やる気の正体


学生の皆さんも、我々大人も簡単に使う

“やる気”という言葉ですが、

実際に“やる気”というものが

どんなものか考えたことが

ありますでしょうか。



生徒や親御さんの悩みとしてよく

“今ひとつやる気が出ない、やる気がない”と

言われることが多いですが、何をもって

“やる気”なのでしょうか?



どういう評価で“やる気”がある・ないを

人は判断するのでしょうか?



私は、知らないことに対して

好奇心をもって元気良く、

毎日根気よく、常に頑張っている様を

“やる気”があると判断します。



しかし、これが正しい“やる気”の評価か

どうかわかりません。



というよりも、おそらく評価の仕方としては

間違っていると思います。



そもそも、“やる気”“好奇心”“元気”“根気”“頑張る”

といったことは目に見えるものではありません。



“好奇心”は興味を持つということで、

いろいろなことを知っている、

知ろうとしている知識量で、

“好奇心”が強い・弱いと

評価することはできます。


“元気”は身体が健康で、

はきはきと喋り、声が大きい、

病気や怪我などをしないなどと

いうことは数字として出すことが

できますので、これも評価することは

できます。


“根気”は毎日続けること、

例えば日記を毎日書くなど、

それらを記録することで、

“根気”の証拠になって、

“根気”は評価できます。


“頑張る”=“時間をかける”

ということであれば、

一応“頑張る”を評価でき、

また大抵のことが“頑張った”後に

“結果”が出ますので、その“結果”で

“頑張り”を評価できます。



では“やる気”はどのように

評価するのでしょうか?



心のパロメーターが評価だというのであれば、

もしかしたらどんなにやる気がないように

見える人でも、心の中ではメラメラと

やる気に燃えているかもしれません。



その方を見て、その方の心を悟って、察して、

彼は“やる気”があると評価できるのであれば、

何の問題もありませんが、こんなことは

不可能です。



具体的に目に見えるものではない

心の動きなのに、人は“やる気”を

評価します。



一体、人は何を見て、“やる気”を

評価しているのでしょうか?



評価している以上、明確な基準、

明確な判断材料があると思います。



それは何でしょうか?



私はたった1日、1時間、一瞬でも、

自分が考え、思ったことをすぐに行動に

移せるかどうか、これがいわゆる

“やる気”の正体だと思います。



つまり「行動する・しない」

=「やる気がある・ない」の評価に

なっていると思います。



なんとなくやる気が出ない、

やる気が出せる方法を知りたい、

やるつもりはあるけど、何をやればいいか

わからないからやれないというのは

当たり前です。



それを考えて、悩んで、わかっているなら、

すぐにそれに対して“行動”しなければ、

心の中で“やる気”がある・ない以前に、

“やる気”の評価はされません。



“やる気”は“行動”して初めて

評価されるものです。



であれば、“やる気”を出すことに、

考えること・悩むことはありません。



ただただ、自分が思ったこと、

考えたことを、そのまま行動に

移せばいいだけのことです。



そして、それをやり始めると、

“おお、今日はやる気があるな”と

自分自身が勝手に勘違いし、

その行動を続けていると、

周りの人から、“やる気”があるな

と思われるだけです。



いうなれば、やる気は

“即行動、即実行している様子”を

格好よく言った言葉であり、

やっている本人からすれば、

何も特別なことをしているわけでもなく、

ただただ淡々と、自分の考えたこと、

思ったことを行動しているだけの

ことだと思います。



宿題に“やる気”が出ないと嘆く方は、

ぜひ宿題をやるという“行動”を

まず起こしてみて下さい。



行動しなければ、

やる気が出る・出ないの以前に、

やる気の判断ができません。



行動を起こして、いつもより今日は

なかなかはかどらないな、

今日は心地よくはかどるなとなって

初めて、今日、その時の、

そのものに対しての“やる気”が図れます。



そしてその状況、その姿を見て、自分自身が、

他人が、“やる気”を評価することでしょう。



やる気を出そう出そうとするよりも、

まず行動を起こすことをオススメします。