半強制的に上がる学年


普通に勉強し、結果を出していれば、

私立校・中高一貫校生のほとんどの学生が、

学年が上がる、上れるようになってきています。



特に小学生・中学生は義務教育という

システム上、私立であろうと、

必ず上に上がれるようになっています。



修学の進度に関わらずです。



これは、良い一面もあります。



学年で1番の成績で次学年に上がる方も、

失礼ながら、ギリギリの成績で、

温情で次学年に上がる方も、

次学年時には、同じスタートラインに

立てるということです。



中学生、高校生となってくると、

感じ始めるかもしれませんが、

前学年で、前学期で、前のテストで、

自分と同じくらいと思っていた方、

自分より学力が低いと思っていた方が、

いきなり、次の学年で、次の学期で、

次のテストで、順位を上げてくることがあります。



その人にとっては、同じスタートラインに

立ったから、自分でも1番になれる

チャンスがあると、変われるチャンスがあると

考えたからかもしれませんが、自分は

「変わった」、自分を「変えた」

という経験をしたこととなります。



これこそが同じスタートラインに

立ったからの最も良い例だと思います。



では、悪い例はどうでしょう?



学年が半強制的に上がるシステムを、

ラッキーと捉え、なんだ世の中

簡単じゃんと思い、次も同じようにと考え、

次もまた、次もまたと過ごしてしまう。



こう文章に書かれると、

自分はそこまで愚かではない、

怠惰な性格ではない、そんなこと思いもしない、

と思われるでしょうが、実際はこうなりかけて

きていることがあります。



自分が思っていることと、

言っていることと、行動していることが、

そしてその結果がまた自分の思っている結果と

異なることは、最も信用・信頼を損ないます。



行き着く先は、自分自身が自分自身を

信用・信頼できないとなります。



学年が終わる3月は何度もうるさく

書かせていただくことになると

思いますが、一つの学年が終わり、

次の学年に進むことの意味をよく考えて下さい。



通過儀礼や、恒例行事の一種と考えていると、

とんでもない状況に、苦しい、つらい状況に

追い込まれることがあることを

頭に入れておいて下さい。



学年が上がるということは、

今まで習ったことは、知識は、

勉強は「できる」と

学校や先生という第三者に、

“勝手に”判断されているということです。



「勝手に」というと、かなり乱暴な書き方ですが、

学年が上がるということは、そういう人の判断が、

思惑が関わってきていることも、あるということを

意識してもらいたいので、少し乱暴に書かせて頂きました。



高校、大学と学年があがり、

社会に出るころまでには、嫌でも、

この「人の評価」に悩まされることが

いずれやってくると思います。



まさに今、学校の成績で悩まされている方は、

もうすでに「人の評価」に悩まされているといえます。



しかし、学年が上がる、

進級・進学ができるということは、

また一旦は同じスタートラインに

立てるということを指します。



同じ中学生、高校生、

1年生、2年生、3年生になるわけです。



2・3年生になると、成績において、

全く“同じ”スタートラインとは

いえないかもしれませんが、

これから学ぶこと、知識、学業においては

同じスタートラインに“立つ”ことができます、

いえ、ここは厳しく書くと、

“立たされる”こととなります。



学年が上がるこの時期は、よく考えて、

過去の反省をしておくことをオススメします。