見えないとわかっていても恥ずかしくてたまらない。
だけど、それがやがて快感に変わることをわたしは知っている。
もやもやした気持ちを吹き飛ばす方法を、いまのわたしは知っている。
渋谷で下車した。一年ぶりだ。駅を出て、人波に混じって横断歩道を渡った。宮益坂を登って歩く。かつてアダルトビデオのスカウトに声をかけられたのはこのあたりだ。
サンダル以外は何ひとつ身につけていない。興奮で胸がはちきれそうだ。全裸だというのに体中がじっとりと汗ばんでいた。
駅から離れるにしたがって、だんだんと人がまばらになってくる。そろそろいいだろう。
わたしは立ち止まって深呼吸した。
目を閉じて、ゆっくりとメガネを取る。
周囲の空気がさっと変わった。ざわめきが広がっていく。
見られているのを感じる。
いまのわたしは誰の目にも見えている。
呼吸が荒くなる。息苦しい。メガネを持つ手が震えていた。
そっと目を開けた。
驚きと戸惑いの視線を浴びていた。サラリーマンふうの中年男性、買い物に来ていた若い女性たち、高校生くらいの男の子のグループ。全員の目がわたしの裸体に釘付けになっていた。
みんなの目を順に見つめた。呆然としていたみんなの表情が、情欲や侮蔑、嘲笑や憐憫へと変わっていく。頭のおかしい子だと思っているのだろう。構うものか。誰もわたしの心の中までは見えないんだ。
わたしは笑みを浮かべて歩き出した。
みんな遠巻きにわたしを見つめているけど、近づくと道をあけた。やってしまうとかえって気持ちが落ち着いてきた。堂々とした態度で闊歩する。性的な興奮だけがどんどん高まっていく。体の中にエネルギーが湧いてくる。
道路の反対側に渡って坂をおりていくと、だんだんと通行人も増えてきた。誰もがわたしを見ている。小さく悲鳴をあげる中年の女性、いやらしい笑い声をあげながら指をさす大学生、恋人を目隠ししながら悪態をつく女性、ケータイを取り出してわたしの裸体を撮影する男性たち。
アソコがキュンとなった。愛液が垂れてくる。
自然に笑いがこみあげてきた。すごくいい気分。ヒールサンダルでなければスキップしたいところだ。
郵便局のあたりまでくると、前からふたりの警官が走ってくるのが見えた。誰かが通報したのだろう。ここまでか。
ふたたびメガネをかけた。
すぐ近くに迫っていた警官たちは、目標を見失ってきょろきょろしている。まわりの通行人たちも、夢でも見ていたのかと口々につぶやきながら、消えてしまった裸の女をさがしている。
わたしはもう誰にも見えない。
がまんできず、大笑いした。
渋谷駅の中を通って反対側に出た。ハチ公前のスクランブル交差点を渡る。
そして交差点の真ん中に立ち止まって、メガネを取った。
ゆっくりと数を数えた。五つ数えてメガネをかけた。一瞬だけ通行人の目を奪った全裸の女性は幻覚のように消え失せた。立ちすくむ人たちのあいだをすり抜けてその場を離れる。なんて刺激的なんだろう。
センター街を歩きながら、もっと危険な冒険へと心をめぐらせた。
サンダルを脱いで、道路脇の目立たない場所に揃えて置いた。あたりにはおおぜいの通行人が行き交っている。
メガネをはずして、サンダルの上に置いた。
[目立たない女]
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