ピンクローターの思い出(01)
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冬の太陽はすっかり西に傾き、教室の中もいつの間にか薄暗くなっていた。新田まどかは読んでいた文庫本を閉じて、窓の外に目をやった。日没までまだしばらくある。そう思って小さくため息をついた。
(まだ帰るのは早い)
いま五年三組の教室にいるのはまどかだけ。室内の空気も冷えていた。
このところ帰宅するとアパートに母親の元恋人が来ていることが何度かあった。復縁をせまっているのか、単にお金をせびりに来ているのかはわからない。母親も迷惑そうにしていた。まどかはこの男が嫌いだった。顔を合わせたくないので、母親が出勤するまで部屋に入れなかった。きょうもいるかもしれない。それで帰りの会が終わった後もひとり教室に残って本を読んでいたのだ。
まどかはランドセルから小さなきんちゃくを出し、その中からピンク色をしたプラスチック製の器具を取り出した。手のひらに収まる細長い板状のケース。その端から伸びたケーブルの先にカプセル型をした5センチほどのものが付いている。
スカートをめくりあげて、パンツの中にカプセル型の器具を入れた。卵をあたためるニワトリのように、アソコとパンツの間に挟み込んで座った。硬いプラ製のカプセルだったが、椅子には座布団を敷いてあるので痛みを感じることはない。
コントローラーについている大きなダイヤルを回す。カチッという手応えと同時に、股間に据えたものがかすかに振動しはじめた。
ブウゥゥゥン……、ブウゥゥゥン……、ブウゥゥゥン……。
波のように強弱を繰り返す。このモードがまどかのお気に入りだ。ほかに誰もいない教室は静まり返っていたけれど、やわらかい座布団のおかげもあって、ローターの音はほとんど聞こえない。
ローターはいつも持ち歩いている。いけないと思いつつも学校や公園で楽しんでいた。誰かに見られるかもしれないというスリルがたまらないのだ。一度授業中に使ってみたことがある。ほかの子たちは誰一人まどかのローターオナニーに気づかなかった。ただし、先生だけはまどかのうっとりと紅潮した表情を怪訝に思ったらしい。さすがに授業中は自重することにした。
まどかがローターの味を知ったのはクリスマスのことだ。母親のものを興味本位で試してみた。その振動を初めて体験したとき、興奮しすぎて全身が震え、またたく間に絶頂に達してしまった。以来、病みつきになっている。
「雄太くん……、ダメ……、そんなところ触らないで……」
声に出してしまうと実際に男子に愛撫されているような気分が高まる。
同じクラスの中川雄太は勉強もスポーツもでき、顔もなかなかだ。真面目な性格なので女子の一番人気というわけではないものの、人当たりのいい明るい人柄で、好意を寄せている女子が多い。
誰にも打ち明けたことはないが、まどかもそうした女子のひとりだ。雄太と両想いになる妄想にひたりながらも、告白することなど思いも寄らない。引っ込み思案で友だちも少ないまどかにとって、雄太が自分に興味を持つことなど考えられないことだった。
「あ……、くる……、くる……、ふみゅぅ……、ううッ……、うッ……、ん……」
きゅーぅぅぅん、という快感が全身を駆け抜けた。
腰のあたりを覆う気持ちよさに両足をピンッと突っ張って体を硬直させる。
数秒後、快感が引き始めると、全身の力が抜け、まどかは椅子に体重をあずけた。
その瞬間、
「おい、新田。ひとりで何をやっているんだ?」
という声がして、びっくりしたまどかは椅子から転げ落ちそうになった。
すぐそばにひとりの男子が立っていて、まどかを見下ろしていた。
まどかは真っ赤になった。体を焼かれているように全身がチリチリして、息を吸うこともできない。
中川雄太だった。一瞬、これも妄想かと錯覚したが、すぐに我に返った。
あわててローターのコントローラーを隠そうとする。その拍子にダイヤルを回してしまい、強さがマックスになった振動がアソコを襲った。振動音が教室に響き渡った。まどかは悲鳴を上げてローターのスイッチを切ると、コントローラーを後ろに隠した。
涙で視界がぼやけた。うつむいたまま何も言えなかった。
雄太も困った様子でしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「新田って文庫本読むんだな。その本、面白いの?」
「え? あ……、う、うん……」
まどかが読んでいたのはジョルジュ・サンドの『愛の妖精』だった。児童向けレーベルではなく岩波の文庫本だ。奇異な目で見られるのではないかと思って、まどかはまた黙り込んだ。
「ぼくも最近は文庫本を読むようになったよ。エラリー・クイーンにハマってるんだ。新田も知ってる? 亡くなった祖父が昔の創元のヤツを持っててさ。図書室にあるジュニア版名作推理全集は全部読んだんだけど、やっぱり本物で読みたいと思ってね」
それを聞いたまどかは顔をあげて目を輝かせた。
「あ、あの……、『エジプト十字架の謎』、読んだ……。図書室で……」
まどかが言うと、雄太はにっこり笑った。
「やっぱりな。新田って、休み時間にいつも本読んでるもんな。面白い本あったら、こんど教えてよ」
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