男の娘になりたい (07)

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 結局その日は歩夢と話すことはできなかった。

 菜月は思っていたよりも自分の立場が盤石ではなかったことを思い知らされた。歩夢は幼なじみだからといって、もちろん四六時中いっしょにいるわけではない。むしろ、菜月が好き避けしてしまうため、ふたりきりになることはなかった。それでもこれまでは歩夢がほかの女子生徒と親しくなることはなかったので、菜月としては自分がいちばん歩夢と仲がいい女の子だと思っていたのだ。

 歩夢がおとなしくて存在感がないこともあって、女子生徒の側もいままでは歩夢のことなど眼中にない感じだった。

 それなのに女子制服を着た歩夢はまたたく間に女子の間で受け入れられてしまった。

「歩夢ちゃんは女子トイレを使ってもいいと思う」

 などと言い出す子もでてくるありさまだ。

 もえぎ野女子は共学校になったときに生徒用トイレの一部が男女共用ということになった。男子用の小便器は設置されておらず、掃除も男女共同で行う。ただし、利用する女子生徒はいなかったので、事実上の男子トイレになっていた。

 さすがに歩夢もトイレは共用のを使うからと答えたのだけど、それほどまでに歩夢は女の子として受け入れられたわけだ。

 こうなってみると、女子に人気があるとはいえ元から校内では浮いた存在だった菜月は、歩夢との距離が大きく離れてしまったような気がして、焦りを隠せなくなっていた。

 歩夢がほかの女子と言葉をかわすだけで胸の中で焦燥感が渦巻く。肌がチリチリして息苦しくなる。

 そのうちに歩夢のことを好きになってしまう女子が現れるかもしれない。当面はライバルが出てこないだろうと彩乃は言っていたけれど、菜月はこれまで二十人以上の女子生徒から告白されてきたのだ。いまの歩夢の女子人気はけっして安堵していられる状況ではない。彩乃は「ぐずぐずしてたらほかの女子に取られちゃうかも」とも言っていた。そっちのほうがにわかに現実味を持って感じられてきた。

(だったら行動しなくちゃいけないわけだけど……)

 と、菜月は考え込んでしまう。

『ボクは本当は女の子なんだよ』

 歩夢の言葉が新たな障害になっている。

(あれはどういう意味だったんだろう)

 菜月は多くの女の子から告白され、そのすべてをお断りしてきた。自分も女子なのだからそれが当然だと思ってきた。

 歩夢だってそうするのではないか。

 もし本当に心が女の子なのだとしたら、ほかの女子に取られることはないかもしれない。でも、その場合、たとえ菜月が告白する勇気を絞り出せたとしても、女の子同士だから付き合えないと言われてしまうのではないか。

(歩夢の真意を本人に確かめるしかない)

 いくら考えても答えは出ないし、菜月は考えてもしかたのないことでいつまでも悩んでいるようなタチではなかった。

 そして翌日。

 菜月は登校途中に歩夢を見かけて声をかけた。

 今朝の歩夢も女子制服を着ている。きのう、学校の女子生徒たちに受け入れられたからか、きょうは女装にも自信が垣間見えた。

 なにも知らなければ美少女にしか見えない。

「あのさ、歩夢……」

 菜月はすこしためらいがちに、

「その……、ちゃんと確かめたいと思ってさ。歩夢は女の子の服を着るのが好き、ってことでいいのかな? 女装趣味……ってこと?」

 黙ったままの歩夢に見つめられて、菜月は焦ってごまかし笑いをした。

「趣味を否定するつもりはないんだ。ただ、あんたがこうなって戸惑っているというか。歩夢は可愛いし似合ってると思うけど、そういうの人前でするのはどうなのかな。部屋の中で楽しめばいいじゃん。あたしの家に来ればいいよ。なんだったら、あたしの服だって貸してあげるし」

 歩夢はすこし考えたあとで口を開いた。

「菜月ちゃんはずっとボクのあこがれの女の子だったんだ。菜月ちゃんみたいになりたいって、いつも思ってた。きのうも言ったけど、本当のボクは女の子なんだ。趣味で女子の制服を着てるわけじゃない。男女別の制服が廃止されたから、ようやく本来のボクを出せるようになったんだ」

 菜月は何も言い返せなかった。女装が趣味だというなら受け入れることもできただろうと思う。実際よく似合っているし。

 でも、心が女の子なのだとしたら――。

「菜月ちゃんが戸惑うのは無理ない……と思う」

 確かめなくてはいけない。

「歩夢は男の子が好きなの?」

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