ルカ9:1-9

 十二人を派遣する

 

1.十二人を派遣する

 イエス様は弟子12人を呼びました。使徒として選んだのも12人ですから、この弟子たちを派遣したと思われます。(福音書によって使徒12人の構成は異なります)

ルカ『6:14 それは、イエスがペトロと名付けられたシモン、その兄弟アンデレ、そして、ヤコブ、ヨハネ、フィリポ、バルトロマイ、6:15 マタイ、トマス、アルファイの子ヤコブ、熱心党と呼ばれたシモン、6:16 ヤコブの子ユダ、それに後に裏切り者となったイスカリオテのユダである。』

 イエス様は弟子たちに、「悪霊に打ち勝つ力と権能と病気をいやす力と権能」を授けました。原語からいえば、力とは、まさに奇跡的な力を、権能とは行動する力や権威を示します。つまり、弟子たちは悪霊に打ち勝って病を癒す奇跡を起こせるし、だれもその行動を止めることが出来ないわけです。伝道と癒しのために派遣するのですが、イエス様は妙な条件を付けています。

『旅には何も持って行ってはならない。杖も袋もパンも金も持ってはならない。下着も二枚は持ってはならない。』


 比較的短い期間(例えば2日)の派遣だとしても、杖も荷物もない身一つで伝道に行くと言うのは、弟子たちにとっては、不安でいっぱいだったと思われます。そこが、イエス様の弟子教育のやり方だと思います。一方で、伝道しに来た者が物持ちであったならば、お恵みを・・といった感じに人が集まってはいけないので、貧乏人に寄り添うことも難しいのです。それにしても、お金もパンも持っていかなければ、飢え死にしてしまいます。イエス様は、どこか歓迎してくれる家を見つけて、そこでお世話になるように指示します。当然、そのような家は、伝道と癒しへの御礼として、寝起きして食べるくらいのお世話はすると思われます。その家を拠点にして、伝道と癒しのため、近隣を回ると言うことだと思います。ところが、世話を焼いてくれる家があればよいのですが、そうとは限りません。たとえば、癒すことが出来なかったその家族の家です。そして、その周辺の家もそのことを知って迎え入れないでしょう。その場合にと言うことで、イエス様は弟子たちに指示をします。


『9:5 だれもあなたがたを迎え入れないなら、その町を出ていくとき、彼らへの証しとして足についた埃を払い落としなさい。』


 ユダヤ人は、異国(異邦人)の土地から戻ったとき、つまり聖なる地に戻ったとき、足からほこりを振り払うのが習慣でした。これは、自分たちの土地に戻ったときに、ユダヤ人の住居が一時期必要として保っていた異邦人とのすべての交わりを破棄することを象徴する行為でした。この習慣のように、同朋である人々に対しても、「迎え入れないなら関係を断ちなさい」との指示です。受け入れてくれないところに無理に滞在しても、奇跡は起こらないからです。そこの住民の信仰によらなければ、だれもいやすことは出来ないのです。また、信仰を持っていなければ、み言葉も受け取ってくれません。そんなときは、無理にとどまらずに、他の地に移るべきなのです。しかし、イエス様はそのまま放置すると言う趣旨ではないことを知っておいてください。イエス様は、すべての人を信仰に導きたいからです。ただ、そのためには時があるのです。時間がかかることがあっても、イエス様は決してあきらめる方ではありません。


2.ヘロデ、戸惑う

 領主ヘロデとは、ヘロデ・アンティパスのことです。ヘロデ大王の息子で、聖書ではガリラヤ領主として出てきます。実際は、テトラルケア(四分領主)であります。ヘロデ大王のユダヤ人の王国は4つに分割されたからです。王権は、アルケラオスに与えられましたが、即位後すぐに失脚して、王は不在となりました。


  ヘロデ・アルケラオスの支配地 ユダ、エドムおよびサマリア(ローマの直轄地に)

  ヘロデ・アンティパスの支配地 ガリラヤとペレア

  ヘロデ・フィリッポスの支配地 バタネアやガウラニティスなどの北東部分

  サロメ(ヘロデ大王の妹)の支配地 港のある町一つ

なお、ガリラヤ湖南東部のデカポリスはローマの植民地とされています。


 これを見ると、ヘロデ王朝で、物なりの良いガリラヤを支配しているヘロデ・アンティパスが最有力者であることが明確です。ヘロデ・アンティパスは、エルサレムに住んで、王様のようにしていました。理由は、簡単で、ローマとのコネと賄賂です。第二代ローマ皇帝のティベリウスと一緒にローマで育ったヘロデ・アンティパス(以降ヘロデと記載)は、なんといっても皇帝が頼りでした。そこにさらに、領土から得た税金で、ローマにせっせと富をつぎ込んでいたのです。


 ヘロデは、イエス様のうわさを聞いて戸惑います。

バプテスマのヨハネが死者の中から生き返った のであれば、恐ろしいことです。また、エリヤが現れたのであれば、「偶像礼拝に対する裁き」を心配しなければなりません。ティベリウス帝は、自身を礼拝しないと言うことでユダヤ人を迫害した、最初の皇帝です。ヘロデが、礼拝していないわけがありません。更に、だれか昔の預言者が生き返った のであれば、最強の預言者エリヤでないだけましかもしれませんが、同じように裁きが予想されるからです。


 そして政治的にはヘロデの領地でのことです。正にイエス様が活躍の拠点としたカファルナウムはペレアであります。そして、ガリラヤでも伝道活動をしています。つまり、イエス様の群れが、もし政治的な反乱を狙っているのであれば、第一にヘロデが解決しなければならなかったのです。そして、狙っているユダヤ人の王の称号を得るためにも、そのような反乱は絶対にあってはなりません。


 ヘロデは、バプテスマのヨハネに興味を持っていました。ですから、ヨハネを捕まえた後も、ヨハネを聖なる者として恐れ、保護し、話を聞いていました。(マルコ6:20) そういう意味もあって、ヘロデはヨハネが生き返ったと言われるイエス様に会ってみたいと思うのです。