「けっこうむつかしいんですね。わたしは美星さんが援助交際をしてるのを聞いて、すぐにネットで援交サイトを探してメールしたんです。そのサイトに警察の方がいるなんて思いもしませんでした。簡単に考えすぎていたわたしが浅はかでした。次はうまくいくといいんですが。出会い系アプリとか、どんなのを使ってるんですか?」
「あたしは地道に掲示板。GPS対応の出会い系アプリとか、便利だと思うけど、そうゆうので会える人はたいてい即ハメ狙いだから、ちょっとね」
「でも援助交際なのだから、それが目的ではないんですか? きのう岩倉くんも言ってましたが、援助交際と言っても要するに売春なわけですし」
「そんなことないよ!」
思わず言ってしまって、口ごもった。小川さんもあたしの反応に怪訝な顔をした。
「いや、まあ……、すくなくともあたしはお金のために援交してるわけじゃない。売春はビジネスだけど、援助交際はロマンスだよ。小川さんはどうして援交しようとしてるの? お金? 欲しいものを買うのに、モデルのギャラだけじゃ足りない?」
小川さんはやさしい笑みをかすかに浮かべて首を横に振った。
「美星さんがお金だけを求めているのではないと聞いてホッとしました。お金が欲しいだけだったとしたら、わたしの気持ちはわかってもらえないんじゃないかと思いますから。わたしはお父さんを自由にしてあげたいんです。美星さんが援助交際をしているという話を聞いて、これだ、って思ったんです」
「その話はきのうも聞いたけど、小川さんへの執着心を断ち切らせるためなら、彼氏を作ればいいんじゃない? 小川さんならいくらだって……」
そう言いかけて言葉を飲み込んだ。
あたしたちみたいな女の子にとって、彼氏を作るのは簡単なことじゃないんだ。
小川さんは、美星さんの考えてることはわかってる、というふうににっこりした。
「自分から売春をすることに意味があるんです。お金で体を売って、どこの誰かもわからない男たちに汚された娘を、お父さんがいままで通りに愛するはずがありません。わたしの体がお父さんだけの独占物ではなくなれば、きっとお父さんはわたしから離れられると思うんです。いまのままではいずれ警察沙汰になって、お父さんが犯罪者になってしまうかもしれません。それは嫌なんです」
何か間違ってると思うのだけど、何が間違ってるのか言い返せなかった。
小川さんは援助交際をすることで、父親にとって無価値な存在になろうとしている。
あたしがあたしの価値を認めてくれる人を探して援助交際をしてるのとは正反対だ。
「本当にそれが小川さんにとってベストな方法なのか、もうすこしじっくり考えてみたらどうかな。それに、小川さんは雑誌とかにも載ってる有名人なわけだし、迂闊に変な男と会うと援交現場を盗撮されてネットに流されたりしたら大変だよ」
「そ、そっか。それは困りますね。でも援交はします。もう決めたんです」
そう言った小川さんの笑顔は、なんだかすごく危うげに見えた。
あたしたちはそれ以来、学校でも話すようになった。人に聞かれるとまずいから援交の話はおおっぴらにはできない。でも、小川さんはまだやる気だ。有名人だから気をつけた方がいいって忠告したせいか、あせって援助交際しようとはしなくなったようだけど。
もしも小川さんが援助交際をするようになったら……。
梨沙だけじゃない。同じ学校に援交友達ができるなんて、すばらしいことだと思う。
そうなってくれたらうれしい。
でも、自分の価値をおとしめるために援交するなんてよくないことだ。崖から転げ落ちるように不幸へ真っ逆さまだ。助けてあげたい。力になってあげたい。あたしにできることがあるとしたら、セックスの楽しさを教えてあげることだけ。
どうしたらいいのかなと思い悩んでいた土曜日の午後。事件は起きた。
援交用のスマホに電話がかかってきのは、ちょうどプチサポデートの真っ最中。アニメ好きの大学院生とカフェに入って、脱ぎたてホカホカのブラとパンツを渡し、追加オプションの交渉を持ちかけられたところだった。
『沙希ちゃんか?』
驚いたことに一条さんからだった。そして、その次に言われた言葉に息を呑んだ。
『きみが処女の中学生ではなく、実際は高校生で援交の常習犯だというのは本当か?』
「いったい何を――」
どうしてバレたのか。反射的に否定しようとしたあたしは、一条さんの背後から聞こえてくる声に固まった。
『やめてください! お願いです、やめて! ――きゃあッ』
女の子の悲鳴。間違いない。小川さんだ。
一条さんは小川さんを以前から何度も見かけていると言っていた。
援交? レイプ? 考えてる場合じゃない。
「一条さん、いまマンションにいるんですよね。その子を解放して」
『なるほど。高校の同級生というのは本当なんだな。処女のフリをして大人を手玉に取るとは、恐ろしいガキだ。だが、こっちの子はそこまですれてないようだ』
「その子は関係ないでしょ! いまからそっちへ行きます。あたしが行くまで、その子に手を出さないで。何かしたら許さない」
[援交ダイアリー]
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