ちんちん生えてきた(04)

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■バークレー USA  8月4日


 SETI――地球外知的生命体探査では、電波信号などによって異星文明の証拠を発見したときのために『地球外知的生命の発見後の活動に関する諸原則についての宣言』というガイドラインを公表している。基本的な原則は、自然の天文現象や地球人類に起因するものではないかちゃんと検証しろ、しかるべき国家機関と研究機関に通報しろ、その後は国連に通報して対応を協議するからそれまでは公表するな、そして国際的な合意ができるまでは絶対に異星人に返事をするな、といったものだ。

 ハリー・ストーン教授は自分がそうした発見者の一人になるとは夢にも思わなかった。教授の専門はダークマターだ。研究の一環で遠方の活動銀河の観測をしていたのだが、一ヶ月ほど前に偶然その信号を捉えたのだった。

「それまで電波源が観測されていない場所からの信号だったのだよ」

 と、教授はキャサリンに説明した。

「最初は自然現象だと思った。ところが、すぐにAIプログラムがパターンを検出したのだ。4種類の波形がランダムに結合したような信号だった。意味があるようには思われなかったが、何かの暗号のようにも見えた」

「4種類のパターン……、暗号……」

 キャサリンは背筋がゾッとするのを感じた。ポドルスキーのカンが当たっているのかもと思うと気持ちがはやる。

 マギ・シグナル。ポドルスキーはこの話をホワイトハウスで聞いてすぐに自分たちが扱っているウイルスと関係があると直感したという。それでキャサリンをカリフォルニアまで来させたのだ。ポドルスキー自身はいまネバダにいる。フラットロックの農業試験場だ。実際には農業試験場は偽装で、地下に機密のベールにつつまれた特殊な生物学的研究施設がある。60年代に地球外微生物の研究用に建設されたもので、偏執的な隔離機能を持っているらしい。原潜ネレイドの乗員数名が運び込まれて検査を受けているそうだ。バークレーならネバダの方が近いだろうと文句を言うと、ポドルスキーは施設の出入りは簡単ではないのだと言って反論を許さなかった。

 キャサリンのチームは抗原検査キットの試作品を完成させており、全米の医療機関への配布が始まっている。感染状況のデータ整理ならチームに任せておけばよい。荒唐無稽な話だが、ポドルスキーの直感は無視できないと感じていたキャサリンは、しぶしぶ飛行機に乗ったのだった。

「信号を捉えたのはわたしだけではない。実際、地球外文明の発見者の栄誉にあずかる者は三十人以上いるだろうね。様々な波長で同じシグナルが検出されていたからだ。最初はかすかだった信号は日を追うごとに強くなってきている」

「異星文明のものだというのは間違いないのでしょうか?」

 ストーン教授はおびえたような表情でうなづいた。

「信号の内容はずっと同じものの繰り返しで、意味はまったくわからない。意味があるかどうかも含めてね。ただ、発信源が複数見つかっている。北極星を中心に、赤緯60度あたりに3個。正確に120度ずつの間隔をあけて見つかっているんだ。それらが同じタイミングで同じ信号を発している。到底自然現象であるはずがない」

 マギ・シグナルの発信源が3個だというのは聞いていた。それがマギという名前の由来にもなっている。しかし、幾何学的な配置になっているというのは初耳だった。

「待ってください、教授。それっておかしくないですか? 発信源の天体はたがいに何光年も離れているのでしょう? 信号の同期ができるとは思えません。地球由来のものだと考えた方がよいのでは?」

「もちろん我々もそう考えた。しかし、同じシグナルが赤外線望遠鏡でも捉えられているのだ。可視光では見えないが、もしかするとX線やガンマ線でも発信されているかもしれない。それで、L2にあるジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡で観測できたのだが、地上の観測データと合わせて距離を正確に測定したところ、およそ12兆キロメートルの場所に発信源があることがわかった」

「12兆キロ……メートル?」

「約1.3光年。オールトの雲があると想定される領域の内側にある。相対論的距離であることには変わりがないが、高度な技術を持っている異星文明なら不可能とは言い切れないだろう距離だ。現に、その信号は観測されているわけだからね」

 近すぎる、とキャサリンはめまいを覚えた。太陽系のすぐ端に異星の宇宙船が来ているとでも言うのか? それがウイルスと関係がある?

 ストーン教授は自分の余命を尋ねる肺がん患者のような顔になった。

「さて、そろそろ聞かせてもらえるかね、カービイ博士。疾病対策センターの医師がどうしてマギ・シグナルについて知りたがるのか。これは十万光年彼方からの信号ではない。もしそうならショックではあるものの公表はできる。しかし、地球まで一年半の距離にエイリアンがいるとしたら簡単な話ではない。政府も国連も情報公開を躊躇している。とはいえ、隠し通せるわけもない。すぐにバレる。そのとき何が起きるか。CDCでは国家的危機に際して心理学的なアプローチも研究しているそうだが、世界的なパニックが起きると予測しているのかね?」

「クライシスサイコロジーは専門外です。実は、パニックよりもっと恐ろしいことを危惧しているのです。信号には4種類の波形があって、それがランダムにつながっているように見える、ということでしたね。波形の種類ごとに適当な記号を与えて文字列で表したとき、そのシーケンスがこのデータと一致するかどうか確認したいのです」

 そう言って、キャサリンはUSBメモリを取り出した。ストーン教授は怪訝な表情をしながらも「お安い御用だ」と答えた。教授がPCの準備をしているあいだ、キャサリンは自分の知っていることを話しはじめた。

「いま、世界中で男性の性機能障害が広がっています。新種のウイルスが原因だと考えていますが、感染経路がわからないのです。最初の症例が報告されたのは一ヶ月ほど前のことで、すでにアメリカだけでも数万人が罹患しています。患者はみな性的不能になり、精巣の細胞が死んでしまった結果、精子が生産されない状態です。女性の感染者も確認されていますが、おおむね三十歳以上の女性は何らの症状もありません」

「うむ。最近テレビのニュースで盛んに報道している病気のことだね。わたしの息子たちはすでに結婚して孫もいるが、心配しているよ。わたし自身はパイプカットしていてあまり関係ないと思うが。若い女性の感染者には症状が出ているということかな?」

 キャサリンはすこし言い淀んだが、相手も科学者だと思い直して、

「クリトリスが異様に肥大化するという症状が報告されています。ひどい場合は男性のペニスサイズに。それに、男性患者と違ってむしろ性欲亢進が見られます。女性患者のことは世間ではまだ話題になっていませんが、いずれマスコミが面白おかしく書き立てるでしょうね」

 ストーン教授は注意深く表情を隠して、ただ片眉をあげただけだった。

「さて、データの比較ができた。カービイ博士の持ってきた70キロバイトの文字列とマギ・シグナルのパターンは完全に一致した。まさかとは思うが、これは……」

「ウイルスの塩基配列です」

 表情を変えないまま教授は参ったなぁと言いたげに頭をかいた。

「つまり、CDCの見解はこうか? マギ・シグナルを送っているエイリアンが男をインポにするウイルスを使って地球を侵略しようとしていると?」

「CDCとしての見解はまだありません。ただ、陸軍の一部はその可能性を第一に考えています」

 キャサリンが真顔で答えると、ストーン教授はびっくりした顔をしたあと吹き出して、しばらく腹を抱えて笑い続けた。

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