使徒9:32-43

ペトロの奇跡

  

1.寝たきりのアイネアを癒す

共観福音書には、イエス様が中風で寝たきりの人を癒す場面が出てきます。ペトロもこの群れのリーダとして奇跡を起こしながら伝道をしていました。イエス様のなされたことをペトロ自身が引き継いでいったのです。

(ペトロが後継者であることを、使徒言行録を編集したルカは意図したと思われます。)

 

ルカ『5:17 ある日のこと、イエスが教えておられると、ファリサイ派の人々と律法の教師たちがそこに座っていた。この人々は、ガリラヤとユダヤのすべての村、そしてエルサレムから来たのである。主の力が働いて、イエスは病気をいやしておられた。5:18 すると、男たちが中風を患っている人を床に乗せて運んで来て、家の中に入れてイエスの前に置こうとした。5:19 しかし、群衆に阻まれて、運び込む方法が見つからなかったので、屋根に上って瓦をはがし、人々の真ん中のイエスの前に、病人を床ごとつり降ろした。5:20 イエスはその人たちの信仰を見て、「人よ、あなたの罪は赦された」と言われた。5:21 ところが、律法学者たちやファリサイ派の人々はあれこれと考え始めた。「神を冒涜するこの男は何者だ。ただ神のほかに、いったいだれが、罪を赦すことができるだろうか。」5:22 イエスは、彼らの考えを知って、お答えになった。「何を心の中で考えているのか。5:23 『あなたの罪は赦された』と言うのと、『起きて歩け』と言うのと、どちらが易しいか。5:24 人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを知らせよう。」そして、中風の人に、「わたしはあなたに言う。起き上がり、床を担いで家に帰りなさい」と言われた。5:25 その人はすぐさま皆の前で立ち上がり、寝ていた台を取り上げ、神を賛美しながら家に帰って行った。5:26 人々は皆大変驚き、神を賛美し始めた。そして、恐れに打たれて、「今日、驚くべきことを見た」と言った。』

 

イエス様は、中風の人の「罪」をまず先に赦しました。それから、立ち上がれるように癒されたのです。ペトロの場合は、癒しだけです。ペトロに「罪を赦す」権威は与えられていなかったようです。それでも、北イスラエルやアッシリアの地であったシャロン平野方面まで、ペトロは伝道をし、多くの人を信仰へと導きます。その伝道対象は、まだユダヤ人だけでした。しかし、こうして異邦人の多い地方で、キリストの教えとペトロの評判が広がっていたわけです。これは、後にローマの百人隊長への伝道へと、そして異邦人伝道へとつながっていくために必要な出来事でした。神様がその準備をされていたのです。

 

2.タビタを生き返らせる

 イエス様が死んだ者を生き返らせる奇跡も、共観福音書には書かれています。このイエス様の業とペトロの起こしたことはそっくりです。やはり、ペトロにイエス様の権威を用いることが許されていたのでしょう。会堂長ヤイロの娘の記事をルカによる福音書から読んでみましょう。

 

ルカ『8:51 イエスはその家に着くと、ペトロ、ヨハネ、ヤコブ、それに娘の父母のほかには、だれも一緒に入ることをお許しにならなかった。8:52 人々は皆、娘のために泣き悲しんでいた。そこで、イエスは言われた。「泣くな。死んだのではない。眠っているのだ。」8:53 人々は、娘が死んだことを知っていたので、イエスをあざ笑った。8:54 イエスは娘の手を取り、「娘よ、起きなさい」と呼びかけられた。8:55 すると娘は、その霊が戻って、すぐに起き上がった。イエスは、娘に食べ物を与えるように指図をされた。8:56 娘の両親は非常に驚いた。イエスは、この出来事をだれにも話さないようにとお命じになった。』

 

 このころ、既にサマリアにはイエス様を信じる信徒がいました。使徒たちもその信徒たちのために訪問をしていました。そして、ペトロが近くの町まで来ていることを知っていたので、ペトロを呼びに行きました。ユダヤの葬式は日没までにすべてを終わらせる習慣ですから、ここで葬式をしないでペトロを隣の町まで迎えに行くのは普通の判断ではありません。想像でしかないのですが、ペトロがこの生き返りの奇跡を起こしてくれることを期待した弟子たちが、葬式をさせなかったのだと思われます。

 こうして、ペトロにイエス様の権威を用いることが出来ることがさらにこの地方に広がるのです。ヤッファの町は、歴史のある港町です。そして、カイザリアにはローマ軍が駐留しています。このペトロの評判は、すぐに広まり、ローマ軍のイタリカ隊(イタリア出身者の部隊の意)の百人隊長にも伝わるのです。もちろん、多くの人が信仰に入りました。