ルカ24:13-35

 エマオの途上で

 

1.エマオに向かう

 エマオは、エルサレムから11km離れた村です。徒歩で4時間くらいはかかりますし、隣の村まで同じくらいの距離があります。ということは、二人の弟子はだいたい昼ぐらいにエルサレムを発ったと思われます。つまり、イエス様について最新の情報を持っていながら、暗い顔をしてエルサレムの都を後にしているわけです。また、行き先はヤッファ(地中海に面した港町)方面で、二人だけです。何か目的があって、下って行ったのでしょうか?。少なくとも故郷であるガリラヤに向かって帰っているわけではありません。その道すがら、イエス様に出会いますが、二人はイエス様とはわかりませんでした。


2.クレオパの証言

 クレオパ:詳細不明。クロパ(ヨハネ19:25)のことだとの説があります。クロパの妻は、遺体がなくなった墓に行った可能性が高いです。しかし、裏付けはありません。(クレオパトロスの略称がクレオパ)

もう一人の弟子:福音記者自身(ルカ)であるとか、ペトロであるとかの説もありますが、いずれも決め手になる情報はないようです。

 この二人の弟子は、暗い顔で話していたことをイエス様に伝えます。

・ナザレのイエス。この方は、神と民全体の前で、行いにも言葉にも力のある預言者でした。

・祭司長たちや議員たちは、イエスを死刑にするため引き渡して、十字架につけてしまった。 

・わたしたちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました。

・もう今日で三日目になります。婦人たちは朝早く墓へ行きましたが、遺体を見つけずに戻って来ました。

・天使たちが現れ、『イエスは生きておられる』と告げた。

・仲間の者が何人か墓へ行ってみたのですが、あの方は見当たりませんでした。

この報告を見ると、二人の理解がわかります。イスラエルを解放することが実現せずに、十字架にかけられてしまったイエス様。その遺体が見つからないことを話し合っていたのであり、天使の「生きておられる」との告げには、希望を抱いてはいないことがわかります。

 イエス様は、預言を信じていない二人の弟子に嘆きますが、今一度イエス様が教えてこられた、ご自身の預言について、二人の弟子に教え始めます。その時、二人の心は燃えました。イエス様が復活していることを知った後に、このように言っています。

『24:32 二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った。』


3.エマオの晩餐

  エマオに着くと、その次の村まで着くには、夜中になってしまいます。イエス様は先に向かおうとしますが、二人は引き止めます。一緒に泊まりますから、当然食事も共にします。そこでイエス様は、パン裂き(主の晩餐)をしました。その所作から、二人の弟子は一緒にいる道ずれがイエス様であることに気がつきます。すると、イエス様の姿が見えなくなってしまいます。イエス様は、最初に姿を現すと言う目的を達したので、次の場所に移動されたからです。二人の弟子は、死んだイエス様を探していました。それが、生きているイエス様との出会いとなりました。早速、イエス様の復活を仲間の弟子たちに伝えなければなりません。そして、道すがら、イエス様が復活の預言を教えられたことを思い出し、すぐにエルサレムに戻ります。

 エルサレムに戻ると、シモン(ペトロの事)にイエス様が現れたことを聞かされます。二人は、エマオへの道中で出会ったこと、そしてパン裂きでイエス様と分かったことを話しました。


遺体がないことの証言 :マグダラのマリア、ヨハナ、ヤコブの母マリア、そして一緒にいた他の婦人たち

            ペトロ

復活のお告げ     :聖書(預言者)、イエス様、天使

復活したイエス様の証言:ペトロ

 これだけの状況証拠があることから、すでに11弟子たちは、イエス様が復活したと知らされて集まっていました。場所は、その後の伝道の拠点となった、マルコと呼ばれるヨハネの母の家だと思われます。(使徒12:12)そこにクレオパと、もう一人の弟子が、エマオの証言をするわけですから、だんだん復活の信ぴょう性が増してきます。ところで、ルカによる福音書だけは、婦人方に最初に姿を現したと言う記事がありません。最初に姿を現したのは、このエマオの記事なのです。そういう意味からすると、ルカ自身がもう一人の弟子だったのかもしれません。