マタイ5:9

平和を実現する人々

 ◆幸い

5:9 平和を実現する人々は、幸いである、/その人たちは神の子と呼ばれる。

1.平和を実現する人々:自ら平和を好み、他者の平和のために努力する人々。

 この人々は、同胞の間に不和の種を蒔くようなことはせず、争いを避け、争いがあるところではそれを絶やそうと努力し、同胞や隣人の不和を癒し、争う者を和解させ、平和が破られたところにはそれを回復し、また破られたところにはそれを維持するために身を粉にする者たちです。彼らは神の子と呼ばれるでしょう。つまり、彼らは神様に非常に似ているという理由で、神様によって真の子とされるでしょう。神様は平和と愛の神様であり、キリストにおいて世界をご自分と和解させ、彼らの罪を彼らに負わせなかったからです。そして、彼らは、神の相続人、キリストとの共同相続人であり、彼とともに苦しむように、彼らもまたともに栄光を受けるのです。彼らはやがて復活の子となり、養子縁組を受け、その公の宣言と明示を受け、その栄光の実、すなわち、死と腐敗から体を贖い出すでしょう。彼らは神の子供と呼ばれるでしょう 。 つまり、彼らは神様に非常によく似ているという理由で、神様によって真の子供とされるでしょう。なぜなら、神様は平和と愛の神であり、 彼らの不法を彼らに帰することなく、世界を自分自身に。 そして、神の子である彼らは神の相続人であり、キリストとの共同相続人です。 そして、彼らがキリストと一緒に苦しんでいるとき、彼らは一緒に栄光を受けるでしょう. 彼らはやがて復活の子となり、養子縁組を公に表明し、その輝かしい実、つまり死と腐敗からの彼らの体の贖いを受けるでしょう。


2.祝福された人々: 8 つの特徴

 心の貧しい人は幸せです。 悲しむ人は幸せです。 柔和な人は幸せです。義に飢え渇く者は幸せです。

 慈悲深い人は幸せです。 心が清い人は幸せです。平和を実現する人は幸せです。義のために迫害される人は幸せです。 

最後のこのことわざは(義のため~)キリスト教特有のものです。 そして、他のどれよりも強く主張されています。 祝福されたイエス様の言葉は、この世の人々の言葉とは違います。(この世の人は誇り高い人を幸せと呼び、金持ち、権力者、勝利者を称賛します。 )神様からの憐れみが与えられますように。 このようなと希望を持って、私たちは気分の重い状況などを快く歓迎することができます。

幸いなことに、平和を実現する人たちは、争い、戦争を防ごうと努力する人たちです。彼らは対立する当事者を和解させ、家族や近所での訴訟や敵対行為を防ぎます。私たちに対して違法で悪意のある敵対行為があれば、干渉しなければならないのです。その干渉は、和解の機会となります。友人、隣人、影響力のある人々、弁護士、医師、福音の奉仕者は、平和を促進するために多くのことを行うことができます。そして、それは最初に取られるべき手段です。 長くて最も致命的な争いは、最初に少し親切な干渉をすることで防ぐことができるからです。


3.神の子供たち

 神の子には、2つ意味があります。単数のとき、イエス様のことを指し、複数のとき、イエス様を信じる者たちを示します。ですから、本来は「神の子供たち」と訳すべきところです。そして、神の子供たちについては、ローマ書にこのように書かれています。

 ローマ『8:14 神の霊によって導かれる者は皆、神の子なのです。8:15 あなたがたは、人を奴隷として再び恐れに陥れる霊ではなく、神の子とする霊を受けたのです。この霊によってわたしたちは、「アッバ、父よ」と呼ぶのです。8:16 この霊こそは、わたしたちが神の子供であることを、わたしたちの霊と一緒になって証ししてくださいます。8:17 もし子供であれば、相続人でもあります。神の相続人、しかもキリストと共同の相続人です。キリストと共に苦しむなら、共にその栄光をも受けるからです。』


4.平和を研究するだけでなく、広める平和を作る人たち(平和を実現する人々)

 8つの幸いの中で、この平和の項目は、旧約聖書に明確な根拠を見つけることがほとんど期待できません。 というのは、その最も輝かしい神様の性質は、平和を築く者たちに似ていると言われていますが、まだ明らかにされていなかったからです。 出エジプト記では、平和には、つながりませんが、神様の性質が書かれています。

出『34:6 主は彼の前を通り過ぎて宣言された。「主、主、憐れみ深く恵みに富む神、忍耐強く、慈しみとまことに満ち、』

 キリストが「十字架の血によって平和を作って」からは、神様はご自身を「平和の神、私たちの主イエス、羊の偉大な羊飼いを、キリストの血によって死からよみがえらせた」として明らかにすることができました。 

ヘブル『13:20 永遠の契約の血による羊の大牧者、わたしたちの主イエスを、死者の中から引き上げられた平和の神が、13:21 御心に適うことをイエス・キリストによってわたしたちにしてくださり、御心を行うために、すべての良いものをあなたがたに備えてくださるように。栄光が世々限りなくキリストにありますように、アーメン。』

2コリ『5:19 つまり、神はキリストによって世を御自分と和解させ、人々の罪の責任を問うことなく、和解の言葉をわたしたちにゆだねられたのです。5:20 ですから、神がわたしたちを通して勧めておられるので、わたしたちはキリストの使者の務めを果たしています。キリストに代わってお願いします。神と和解させていただきなさい。』 

 この和解が実際に起こり、人が「私たちの主イエス・キリストによる、神との平和」、さらには「すべての理解を超えた、神の平和」を持つとき、平和を受ける人は平和を広める者となります。 したがって、神様は平和を広める者の姿に似ているのです。 そして似ていることによって、これらの平和構築者は神の子供として認められます。 ここで、7つの幸いは、神様の憐れみを受ける性質であり、また神様の性質であります。そして8つ目の幸いは、イエス・キリスト共に迫害を受け、苦しむことです。これによって、私たちは神様の性質を受け継ぐことができました。私たちの罪が許され、そして、神の子供たちとして神様に似た私たちがそこに実現したからです。神様は、キリストによって、私たちとの和解しました。そして、私たちを神の子(神の子供たち)とされたのです。