くなっちゃったり、うまく固まらなかったりするのよ」
「そ、そうなんだ……。うう。あたし、うまくできるかな」
たぶんあたしは随分と落ち込んでいるように見えたのだろう。
優姫さんはあたしのことを笑わなかったが、大丈夫できるよ、などと無責任なセリフも言わなかった。代わりに、
「あしたの午後、友だちどうしで集まってバレンタインのチョコレートを作るんだ。よかったらまりもちゃんも一緒しない? うちの学校は土曜日も午前中の授業あるけど、まりもちゃんの学校はお休みでしょ? わたしが教えてあげる。一緒に作ろうよ」
「えーっ、いいんですか。でも、そんな、迷惑じゃ……」
実際には地獄に仏というか渡りに船というか、願ってもないことと思ったのだが、やはりまったくの部外者のあたしが加わっては迷惑な気がする。まあ、優姫さんとあたしは古い知り合いらしいのだが。
優姫さんはぜんぜん気にしてない様子で、棚に並んだ製菓用チョコレートの袋を物色しはじめた。
「優姫さんの友だちの人たちだって、知らない中学生がいたら困るんじゃ……」
「あっはっはっ」
優姫さんはまた景気よく笑ってあたしの言葉をさえぎった。
「気にしない気にしない。直人くんの妹なんだから、みんな歓迎してくれるよー。それに、初めて手作りのチョコをつくる女の子をみんな応援したがると思うしね」
応援って、相手はお兄ちゃんなんですが。
「ねー、まりもちゃんがチョコを渡したい人って、甘いの大丈夫? それともビター系のほうがいいのかな?」
「あの、ビ、ビター系を……」
「じゃあ、わたしとおんなじだ」
優姫さんは棚からチョコの袋をとって、あたしにウインクしてみせた。
「道具はたいていのものはあるから心配しなくていいよ。あとは……、うーん。まりもちゃんはなにか必要なものとかあるのかな? ラッピング用品とか大丈夫? そう? じゃあ、とりあえずチョコだけ買っていけばいいね。決まり!」
そういうわけで、あたしはいつの間にか優姫さんと一緒にチョコを作ることになり、二人で製菓用のビターチョコを買った。スーパーを出ると、優姫さんはコートのボタンをはめ、毛糸の手袋をはめた。中学生のあたしはコートを着ていなかったが、優姫さんがマフラーを貸してくれた。
家まで送ってくれるというので、あたしはお言葉に甘えることにした。優姫さんがお兄ちゃんとどういう関係なのか確かめなくてはならないからだ。
といって、ストレートに聞くのも気が引ける。あたしたちはたわいもないおしゃべりをしながら歩いた。もう少しで家につくというところまできて、あたしはさりげなく切り出してみた。
「あの、兄はその、付き合ってる人とかいないんでしょうか?」
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