男の娘になりたい (02)

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 大河が悲鳴をあげた。

「あたしはレズじゃない。それにどんな変な子だったとしても、勇気を振り絞った女の子の告白を嗤うのはよくない」

「くそっ、あいかわらず乱暴な女だな。そんなだから男に敬遠されるんだぜ」

 嫌味を言われて、菜月は大河のもう片方のスネも蹴った。大河がまた悲鳴を上げて両脚を押さえてうずくまった。

「別に誰彼構わずモテたいとは思ってねーし。特に大河みたいに節操のないヤツなんて願い下げだよ」

 菜月はミルクティーベージュに染めたゆるふわカールの長い髪をかきあげて、大河をにらみつけた。その大河のうしろから、友人の彩乃が顔を出した。

「おはよ、菜月。大河くんも。あんたたち、いつも仲がいいね。このままふたりで付き合っちゃえば? 応援するよ」

 からかう彩乃の言葉を菜月は真顔で拒絶した。

「やめてよ、彩乃。こんなヤツと噂されて大迷惑してるんだから」

「まったくだ、オレは菜月みたいな暴力ギャルは好みじゃない。付き合うなら彩乃みたいな大人っぽい美人だな」

 彩乃に大学生の彼氏がいることは大河も知っているので、これは冗談を言っただけだ。

 しかし、菜月が多くの男子生徒から敬遠されているのは事実だった。

 男にモテないというわけでは決してない。胸は小さいがスレンダーな美少女で、街でナンパされることもよくある。ただ、限界まで短くしたスカートに、ネイルにピアスにネックレスと、ちょっとギャルふうの外見のせいで、男子生徒からは近寄りがたい存在と思われていたのだ。

 親しくしてくれるのは大河のような女子馴れした不良っぽいタイプばかり。イケメンで女子にモテる大河は、自分になびかない菜月には興味を持っていたけれど、好みのタイプはおとなしい女の子なので、菜月に対する恋愛感情はない。むしろ、女子に人気の菜月をライバル視していた。

 そんな大河とお似合いだと噂されていることには閉口するものの、菜月としてはそれほど気にしているわけではなかった。

 好きな男の子ならほかにいる。

 片想いのままずっと告白できずにいるのだけど。

 ウラオモテがなく自分の気持ちを隠さない性格の菜月も、この恋だけはひた隠しにしていた。気づいているのは親友の彩乃だけ。

「菜月、また女子に告白されてたね。抱きしめられて、そのままキスするのかと思っちゃった」

「キモチワルイこと言わないで。相手も女子だよ。女同士でキスなんて想像しただけで鳥肌立つわ」

 彩乃は菜月に顔を近づけると、小声で、

「とっとと歩夢くんと付き合っちゃえばいいじゃん。あんたの幼なじみの王子様。彼氏がいますってことになれば、告白してくる子もいなくなるんじゃない?」

「ムリムリムリ、告白なんてムリだよぉ。幼なじみっていう事実がどれだけ障害になってるか分かる? うまくいかなかったら気まずいじゃん」

「ぐずぐずしてたらほかの女子に取られちゃうかもよ? けっこう可愛いから歩夢くんのことが気になってる女子だっているだろうし。来月はバレンタインだってあるし」

「それは大丈夫。本当の歩夢の魅力を理解してるのはあたしだけだよ。だから焦って告白するより、じっくり進めた方がいいの」

 という菜月だが、ただの臆病で、告白という行動に移さない理由をあげつらってるだけ。それは菜月自身もよく分かってる。

(歩夢の方から告白してくれたら、すぐOKするのに)

 弱気な考えじゃダメだと思っていても、やっぱり勇気は出ない。

 そんなヒソヒソ話をする彩乃と菜月の間に大河が首を突っ込んできた。

「なに、菜月。お前、好きな男いるの? レズキラーが惚れる男ってどんなヤツだよ?」

「あんたに関係ないでしょ!」

 と、菜月が放ったパンチを大河が軽々と受け止めた。腕力ではやっぱりかなわない。

 さきほどは節操のないヤツと罵ったものの、大河に男らしい魅力があるのは確かだった。モテるのをいいことに女子を落とすことを楽しんでいるようなところは気に食わないが、芯が強く正義感もある。

 カッコよくて頼れる兄貴的な大河とは逆に、歩夢はカワイイ弟分のようなタイプ。何事にも控えめでクラスでも目立たない。けれど、小学校の低学年のとき――、

(大きな犬に襲われたあたしを歩夢がまもってくれた。歩夢は大河なんかよりずっとカッコよくて男らしいんだ。そんな歩夢の本当の姿を知ってるのはあたしだけ。ムフフ……)

「菜月、人に殴りかかっておいて、なにニヤニヤしてんだ」

 大河に突っ込まれてハッとなる。つかまれたままの右手をあわてて引っ込めた。

 そこへ別の女子生徒が声を上げた。

「あなたたち、下駄箱の前で痴話喧嘩をされたらジャマ」

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