第15話 ロンリーガールによろしく (08)

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 自殺しなかったのはどうしてかな。

 自殺という選択肢は頭に浮かびさえしなかった。殺されるかもと感じたことはある。死ぬのは怖かった。こんな惨めなまま自分だけが死ぬなんて悲しすぎると思った。死んだとしても誰も悲しんではくれない。笑われるだけだろう。

 新垣たちの待ち伏せを避けるために、朝は誰よりも早く登校するようになった。朝の会が始まるまで、職員室の近くの階段の下に隠れることにしたのだ。そこはゴミステーションになっていて、朝の時間帯に生徒が近づくことはない。いじめられているあたしを見ても教師は誰も助けてはくれなかった。でも、新垣たちも先生の見ている場所ではひどいことをしなかったので、そこがトイレに代わる安全地帯になった。

 安全地帯だと思っていたのだ。二人の男性教師の会話を聞いてしまうまでは。

 学年主任で生活指導も担当している教師と、まだ若い体育教師の会話だった。

「四組の鳴海が売春をしているという噂は本当ですかね」

「うむ、あいつは美人だからな。男を知っていてもおかしくない。東京じゃ、中学生の援助交際も問題になっているようだし。うちの学校で生徒による不祥事などあってはならないが、あいつは年齢に似合わぬ妙な色気があって男の劣情を刺激する」

「今週から水泳の授業も始まりますからね。じっくり鳴海の体を拝ませてもらいますよ」

「あの子をヤリたいなぁ。あいつはレイプされても泣き寝入りするだろ」

「母親が風俗でしょ。イジメられているようですし、ちょっと脅せば言いなりでしょう」

「授業中に生徒指導室に呼び出せば邪魔も入らないな」

「ヤリますか。そのときは私も一口乗りますよ」

 そんなやりとりを震えながら聞いた。もうどうしていいかわからなかった。

 数日間は朝のトイレでのイジメを受けなくて済んだ。そんなある日、以前あたしにペンケースを盗まれたと騒いだ子が、ふたたびペンケースがなくなったと言い出した。すると、ほかの子が自分の持ち物も盗まれたと言い出した。キャラクターものの下敷きだとか、買ったばかりの折りたたみ傘だとか、いろいろだ。嫌な予感がした。それとなく、机の横にかけてある手提げバッグの中を覗き見てみた。盗られたというものはそこに入っていた。

「鳴海ッ、やっぱりあんたが盗んだんだ! この泥棒便所女!」

 ペンケースをなくした子があたしのバッグを奪い取って、中に入っていたものを出した。クラスが殺気立った。ちょうど担任が授業を始めるために教室に入ってきた。何の騒ぎだと問いただし、みんなが口々にあたしが泥棒をしたと訴えた。担任はあたしをにらんで「どういうことだ」と詰問した。「あたしじゃない、知らないうちにバッグに入ってた」と言うと、「勝手に物がバッグに入るわけないだろッ」と怒鳴られた。

 担任は「クラスのみんなに謝りなさい」と命じた。誰も信じてくれない。そのときあたしは新垣を探してしまった。真犯人を探したわけじゃない。新垣にすがろうとしてしまったんだ。誰もあたしに近寄ろうとせず口も聞いてくれない中で、新垣だけはあたしと関わってくれていたからだ。以前同じ騒ぎがあったときも助けてくれたのは新垣だったからだ。

 目が合うと、新垣が歩み寄ってきた。

「鳴海さん、魔が差しただけなんだよね? ちゃんと反省すればクラスのみんなだって許してくれると思う。やっちゃったことはもう仕方ないから、素直に謝った方がいいよ。じゃないと、わたしもこれ以上友達でいられない。こんなことばかりしてたら、もう庇ってあげられないよ」

 可哀想な子、という目であたしを諭してきた。あんたがやったんだろ、という言葉が出かかったけど、言えなかった。怖くて声が出なかった。頬を震わせながら口をパクパクさせるだけだった。息ができない。動悸がした。涙があふれてくるのを必死にこらえた。

 クラス中が早く謝れと罵声を浴びせてきた。担任は謝るまで授業はできないと言ってあたしを責めた。怒りで全身が硬直した。何人かがあたしにつかみかかってきて無理やり土下座をさせられた。あたしは拳を固く握りしめて「ごめんなさい、あたしがやりました」と、絞り出すようなうめき声で言った。そのあとの記憶はない。

 こんなことがあったので、授業中に生徒指導室に呼び出されたときも、万引きで捕まったんだろうとささやかれた。生徒指導室に行けば教師たちに強姦されるとわかっていたので、あたしは行きたくないといって暴れた。例の体育教師と担任が二人がかりであたしを引っ張って生徒指導室に連れて行った。食肉工場に連れて行かれる牛のように泣いて抵抗したけれど、大人二人にはかなわなかった。

 内側からカギをかけられた生徒指導室で、学年主任と体育教師に売春疑惑を追求された。

「お前が男子生徒を相手に売春をしているという匿名の通報があった。鳴海はそんなことをする子じゃないと先生は信じているが、処女かどうかを確認しなくてはならない。検査をするからパンツを脱ぎなさい」

 体育教師があたしを背後から抱きすくめ、学年主任がスカートの中に手を突っ込んでゆっくりとパンツを脱がした。ニタニタ笑いながらアソコに触れてきた。

「どうなんだ? 本当はセックスしたことがあるんじゃないのか?」

 涙を流しながら唸り声をあげるあたしを二人の教師がベタベタする手でなでまわした。

 このあと、もしかすると輪姦されたのかもしれない。二人が怖気づいて何もされずに解放されたと思っていたけど、記憶がないのでわからない。

 その次に覚えているのは東京に向かう電車に乗ったことだ。

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