その日の午後に美術の授業がないのは幸いだった。由香は美術室のイスの上にうずくまって、ただ時間が過ぎていくにまかせた。
ケータイを握りしめた。昨夜は何度か武一に電話したが、出てはもらえなかった。呼び出し音がなってしばらくすると電源を切られてしまうのだ。しかたなくメールを何通も送ってみたが、返信はなかった。
(どうして……?)
わからない。
何をする気力もわかない。世界から色が消えてしまったように感じられた。
奏のことが憎らしい。
(転校してきた早々に他人の彼氏にちょっかい出しやがって。あんなやつ、どうせヤリマンのビッチのくせに。なんで武一はあんな女に惑わされちゃったんだよ……)
武一の態度を思い出すと、悲しくなった。
完全に奏のとりこになっていた。もう由香のことなど眼中にない。というより、疎ましく思われている。このあいだまで仲良しの恋人だったのに。いつも一緒にいたのに。
(なんでこんなことになっちゃったんだろう)
武一に嫌われるようなことをした覚えはない。
(三木本奏のせいだ。学校なんてたくさんあるんだから、よりによってこの学校に転校してこなくてもいいのに)
どうしたら恋人を取り戻せるのか。考えようとしても頭がまわらない。
武一は本気なのだろうか。そんなことを認めるのは耐えがたい。自分は棄てられたのだと認めることなどできない。
くやしい。
奏は美人だ。由香は自分が男子に人気があること知っていたし、かなりの美人だと自分でも思っていた。だけど、奏の前では見劣りするように思えてならない。小顔でもないし、胸は小さいし、髪だってゴワゴワだ。
性格はどうだろう。自分ははっきりものを言う方だし、おしとやかとは言えない。それに比べたら奏は、本当の内面はどうであれ、清楚な美少女に見える。やっぱり男子はそういうタイプの方がいいのだろうか。
(ちくしょう。あの女、ムカつく)
ネガティブなことばかり考えていると気分がますます落ち込んで、負のスパイラルとなって由香を引きずり込もうとする。
泣くまいと思った。泣くのは負けを認めることだ。
おかしくなりそうな自分を必死に抑えつけた。
だから、放課後になって純が美術室にやってきたときには、思わずほっとした。
「きょうも天音先輩だけですか。幽霊じゃない美術部員っていったい何人いるんですかね。部長もほとんど顔を見せないし。天音先輩だけは毎日来ますよね」
けだるい表情で顔をあげた由香に、純が白い歯を見せて微笑みかけた。由香は何も言わずに、ぼーっと純の顔を見つめた。
「ちょうどいいや。製作途中のぼくの作品を先輩だけに見せてあげます。ほんとは完成してから披露するつもりだったんですけど」
純は大きな紙の手提げ袋から大判のスクラップブックのようなものを取り出して、机の上に置いた。純が何を作っているのかは知らなかったし、たいして興味も持っていなかった。由香はそのスクラップブックのようなものをぼんやりとながめた。
四月に入部してきた純が、学校のパソコンを使ってペーパークラフトを作ってみせたのを思い出した。それは七十センチほどの航空母艦の模型だった。そのとき純は得意げに「どうですか、三五〇分の一スケールの赤城です。エレベーターは可動式で艦載機満載ですよ」と言って由香に見せびらかせた。女子にそんなものを見せられても困ってしまうが、緻密なディテールと丁寧な工作、それにリアルな色塗りには素直にすごいと感じさせられたものだ。
純はスクラップブックを手に取るよう由香にうながした。めんどくさいな、と思ったが、しかたなく由香は手を伸ばした。
ページを開いた由香は目を見開いた。中世ヨーロッパふうのお城のパーティーを描いたカラフルなジオラマが広がったのだ。
仕掛け絵本だ。
[失恋パンチ]
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