男の娘になりたい (18)Fin
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菜月は歩夢の言葉を最後まで聞いていなかった。
両想いだったと分かったとたん、両手で顔を覆って泣き出してしまったからだ。
こんなに簡単なことなら、もっと早くに告白していればよかった――。
そう思いかけて、いやそんなに簡単な話ではなかったのだろうな、と菜月は考え直した。去年のうちに告白していたとしてもうまく行かなかったに違いない。
歩夢が女の子になって、他の男子も女装を始めて、大河が歩夢に告白して、そういったいろんなめぐり合わせがうまく噛み合った結果、いまがあるのだ。そう思うと、ジェンダーフリー運動で男女別制服を廃止に持ち込んだ長谷川さんに対してさえ、感謝の気持ちでいっぱいだった。
そのあと菜月が歩夢と手をつないで教室に入ると、朝のホームルームが始まる直前にも関わらず、クラスは大騒ぎになった。
クラスの女子はショートヘアになった菜月に動揺し、ホットパンツに気づいてスタイルを称賛し、チョコレートの包みを見て歩夢との仲を問いただした。
最初は照れていた菜月は、女子たちの追求に負けて、歩夢とレズビアンカップルになったことを打ち明けた。クラスメートたちが歓声を上げ、すでに甘いチョコの香りに満ちていた教室の空気がさらに甘くとろけていった。
こうして菜月と歩夢は公認のカップルになった。
ところが、それからも菜月に告白する女子は後を絶たなかった。彩乃が言ったように、これまでとは別の層を惹きつけてしまったせいだ。
「まったく、レズキラーの勢いはとどまるところを知らないな。菜月が歩夢と恋人同士になって二週間も経つっていうのによ」
大河がカツ丼に箸を突き立てながら言った。
「大河くんになら菜月を任せてもいいと思ってたんだけどね。でも、こうして菜月と歩夢ちゃんが並んでご飯を食べてるところを見ると、よかったねって素直に思えるな」
そう言って彩乃が日替わり定食のエビフライを口に運んだ。
「まあ、俺も菜月はいい女だと思うぞ。俺の好みのタイプじゃないというだけで。歩夢とはお似合いだ」
最近はカフェテリアで大河や彩乃といっしょにランチを取ることが多い。
バレンタインで歩夢にフラれた大河だが、その後も変わらず友人として接してくれている。歩夢と話しているところを見ても気まずい感じはない。男子の感じ方は違うのかな、と菜月はうらやましく思った。
「菜月のメシはもしかして歩夢の手作り弁当か?」
「これはあたしが作ったんだよ。歩夢が手作り弁当なのに、あたしがパンや定食じゃカッコつかないからね。おかずの交換とかもできないし」
ドヤ顔で胸を張る菜月に、
「ボクは菜月ちゃんの分も作ってもよかったんだけど」
と、歩夢が言い添えた。歩夢のお弁当の方が菜月のよりよくできているのは一目瞭然だ。
「歩夢はそう言ってくれるんだけどさ。あたしだって、同じ女子として負けたくないわけよ。もしもあたしが男だったら喜んで作ってもらうところだけど、女同士だからね。あたしって女子力足りないなって最近思ってるから。もっと努力しないと」
「努力する美人レズキラーは手強いライバルだな。彩乃は料理が得意だそうだが、いつも日替わり定食だよな。自分で弁当作ったりしねーの?」
「だって面倒くさいじゃん。学食の定食なら栄養だって考えられてるし」
「身も蓋もないな。まあ、彩乃は料理がうまいからそういうこと言っても許されるけど、あたしはそうは言っていられない。歩夢に負けてられない。髪もまた伸ばす」
「いまは歩夢ちゃんの方が長いもんね。ショートも似合ってるけど」
「長い方が好きだもん。あたし、くせっ毛だし、短いとすぐ寝癖ついちゃうから朝が大変なんだよ。歩夢だって伸ばしてるでしょ?」
歩夢が恥ずかしそうにうなずいた。
「ボーイッシュな菜月も人気あるのにな。あんたのホットパンツ姿はかなり衝撃的な可愛さだったし。現に、あれ以来、真似する女子がいっぱいいるし」
と、彩乃がカフェテリアを見渡した。つられて菜月もまわりを見た。ホットパンツの女子――女装男子も混じっている――があちこちにいる。菜月は自分の愚行を思い出して顔が熱くなるのを感じた。
「長谷川さんに怒られたよ。あなたのせいで制服を改造する生徒が増えたってね。こんなに流行るとは思わなかった。服装チェックの取り締まりを強化するって息巻いてた」
「正式な制服として採用するよう署名集めが始まってるよ。勝負は新学期が始まってからだね。長谷川さんはいまほかのことに気を取られてるから」
「ほかのこと?」
「あの子、バレンタインに生徒会の二年生の男子から友チョコをもらったんだ。長谷川さんはチョコを贈るのを禁止しようとしてたから、女子の役員は長谷川さんにチョコを渡すのを控えてたんだけど、直前に男子もチョコを贈ろうって話になったじゃん。それで男子の先輩が生徒会でチョコを配ったんだってさ。でも、長谷川さんは友チョコなんてもらったことないから、お返しのチョコを用意してなかったんだよ」
「本命チョコだと勘違いしちゃったわけでもないんでしょ?」
「さすがにそこまでオメデタクはない。それで『ホワイトデーに三倍返ししなくちゃけいないじゃないのよッ、本当にどうしてこんな風習があるのかしらッ』ってクラスで文句を言っていてね」
そこで彩乃は思わせぶりに眉根を寄せた。
「そのときの顔がすごくニヤけてるんだよ」
おわり
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