「西村さんはさー、お兄さんにもチョコあげるの?」
手が空いたらしい別の女生徒が話しかけてきた。藤林さんという人だ。
「はい、一応」
本命だもん。と心の中で付け加えた。
「姉貴とか妹がいるヤツって得だよな。義理でもチョコもらえるからな。けど、そういうのって、あげる方からしたら結構うっとしいとか思ったりしない?」
だから本命なんだって。と心の中で言い返した。声に出して言うわけにはいかないけど。代わりに口にしたのは、お兄ちゃんにあげるのはあくまで義理チョコです、という言い訳だった。
「いえ、毎年あげていますから。それに、一個ももらえなかったら可哀そうじゃないですか。男子ってそういうのにプライドかけてたりしますし」
「そうだよなー。だけど、今年は優姫からもらえるんだよな」
「そ、そうですか」
あたしはちょっとむっとした。
すると、それまで黙々とチョコレートケーキを作っていたメガネにショートカットの人が口を挟んだ。
「あ、西村くんにだったら、わたしもチョコを贈りますよ」
「えーっ」
「えーっ」
優姫さんとあたしは同時に驚きの声をあげた。新たなライバル出現なのか? お兄ちゃんは意外とモテるのか?
「いえ、いつも数学の宿題を写させてもらってますから、感謝の意味で。もちろん誤解されないよう、義理チョコだと明言して渡しますから安心してください」
と、その人は表情ひとつ変えないで言った。
「なんだぁ、びっくりしたよ。なごちゃんがライバルだったらわたしなんか勝ち目ないもん」
優姫さんが心底ほっとした様子で言った。なんか、あたしと同じようなことを言ってる。
「そんなに弱気になってはダメですよ。早瀬さんはわたしから見てもかわいらしい人ですし、西村くんだって強引に迫ればその気になってしまうかもしれません。美少女に押しまくられたら、男の子なんて案外もろいものです」
なごちゃんさんは無表情のまま言った。この人なりに優姫さんを勇気づけようとしているのだろう。でも、お兄ちゃんはそんな人じゃない。そうだと信じたい。
だって優姫さんは男の人だよ? なのにどうして皆、優姫さんを女の子扱いして応援してるの?
「そうだぞ、優姫。告白する前からそんなの、お前らしくないぜ」
藤林さんが優姫さんの首に腕をからめて笑いながら言った。
「うん、がんばるよ。なごちゃんは誰か本命チョコ渡す人いるの?」
「いますよ。高田先生です」
「うひゃひゃ、なに言ってんだよ、なごなご。高田って妻子持ちじゃん」
藤林さんの指摘にも、なごちゃんさんはすました顔で、
「ええ、先生の奥さんにもお会いしたことがあります。とてもきれいな人でした」
「なごちゃん、それって、高田先生の奥さんに略奪愛の宣戦布告したってこと!?」
優姫さんの言葉に、なごちゃんさんは初めて小さく苦笑した。
「ちがいますよ。たまたまお会いしただけです。それに、このチョコレートケーキを渡しはしますが、わたしの気持ちを伝えるつもりはないんです。どう考えたって、告白なんて迷惑かけるだけですからね」
「はあー、みんな一筋縄ではいかない恋の悩みを抱えてるんだねェ」
「そういう藤林さんだって、早瀬さんのこと、あきらめてはいないのでしょう?」
「あ、あ、あたしは悩んでなんかいねーよ。だいたい、優姫にはとっくに告ってフラれてるし。けど、優姫、あたしはあんたのこと今も好きだからな」
「気持ちはうれしいけど、わたし好きな人がいるんです」
優姫さんが芝居じみた口調で言った。
「あたしは優姫のこと女と認めたうえで好きなんだ。それに、あたしとあんただったら結婚だって法律的に問題ないだろ。西村にフラれたらあたしのとこに帰ってこいよ」
なんなんだ、この学校の生徒たちは。
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