ルカ20:9-19

 ぶどう園と農夫

 

1.登場人物 

 ぶどう園の主人=神様 

 農夫たち=律法学者たち、祭司長たち

◆律法学者(りっぽうがくしゃ) 律法を専門に研究し,解釈して民衆に教える教師。優れた学者は多くの弟子を持ち,最高法院の議員など,社会的に尊敬される地位にあった。学者の多くはファリサイ派に属していたと思われる(マタ 23:1-7,使 5:34参照)。しかしイエスの時代には,文字どおりの律法順守に拘泥するあまり,他の人に厳しい順守を要求したので(律法主義),愛の実践を優位におくイエスと真っ向から対立した。(新共同訳聖書の解説より)

◆祭司長(さいしちょう) 祭司の頭(かしら)。元来,祭司の最高の職位である大祭司はただ一人で,終身の世襲制であったが,イエスの時代には権力者の意志で,生きているうちに退位させられたこともある。新約で複数の祭司長(たち)とあるのは,このためであろう。つまり,現職の大祭司のほか,かつて大祭司の職にあった者を含む。(新共同訳聖書の解説より)


2.たとえの意味

 エルサレムにイエス様が入城した後、イエス様は神殿で福音を宣べていました。そこには、バプテスマのヨハネを預言者だと信じる民衆がいます。また、イエス様の人気を妬むような格好で、律法学者たちや祭司長たちもイエス様を貶めようと問答をしています。直前の問は、「誰に福音を告げ知らせる権限をもらったのか?」です。「大祭司も最高法院も神殿で教えることを許可をしていないぞ!」と言う意味です。もし、イエス様が「神様から権限を頂いた」と言えば、「神を冒涜した」として捕らえるつもりだったと思われます。そこでイエス様は、「ヨハネの洗礼は、天からのものだったか、それとも、人からのものだったか。」と聞きます。律法学者たちや祭司長たちは、「人から」と答えたら、民衆がおこりだすことが見えています。ですから、「わかりません」と答えを拒みました。それを受けて、イエス様も質問への答えを拒否します。人の質問に答えないでおいて、自分の質問には答えなさいということは、どう考えても傲慢でありますので、律法学者たちと祭司長たちは、手出しが出来なくなりました。そして、毎日イエス様が神殿で福音を語ったわけです。そして、そこに手出し口出しをするために、律法学者たちや祭司長たちも様子を見守っていたのです。

 神殿(ぶどう園)を祭司長たちや律法学者たち(農夫たち)に預けていたら、神殿の収穫は祭司長たちや律法学者たちによって、独占されます。彼らは、神様に何も捧げる意思がありませんでした。神様は、預言者(僕)を3回派遣しましたが、暴力を振るわれて追い返されました。自分の息子(イエス様)ならば、と息子を派遣したら、今度は、殺されてしまいました。

 つまり、祭司長や律法学者がイエス様を殺すとのたとえでした。このとき律法学者たちと祭司長たちは、その意味を分かりません。民衆と一緒に、「あってはならない、ひどい話だ!」と思ったことでしょう。

『『家を建てる者の捨てた石、/これが隅の親石となった。』20:18 その石の上に落ちる者はだれでも打ち砕かれ、その石がだれかの上に落ちれば、その人は押しつぶされてしまう。」』

 イエス様の引用した聖書は詩篇118:22です。家は国とか神殿を指します。家を建てる者とは、祭司長や律法学者がこれに相当します。捨てられた石とは、イエス様のことです。隅の親石という日本語は、ありません。基礎石で、もっとも頑丈でなければならない四隅に使う石のことです。ただ、この石は単数ですから、大黒柱を支えるような大きな石を想定してください。

 詩篇は「祭司長や律法学者が殺したイエス様が、メシア(救世主)である」という意味であり、打ち砕かれ、押しつぶされるのは、イエス様に躓く者であり、そして最後の審判で裁かれることです。この聖書の引用によって、ぶどう園の譬えが律法学者や祭司長のことを指していることがわかります。そしてイエス様が付け加えたのは、イエス様に躓いている律法学者や祭司長の滅びであります。


参考(図説 聖書の世界)

「バプテスマのヨハネ(洗礼者ヨハネ)」

“イエスが誕生する以前、ユダヤの地に一人の「預言者」が出現した。それが浸礼者ヨハネである。ヨハネは、ローマ皇帝ティベリウスの在位十五年に、ヨルダン川流域で活動を開始した。彼はラクダの毛衣を身に着け、腰には革の帯を締め、イナゴと野蜜を食べていた。その姿は、かつてイスラエルに現れた大いなる預言者エリヤの姿を彷彿とさせるものであった。『旧約聖書』には、次のような予言がある。「見よ、私はあなたより先に使者を遣わし、あなたの道を準備させよう。荒野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ』」この使者こそ、洗礼者ヨハネであった。彼の活動の中心は「洗礼」であった。彼は終末の接近を説き、神に心を向ける(回心する)よう人々に求め、その回心を認証するものとして洗礼を施していた。こうして洗礼を受けることが、最後の審判の際に救われる唯一の手段だというのである。この活動は「罪の許しに至る回心の洗礼」と称され、民衆の絶大の人気を得た。その活動を聞き及んだナザレのイエスも、ヨハネのもとに赴いて彼から洗礼を受けた。”