第11話 恋のデルタゾーン (04)

[Back][Next]

 不愉快きわまりない。大人の魅力あふれる男性たちと援助交際をしてるあたしにとって、こういう中身が空っぽの薄っぺらな奴はいちばん嫌いなタイプだ。

 ドア脇に追い詰められてしまった。でも、まもなく次の駅に着いてこちら側のドアが開く。そのときが脱出のチャンスだ。

「あー、カラオケより何か食べにいこうか。おなかすいてない? おいしいお店を知ってるんだよ。オレ、もうペコペコ」

 このバカ、ナンパが一度でも成功したことがあるんだろうか。

 黙って男に背を向けると、今度は髪の毛の匂いを嗅いできた。

「かわいい子はいい匂いがするなァ、ハハハ」

 さすがにたまりかねて、ひっぱたいてやろうと振り返った。そのとき、

「おい、アンタ。いいかげんにしろよ」

 と、別の少年が男の肩をつかんで言った。

 男は少年の方に顔を向けて、

「誰だよ、お前。引っ込んでろよ」

「お前こそ、ひとの彼女にちょっかい出すんじゃない」

 少年が睨みつけると、それまで威勢のよかった男はたじろいだ。

 ちょうどそのとき電車が停止してドアが開いた。

「チッ、なんだよ、彼氏いるのかよ……、クソブス」

 男はバツが悪そうに捨て台詞を残して、そそくさと電車を降りた。どうするのか見ていると、何気ないフリをして隣の車両に乗り直して見えなくなった。情けないヤツだ。

 あたしは助けてくれた少年に向き直った。

 この少年も高校生だろう。さっきの男と年齢も背格好も同じくらいだ。爽やかな感じでなかなかのイケメンくんだ。まだ若いのにワイドパンツにテーラードジャケットをおしゃれに着こなしている。

「あ、あの……、助けてくれてありがとうございました」

 あたしが頭を下げると、少年は照れくさそうに笑った。

「いえ、いいんですよ。でも、きみが無事でよかった。いやー、正直、殴られでもしたらどうしようかと思ってヒヤヒヤだったよ」

「す、すみません。あたしのために……」

 あたしは恐縮してまた頭を下げた。こんな場所では誰も助けてなんかくれないのが普通なのに、この人は勇敢にも行動してくれたのだ。そうそうできることじゃない。

「そ、そんなに気にしないで」

 少年は気恥ずかしそうに手を振った。

 感じのいい人だな、と思って、あたしの方も照れてしまった。

 ふと、ほかの乗客たちの注目の的になってるんじゃないかと気になって、まわりを見回してみた。何人かが恥ずかしそうに、別の何人かが不機嫌そうに、さっと目をそらすのが見えた。助けに行けなかった自分の不甲斐なさに恥じ入っているのと、助けた少年に対する「このええかっこしいが」という嫉妬混じりの腹立たしさ、ってところだ。心配したとおり、けっこう注目されてしまっていた。

 その中にひとり、こちらを見ている男の子がいた。座席に座ってスマホをいじっているけど、顔はこちらに向けている。それで目が合ってしまい、その男の子はちょっとびっくりした様子を見せると、軽く会釈をした。

 反射的に会釈を返したあとで、その人が一年生のときに同じクラスにいた男子だということを思い出した。名前は確か桑田くん。影の薄い人だったからほとんど印象に残っていなかった。

 桑田くんはそれ以上は特に反応を見せることなくスマホに視線を戻した。けど、あたしの方を気にしている。そういう緊張感というのはわかってしまうものだ。

 変なところを見られてしまったな。

 まあ、おとなしい子だったから、きょうのことを学校で言いふらしたりはしないと思うけど。

 桑田くんに気を取られていたあたしは、止まっていた列車がガクンと動き出したとたん、バランスを崩してよろけてしまった。

「おっと。大丈夫?」

 ハンサムな少年がとっさにあたしを支えてくれた。おかげで転ばずにすんだ。

「あ、す、すみませんッ、あたし、あの……」

 またまた助けられてしまったあたしはいよいよ恐れ入ってしまい、ぺこぺこ頭を下げた。

 顔を上げたあともどうしていいかわからずおろおろするあたしを見て、少年はプッと吹き出した。それを受けてあたしも苦笑した。

 ふたりのあいだに沈黙が訪れた。やわらかな眼差しで見つめられた。ほっぺたが熱くなる。挿入される直前にディープキスをされたときのように胸が高鳴った。恥ずかしくてうつむいてしまった。

 普通の女子高生が素敵な男の子に出会ったときは、こんなふうに感じるのかな。

 そのあとは照れてしまってロクに会話もできなかった。少年の方もあたしをだまって見ているだけで、とうとう電車を降りるまで何も話せず、けっきょく名前も聞けなかった。

[Back][Next]

[第11話 恋のデルタゾーン]

[援交ダイアリー]

Copyright © 2021 Nanamiyuu