光る君へ1約束の月
久しぶりの大河。どうせまたとんでもないもの見せられるんだろうな。だって1000年前の人だもん。一年持たせるためにはあることないこと・・。いちおう見る気になったのは宣孝役が佐々木蔵之介氏だから。いい配役だと思う。宣伝では盛んに式部と道長のあることないこと強調しまくってる感じだけど、私は宣孝の存在って重要だと思うんだよな。関係ないけど佐々木氏の「陰陽師」続編やってくれないかしら。待ってるの私だけじゃないと思うが・・。それにしてもまひろという名前は何ですかね。諾子とか香子とか子がつく名前だと思うんだけど。そりゃ香子説に反対の人もいるだろうから全く違うまひろにしとけってなるのかもしれないけど。まひろ役の子はかわいい。大きな目で上目使いで。後の道長、三郎役の子も柄本佑氏と感じの似た子出してきている。為時(岸谷五朗氏)は学究肌で真面目一方で世渡りがへた。そのため無官が続き暮らしは貧しいが、母のちやははやさしくて気丈。大丈夫、大丈夫・・って、そういうどこかのお母さんのCMあったな。式部には姉がいたことがわかっているけど、ここでは省略されてる。何でかな。兄という説もある弟の太郎・・後の惟規と二人姉弟。太郎は学問が苦手。じっと座ってられない。まだ小さいもんね。宣孝は一回目から登場してくれてうれしい。何しろ式部と結婚してニ、三年で死んじゃうから、今のうちに出てくれないとね。三郎は三男なので家を継ぐわけでもなく気楽な身分。黙っててもある程度出世はできる。真面目でしっかりした長男道隆(井浦新氏)と、のんびり屋の三郎の間にあって、イライラ不満をため込んでいるのが次男の道兼(玉置玲央氏)。何かにつけて三郎をいじめる。とは言えちょっと極端に描かれすぎ。途中為時は兼家(段田安則氏)の好意で東宮に学問つける役に。思いがけないことで喜ぶけど、兼家の本心は東宮がどういう人物か知ること。要するにスパイしろってこと。この東宮・・後の花山天皇の描かれ方がまた・・。子供の頃からああだったのかね。この時点ではまだ一条天皇は生まれてなくて、詮子(吉田羊さん)が円融天皇に入内したところ。まあそれなりに中流貴族の貧しい暮らし・・雨漏りも直せない、使用人が次々にやめる・・「源氏物語の蓬生」状態とか、いい感じで来るけど最後の方でドッカ~ン!!やらかしてくれました。ちやは殺人事件・・ちやはや・・じゃない、いやはや。
光る君へ2めぐりあい
一気に6年たって、まひろ(吉高由里子さん)は男子の元服にあたる裳着をすませ、大人の仲間入り。母の死以来為時とは心が通わなくなっている。病死ということにしてあるが、宣孝も真相は知っていて、為時に理解を示す。まひろには忠告する。成人後の貴族女性はみだりに異性に顔を見せたり言葉をかわしたりしないと思う。ましてや大通りを走ったりなんてありえないと思うが、それだと話にならないので・・第一三郎と再会できない。このところまひろは絵師(三遊亭小遊三氏)のところで代書屋をやっている。若々しく活発な少女だが、式部だって最初から暗かったわけじゃない。少女時代は普通に明るかったのだ。暗くなるのは夫に死別した頃から。和歌を頼まれる際、”夕顔”という言葉が出てくる。前回まひろは飼っていた雀が逃げてしまい、追っかけて行ってその際三郎と出会うのだが、雀が逃げるのは”若紫”と同じだなと思って見ていた。でも、三郎イコール光源氏だということまでは思いつかなかった。これからは毎回そういう楽しみもあるのか。詮子は皇子を産むが、帝の寵愛は遵子の方にばかり注がれ、ここ数年夜の訪れはなし。何とか振り向いてもらおうと文を送るが、ありえないほど冷たい仕打ちを受ける。兼家は為時からの報告で東宮(本郷奏多氏)が痴れ者と確信。まずは帝に退位してもらうため、軽く(←?)毒を盛るよう道兼に命令。今では道兼もちゃんと仕事しているけど、こういう汚い仕事は彼に回ってくる。数年前の過ちが祟ってくる。何しろ秘密を守るため兼家はあの時の従者を始末したのだ。それに道隆には将来のためにもこういう汚いことはさせられない。道兼はあの時の血にまみれた姿を三郎・・道長に見られたことがずっと気になっている。たぶんそのせいで彼の三郎いじめもストップしたことだろう!さて街中で偶然再会したまひろと道長だが、お互いなぜか本当の素性は言わない。そのうち帝は具合悪くなるし、東宮はホントはボク意外と賢いのよとなるし、男性平安貴族のドロドロは快調に展開する。藤原実資役で秋山竜次氏が出ているが、ややはち切れそうな感じで実資のイメージとは違う。でもこの頃は実資だってまだ若かっただろうしな。
光る君へ3謎の男
どうもオープニングクレジット部分に違和感感じるのだが、私だけか?どうせなら源氏物語絵巻をバックにうつせばいいのに。前回ラスト、放免にとらえられた道長だが、すぐに身元がわかって釈放される。でもまひろはそんなこと知らないからさんざん心配する。男は夜現われてまひろに道長の無事を伝える。安倍晴明(ユースケ・サンタマリア氏)は帝のため儀式を行なうけど、毒をやめれば当然少しは回復する。実資は陪膳係の女房を疑ったけど、かえって彼女達から嫌われるはめに。それにしてもこんな汚い仕事やらされて、それでも兼家に頼りにされると感激している道兼が哀れ。道隆の方は定子をいずれは入内させて・・と、こちらはのどかなもの。道長は兼家に叱責されても外歩きをやめない。為時に代書屋を禁じられたまひろは弟に頼んで三郎を捜してもらうがうまくいかない。お互い忘れられない人になっているのだが、なかなか再会できない。道長は同じ年頃の藤原公任や藤原行成と一緒にいることが多い。雨は降っていないけど”雨夜の品定め”でも始まるのかと思っていたら、サラッと通り過ぎていたな。道長のたもとに入っていた文は誰からのもので、何が書いてあったのだろう。今回描写されるのは彼が貴族の世界にいても何となく浮いていること。道隆のようにレールが引かれているわけではないし、道兼のように認めてもらいたいとあせっているわけでもない。公任や行成のように和歌や書に秀でているわけでもない。一方まひろは為時に言われ、遠縁にあたる穆子(石野真子さん)のサロンへ。娘の倫子(黒木華さん)は後に道長の正室となる女性。サロンの中心になっているのは赤染衛門(鳳稀かなめさん)。まひろはこういう場は初めてなので気後れしているが、みんなで優雅に楽しむべきゲームもつい本気になってしまい、気まずい雰囲気に。しかし倫子は上手にその場の雰囲気を和らげる。帰宅したまひろは為時の真意が倫子周辺をスパイすることであったと知り、悔し涙を流す。
光る君へ4五節の舞姫
あの謎の男は散楽の演じ手の一人直秀だった。あちこち忍び込んでいるから演じる題目には事欠かないのだろう。まひろは自分が為時の娘であることを明かす。道長も意を決して明かそうとした時、邪魔が入る。偶然通りかかった宣孝がまひろに気づき、声をかけてきたのだ。道長のことは別として、まひろは宣孝には何でも話せる。何しろずっと年上だし、為時と違って世慣れている。一方帝はとうとう退位を決める。次の帝は花山天皇だが、兼家はどうやったら早く退位させることができるか、それしか考えていない。花山の次は自分の孫が帝に、そうすりゃ権力がふるえる。詮子は円融帝にあいさつに行くが、自分に毒を持ったと言われ、愕然とする。もう父親も兄弟も信用できない。東宮となった我が子だっていつ同じ目にあうかわからないからだ。円融帝にはずっと遠ざけられていた詮子だが、それでも帝のことを思い続けていたのがわかり、気の毒になった。まひろが五節の舞姫にというのはフィクションだろうが、普段は深窓にいて見ることができない若い女性を、この時ばかりは見ることができると言うので、男性陣はさぞ注目したことだろう。源雅信は娘倫子を出すよう言われ、困惑する。無類の女好きである花山帝の目にとまったら困るし、倫子も絶対いやだ。で、代わりにまひろが出ることに。ところが観客席に母の仇である道兼がいて、その隣りには三郎・・!何とか舞を終えて引き下がったが、彼女は失神してしまう。緊張のあまり気分が悪くなった舞姫のことは「紫式部日記」にもある。夜とは言え、昼間のように明るく照らされた中で顔をさらすというのは、たいていの女性にとっては苦痛であっただろう。道長が舞姫に興味を持たず、居眠りをしているのはまひろとは好対照でよかった。
光る君へ5告白
倒れたまひろはそのまま寝込んでしまう。為時は6年の間に道兼のことを忘れてくれていたらと願っていたけど、そうはいかなくて。ただ、惟規の将来考えると、ことを荒立てて欲しくない。それでなくても出来が今いちなのだから。道長はちゃんと為時のいるところでまひろと会いたいと文を寄こすが、彼女は二人で会えるよう直秀に助力を頼む。で、道長は衝撃の事実を聞かされることとなる。自分がどういう立場にいるのか、権力を手にするためにはどんな汚い手も使う一族の一人として逃れられない運命なのを知って愕然とする。今までの柄本氏はのほほんとした感じで、貴公子にしては締まりのない顔つきだったけど、お気楽な人生が一変し、苦悩し始めると何やら奥行きのある雰囲気になってきて、見直したと言うかこれからが楽しみと言うか。段田氏の悪役ぶりもいよいよ快調。花山天皇が寵愛している弘徽殿の女御が懐妊。もし皇子が生まれたら東宮の将来も危ないってんで安倍晴明に呪詛を命じる。毒を盛られたり呪いをかけられたり、身分の高い人は大変ねえ。今回兼家の妻の一人藤原寧子(財前直見さん)が出てくる。「蜻蛉日記」を書いた人だ。大変な美人だったらしいが、この頃は息子の道綱もかなり大きくなってるから・・。一般的には右大将道綱母と表記されていて、本名はわかっていない。しかし父親が藤原倫寧だから寧子にしたのだろう。倫子はもう出てるし(読み方は違うけど)。倫子と言えばいつ道長に会うのだろう。そっちの方が楽しみだったりして。まひろの告白を聞いた道長が走って帰ってしまい、直秀が「帰るのかよ」と呆れるところが笑えた。普通なら泣いているまひろを抱きしめて慰めるところだ。直秀役毎熊克哉氏はヒロシ氏によく似ている。
光る君へ6二人の才女
40年ほど前NHKで「おしゃべり人物伝」という番組があって、そこで檀ふみさんが清少納言をやっていた。テキパキしていて、小林克也氏演じる夫を振り回していてすごく印象に残った。私宮仕えしますから別れますねみたいな感じで、あっけらかんとしていてとてもおもしろかった。次の回ではかとうかずこさんが紫式部をやっていて、こちらは明るい清少納言とは反対に沈んだ感じだった。今回大河で清少納言こと、ききょうを演じているのはファーストサマーウィカさん。頬がぷっくりしているところは檀さんに似ているけど、声は全然違う。さて、長年父為時との間がぎくしゃくしていたまひろだが、様々な経験を積むうちに少しずつ理解できるようになる。生きていくためには耐えなければならないこと、忘れたふり、気づかないふりをしなければならないことの何と多いことよ。これからも左大臣家のサロンに出入りして情報を集めよう。こっちなら道長に会わないですむ。為時は以前花山帝の学問の指南役だったし、それは兼家に命じられてのことだったし、今度はまひろが左大臣家に出入りするしで、いわば全方位外交ですな。ところで今何十年も前に買った「大鏡」を読んでいる。もちろん現代語訳だけど、大河ではひどい描かれようの義懐達も別に悪く描かれてはいない。ところで私は道隆の死は長らく疫病のためと思い込んでいたが、実際は長年の飲酒が原因だったらしい。その道隆が今回は存在感を見せる。夫人貴子の提案で漢詩の会を催し、知的に優雅にふるまって義懐達になびきそうになっていた公任らの心を引き戻す。兼家とは違う方法で・・というところを見ている者に印象づける。何しろ兼家のやり方は毒を盛るとか晴明に命じて呪詛させるとか暴力的。そのせいか花山帝の寵愛を一身に受けていた怟子は懐妊していたが、子を産むことなく死亡。これが985年のことで、道長と倫子が結婚するのは987年だからまだあと2年ある。倫子の飼っている猫がかわいい。猫を追いかけて・・みたいな部分は「源氏」の女三の宮を意識しているのか。
光る君へ7おかしきことこそ
怟子を失った花山帝はすっかり気落ちし、政は義懐に任せたまま。兼家は怟子まで死なせることはないのにと、今頃になって晴明を責めるが、そんなに都合よくいくかっての。晴明は兼家に何を言われたって平気だ。陰陽師にうっかり手は出せない。彼らに呪詛されたらどうなるか、怟子の例を見ればわかる。今回の兼家は今までの自信家ぶりはどこへやら、悪夢におびえ、添い寝していた寧子が大丈夫、大丈夫と落ち着かせたりする。その間にも息子道綱のアピールを忘れない。為時は花山帝を見ているのがつらく、間者をやめたいと兼家に申し出て、あっさり許可される。それで心が軽くなって家へ帰ると、ちょうど来ていた宣孝にすぐ取り消せと言われる。召使のいとまでしゃしゃり出て、前みたいな貧乏暮しはいやだと泣く。一方まひろは散楽のネタを考え、直秀達がやって好評を博すが、藤原氏・・右大臣家をおちょくっていると言うので騒ぎになったりする。と言うか、あのネタおもしろいか?後半は道長達による打毬が出てくる。俳優達は馬を乗りこなし、タマを打ち、大変だね。見物に来ていた倫子はどうやら道長にポ~ッとなったようで。公任の代わりに助っ人として参加したのが直秀。試合が終わった頃になって雨が降り出し、行成達は濡れた体を拭きながら言いたい放題。偶然立ち聞きするはめになったまひろは、その内容にショックを受ける。と言っても若い男性にとってはただ本音を言っただけ。夜じゃないけど雨が降ってて女性の品定めしてるから”雨夜の品定め”か。道長はそんなことより直秀の腕の傷を見て驚く。盗賊に矢を射って当てたことがあったけど、あれは直秀だったのか。今回印象に残ったのは、兼家に叱責された後、道長と顔を合わせた時の晴明の何とも言えない表情。たぶん天下を取るのは道長・・ってピンときたんだと思うよ。あと、酒をくみかわし、道隆が道兼の肩を抱いて温かい言葉をかけるシーンと、そこへやってきた貴子がその場の空気を察してそのままスッと戻るところ。
光る君へ8招かれざる者
この時代の人の名前の読み方は面倒だ。晴明はほとんどの人は「せいめい」と読むけど、ここでは「はるあきら」。源雅信は日本古典文学全集では「まさざね」だけど、ここでは「まさのぶ」。女性は普通「定子→ていし」、「彰子→しょうし」がここではさだこ、あきこ。「倫子→りんし」はのりこかと思ったらともこでした。前回男達のおしゃべりがショックだったまひろだけど、考えてみりゃ倫子達のサロンだっておんなじようなことしゃべってると思うよ。道長は直秀を弟ということにして打毬のチームに加えたけど、誰も疑ってない。化けるのはお手の物。道長に腕の傷のこと聞かれたけど、さらっと受け流す。兼家は道長を左大臣家の婿に・・と考えているが、雅信は渋る。でも倫子にとってはこの上なくうれしいことで。ある日兼家が宮中で倒れ、重病となるが、え~とまだ花山帝は退位してないし、道長は結婚してないし、てことは持ち直すのかな?僧の読経のせいか、晴明の祈祷のせいか、怟子の霊が取りついているのだ・・となる。今回道兼の複雑な境遇が描かれる。大河がスタートして2ヶ月だけど、まひろと道長のたぶん実ることはないであろう恋愛なんか見せられたってちーとも興味持てないのよ。ありえなさすぎて。それより権力争いとか、邪魔者を取り除くための卑劣な企みとか、ドロドロ、ネチョネチョ、でもそうやってしか生きられない貴族達のあれこれの方がよっぽどおもしろいわけよ。ありえないことがまじっていたとしてもね。そういうのとはできるだけ距離を置こうとしているのが為時。彼は学問研究ができさえすればいい。と言うか、天下は暴力ではなく知的な方法でおさめるべきだと思っているのだろう。そんな彼をなぜか道兼が酒持参で訪ねてくる。彼は7年前に殺めたのが為時の妻だとは気づいていないし、為時の方も黙ってる。まひろも驚くけど結局黙ってる。ラスト、東三条院へ泥棒に入った直秀が仲間と共につかまり、道長の前へ突き出される。打毬の後それとなく案内してもらって下見はできてるからと調子に乗るからこういうことになる。直秀役の毎熊氏は貴族の格好すると野村萬斎氏によく似ている。
光る君へ9遠くの国
少々意外だったが、直秀は今回退場。ずっと最後まで出てくると思っていたのに。よくあるでしょ。主人公達とは違った立場、視点で彼らを見続ける、多くは架空の人物。いちおう盗賊なので道長も見逃すわけにはいかない。しかし検非違使に心づけを渡して遠くへ追放くらいですませるよう図るが、一座全員殺されてしまう。金を受け取っておきながらなぜ道長の指示を無視したのかは不明。筋が通らないが、武者がそれだけ貴族をバカにしているってことなのか。でもこの流れは不自然。直秀達の方が人数多いし、鳥辺野へ向かう時点で警戒心抱いたはず。道長は一般的には傲慢で自信たっぷりというイメージがあるが、実際は神経が繊細で冷酷なことや非情なことには耐えられなかったらしい。今回の件はフィクションだが、彼はそういう性格だったとわかった上で見ていれば、あの嘆きようも馬鹿らしいとは思えなくなる。さて、兼家の病は仮病だったとわかる。これは晴明のアイデア。前回見ていた者は道兼に同情したが、実はみんな芝居。あらまあ。義懐達はあせっている。花山帝に皇子が生まれてくれないと困るのに、帝は怟子のことが忘れられず他の女性には見向きもしない。と言って今のところ退位は考えていない。しかし方法はある。兼家が回復した今、彼に取りついていた怟子の霊は内裏へ。成仏させるには帝が出家して供養するしかない。と言うわけで来週あたり道兼がそそのかして・・。
光る君へ10月夜の陰謀
晴明のお告げ(←?)によると、花山帝を出家させるのは6月23日の2時間の間。それを逃がすと花山帝の時代が続いてしまう。兼家は道綱も含めた四兄弟に計画を話す。花山帝に信頼されている道兼が重要な役割を果たし、道長の役は軽い。もし計画に失敗しても道長はこの件については知らぬ存ぜぬで通すよう兼家は念を押す。一族が全滅したのでは元も子もないからね。為時は家をあけることが多いが、まひろが妾の家を訪ねると、身寄りもなく病気で先の長くない妻の看護をする為時が・・。もう一人の奥さんでもいっこうにかまわないけど、まひろの腹違いの姉とか、そういうのでもよかった気がする。姉がいたのは事実なんだし、病気で亡くなったらしいし。姉との交流で恋の苦しさとか悩みを知ったりして。今のところまひろには親友らしい女友達が出てきていない。倫子達は親友とはちょっと違うと思う。そのうちまひろと道長との一夜へ。あらまあ。ああいう廃墟のような屋敷には浮浪者とか住み着いているはずだが・・。たぶん多くの人は「源氏物語」の「夕顔」を思い浮かべたはずだ。それにしてもまひろは初めてにしては(←何が?)冷静すぎないか?途中詮子が源高明の娘明子と道長をくっつけようとしているのがわかる。倫子も明子も源氏。終わりの方になってやっと決行当日に。ありえない一夜より本当にあった一夜のことの方が気になる。道兼が花山帝をだまして出家させたのは「大鏡」にもあるけど、あんなふうにあからさまに態度を豹変させたわけではないだろう。実際は出家する前の姿をもう一度家族に見せてからとか言っていなくなったらしい。まあこの方が後で言い訳できる。家族に引き止められてどうしようもなかったとかさ。
光る君へ11まどう心
官職を解かれ、気落ちする為時。まひろは倫子に頼んで口添えしてもらおうとしたが、断られる。それで直接兼家に直談判しに行くが、為時の方が自分から遠ざかったのだと言われてしまう。ここらへんは見ているのがつらいです。ありえなさすぎて。兼家は忙しい。邪魔な花山帝を追い払い、孫の一条天皇の摂政としてやることいっぱいある。道隆はゆくゆくは娘の定子を一条帝へ入内させたい。息子の伊周も成長した。そこへ道兼が自分だけ何で宴に招かれていないのだと文句つけにくる。花山帝退位に一番功があったのは自分なのに。それをうまくなだめる兼家。宴の席には晴明も招かれていたが、彼の目には伊周や定子の将来が見えていたのでは?何食わぬ顔をしているけど、表情は不気味。久しぶりに顔を見せた宣孝は、まひろの行動に呆れる。裕福な婿でも取れば生活は安定するのだが、そんな当てはない。使用人は乙丸といとを残して暇を出し、まひろは家事に精を出す。亡き母もやっていたことだ。一条帝の即位式で高御座にあるものが置かれていたため大騒ぎになる。見ていてもよくわからないが、たぶん人間の生首。「大鏡」にも記述がある。ここでは道長が処理していたが、実際は兼家が報告を聞いても寝とぼけたふりをして式を強行したことになっている。誰の仕業かは不明だが、花山院がしきりに呪詛している描写が出てくる。前回義懐達はひどい描かれようをしていたけど、裏切った道兼とは違い、義懐も惟茂も院の後を追って出家している。花山院に皇子がいないのでは、この先自分達が権力を握るチャンスはないからね。ラスト、北の方は無理だけど一番愛しているのはまひろだからとプロポーズする道長。でも断られてさすがに頭にくる。確かにねえ・・まひろは道長にどうして欲しいんでしょう。
光る君へ12思いの果て
為時の妾なつめには前の夫との間に娘さわがいた。まひろが大急ぎで連れてきたさわに会うことができたなつめは、安らかに旅立つ。これがきっかけでまひろとさわは親しくなる。さわの方が年下で、人懐っこい性格。一方兼家から道長を倫子の婿にしてくれと強引に頼まれた雅信は困惑する。当の倫子もいやがるどころか一緒になりたいと懇願。その一方で詮子は源高明の娘明子を道長の妻にという話も進める。おおらかな倫子と違い、明子は父を左遷に追いやった藤原氏を恨んでいるようで。まひろの婿捜しを買って出た宣孝は実資に目をつける。年齢はかなり違うが裕福だし学識も豊か。何よりも権力に媚びない。ただこの頃実資は赤痢にかかっていてヨレヨレ。こりゃだめだということになる。ここらへんはコメディータッチ。後年式部は道長と不和になった彰子と実資の間を取り次いだことがわかっている。双方に信頼されていたということだ。婿捜しのエピソードはフィクションだが、そんなことを思いながら見ていた。そのうちまひろは妾でもいいから道長と一緒になりたいと思い始めるが、時すでに遅し。何かあると感情的にならず、変に冷静になってしまい、みすみすチャンスを逃すというのがまひろの性格らしい。
光る君へ13進むべき道
一挙に4年たって990年、道長は倫子との間に彰子をもうけ、明子との間にも子供ができたところ。兼家は老いが目立ち、そうなると後継者は・・となる。道隆の娘定子(高畑充希さん)は一条天皇に入内。と言っても一条帝はまだ子供なので、定子は遊び相手というところ。道兼は自分の娘も入内させるつもりだが、まだ幼女。道兼に取り入ろうとするのが公任。何しろ花山帝退位に功のあったのは道兼。出世争いから遠く離れたところにいるのが為時。貧乏暮らしが続く。今回宣孝がハデな格好をしていたが、御嶽参詣にこの格好で出かけ、ばちが当たるどころかこの後筑前守に栄転というのは「枕草子」にもある。さて、明子は父親・・高明の無念を晴らしたいと、兼家を呪詛する気でいる。兼家愛用の扇を手に入れ・・。こういうキャラにされちゃったこと墓の下の明子はどう思うかね。私そんなことしてな~い!とか文句言うんじゃないの?
光る君へ14星落ちてなお
兼家は道隆を後継者に。これに怒った道兼はこの後喪にも服さず、呆れた妻は娘を連れて出て行ってしまう。死の床にある兼家に向かって寧子は「道綱、道綱」と呪文でも唱えるみたいに呼びかける。寧子にとっては道綱の出世だけが生きがいなのだが、道綱にはありがた迷惑だったかも。ところで道隆は兼家が円融院に毒を盛ったことも、道兼が人を殺めたことも初耳だったことがここで明らかに。汚れ仕事を引き受けることで兄を支えろと言われたってねえ・・そりゃ道兼怒りますわな。一方兼家を呪詛していた明子は、思いはかなったものの、流産してしまう。何も知らない道長は明子を見舞い、やさしい言葉をかける。流産のことは倫子も知っていて、道長が時折ぼーっとしているのは明子のせいだと思っている。まひろのことを思っているのだとは気づいていない。道隆は息子の伊周を蔵人頭に任命。この伊周はまだ17歳だが、容姿が美しく、才能も豊かで源氏のモデルになったと言われてるほど。母の貴子はそろそろ妻を・・と考え、候補の女性数人を呼び、伊周に透き見させる。にぎやかしで呼ばれたのがまひろとききょう。会うのは数年ぶり。ききょうは夫や子供を捨ててでも(実際の清少納言は十代で結婚して子供もいる)女房になりたいと思っている。宣孝は筑前守に任ぜられ、為時やまひろとはしばらくお別れだ。まひろはたねという少女に字を教えるが、たねの両親は・・。ここらへんはフィクションなので見ているのがアレです。反対されるに決まってるじゃん。まあこうでもして話作らないとまひろはすることないんですわ。兼家から道隆の時代へとまわりは動いているけど、まひろには何も変化が起こらない。宣孝が戻るのは995年頃だし、為時が越前守になるのは996年だ。
光る君へ15おごれる者たち
993年道隆は摂政から関白へ。雅信は死に、明子はまたおなかが大きい。呪いだの復讐だのはもうやめたのか。道長はやさしくしてくれるしね。一条天皇はりりしく成長。定子との間に一刻も早く皇子が生まれて欲しいが・・。ききょうは念願かなって定子のところへ出仕。彼女には定子や一条帝が光り輝いて見える。道隆の身びいきは激しく、除目は思いのまま。おまけに定子のため公の金までつぎ込む。自堕落な生活を送っていた道兼は道長の支えで立ち直ったのか内大臣に。今回は例の伊周との弓比べが出てくる。道隆が体がだるいと言ってるのはそろそろ肝臓が・・ってことか。大酒を飲むシーンは出てこないけど。何となく道隆が悪役になってきつつある。何しろ道長を悪役にするわけにはいかないからね。それにしても若い連中はみんなおんなじ顔してるなあ・・。美形揃いなのは確かだけど。まひろはさわと共に石山寺へ。そこには寧子も来ていて、人生の先輩だから忠告も神妙に聞く。遅れてやってきた道綱はまひろに目を止め・・。夜忍んで来たら寝ていたのはさわで、あれれ?となるのが笑える。まひろが何か書いてみようと思い始めるきっかけとして寧子がうまく使われていた。その一方で疫病がはやり出し・・。
光る君へ16華の影
さわはまひろと寧子との会話にも入れず、道綱にも相手にされなかったことにショックを受ける。へそを曲げ、まひろが手紙を書いても返事は来ない。都では疫病が蔓延し、死者が続出。たね一家も死に、悲田院で人々を助けようと奮闘していたまひろも感染。偶然視察に来ていた道長が気づいて連れ帰り、看病するという、あらまあの展開。この頃は特に夏になるといろんな病が流行していたようだ。弘徽殿から火が出たのは994年の2月。・・てことは道隆、道兼の死までにはあと1年ほどあるな。道兼の死因ははやり病だけど、今回は感染しなかったってことだ。自分の役目は汚れ役と、いつの間にか達観したようで、まあこの大河ではキャラがあれこれ変化する。その時によっていい人になったり悪い人になったり。道隆は悪い人になってる。疫病は下々の者がかかるもの。それより定子に皇子が生まれることの方が大事。他に有名な清少納言の「香炉峰の雪」のエピソードが出てくる。伊周の弟隆家も本格的に登場。少し前「英雄たちの選択」でも取り上げられていたけど、貴族と言うより武士っぽいタイプ。倫子は第三の女の存在を疑い始める。明子は身分が高い(醍醐天皇の孫)から、道長が彼女のところへ通っても子供ができても嫉妬の対象にはならない(たぶん)。
光る君へ17うつろい
今回は道隆の死。盛んに水を飲み、目も見えにくくなっている。重度の糖尿病だ。呼びつけられた晴明には誰かの呪詛ではなく、治る当てのない病気とわかるので、祈祷は弟子にやらせる。995年だと晴明は75歳くらいか。道隆に会って身が穢れたことの方が気になる。相変わらずサンタマリア氏の表情がいい。何考えてるのかわかりにくい、眉がちょっと下がったような・・。道隆は伊周を関白にしたいが、伊周は他の公卿達には嫌われている。一条帝は道隆の言いなりだが、他の公卿がこぼしているのを漏れ聞いて、少しは自分の意見を・・という気になる。だから道隆に懇願されてもすぐには受け入れない。詮子は道兼が嫌いだが、伊周はもっと嫌いなので、道隆の後は道兼・・と思っている。その道兼は道隆に自分の一家のことをくれぐれも頼むと言われて困惑する。せっかく詮子や道長が後押ししてくれてチャンスがめぐってきそうなのに、何で高慢ちきな伊周を支えなきゃならんのかよ・・ってか?道隆は以前はもっとやさしい性格だったが、権力を手に入れて変わったというふうにしてある。彼には自分の家族以外のことはどうでもいい。定子はとにかく一条帝を守っていきたいと思っている。父には皇子を産めとさんざん言われるが、機械じゃあるまいし言われてすぐにできるかっての。明子の方は兄の俊賢に女の子を産めと言われている。入内させるには女の子でないと。明子はすっかり表情もやわらかくなった。まひろの方はさわと仲直り。内裏のドロドロとは無縁の世界。
光る君へ18岐路
995年・・道隆の死後、道兼が関白に。しかし疫病のため死亡。七日関白と言われることに。彼はすっかり心を入れ替え、道長の支えのもと、善政を敷こうと決意していたのに・・。一度はチャンスを逃したかに見えた伊周は、今度こそ・・と道兼の死を喜ぶ。道長はさほど人望のある方ではないし、天下を取る気もない。伊周もアレだけど、母親貴子もかなりアレ。天下を取るのは我が中関白家に決まっているのだ・・みたいな。道隆の時もそうだったけど、伊周に対しても今のままでいい、改めることなんか何一つないって感じ。育て方間違ってない?一条帝は定子にぞっこんだから伊周を関白にと決めていたけど、母親の詮子が乗り込んできて道長にしろと迫る。吉田羊さん迫真の演技。袈裟みたいなの着てるのは出家したからか。大河では描かれないけど円融院は991年に崩御、他には道綱の母寧子も995年頃に亡くなったらしい。話を戻して母を取るか妻を取るか一条帝は悩む。結局道長が内覧宣旨に。実質的には最高位で、伊周は腹いせに定子に当たる。道隆同様早く皇子を産めと迫る。そんなに皇子が欲しいのなら自分で産め!(←??)それにしても左大臣に右大臣、内大臣でしょ、太政大臣でしょ、摂政に関白でしょ、どの順番に偉いんだ?さて宣孝が任期を終えて帰ってきた。たいていの国司は任期の間にがっぽり儲ける。国にもよるけどね。逆にさわは父親が肥前に下るのについていくはめになったのを嘆く。せっかくまひろと仲直りしたのに・・。さわは架空の人物だが、式部には姉妹の約束をした親しい友人・・しかも肥前に下った・・がいたことは残された歌からわかっている。ところでこの大河は毎週ダンナと一緒に見ているのだが、毎回必ず「この人誰?」と聞かれる。しかも何度も。さっきも教えてあげたのにしばらくするとまた「この人誰?」まあそれも無理はないのだ。みんなおんなじ顔してるから区別がつかないのだ。ラスト、例の屋敷が出てくるけど、あれから何年もたってるしいっそう廃墟みたいになってるはずなのだが・・。第一あの時代に高貴な方々はこんなところは避けると思うよ。夕顔を殺したような霊やら妖怪やら何やらが住み着いてるに違いないところへ近づくはずがない。
光る君へ19放たれた矢
一条帝に関白になりたいか聞かれた道長だけど、そんな気はなし。陣定で公卿達の意見を聞く方が大事。要するに道隆のようにはなるまいってこと。彼は内大臣の伊周を飛び越して右大臣に。それがおもしろくない伊周や隆家は陣定を欠席するように。明子の兄俊賢が二人を訪ねるので、あれれ?道長を裏切るの?とびっくりしたが違った。この先道長にとっては頼りになりそうな人だ。まひろの方はききょうの口利きで定子の御前に。おまけにそこには一条帝が現われ・・ついでに伊周や隆家までも。どうせでっちあげるならとことん・・てことですな。定子のいる登華殿へ行く途中の廊下には画びょうみたいなものがまかれている。調べてみたら一条帝に入内した女性は、定子や彰子以外に道兼の娘尊子を始め数人いるが、いずれもこの時期より後。でもここでは天皇に来てもらえない后がいて、その女房達が定子を妬んでいやがらせ・・「源氏物語」の桐壺みたいに・・ということなのか。ラストは長徳の変。通っていた光子のところへ別の男が来ている・・と思い込んだ伊周。実際は光子の妹のところへ男がお忍びで来ていたのだが、落ち込む伊周を励まそうと隆家がとんでもないことをしてしまう。調子に乗って矢を射かけるが相手は何と花山院だった。大河を見ていてもよくわからないが、隆家は979年生まれ。事件が起きたのは996年の初めだから、彼は16か17で今で言えば高校生。こんなアホなことしでかしても不思議じゃないが、まあ相手が悪かったですな。花山院も出家の身で女のところへ通うなんて・・いいの?でも相手は怟子の妹、まだ忘れられないのね・・とちょっと気の毒に。
光る君へ20望みの先に
花山院は表沙汰にしたくなかったけど、院の従者二人が死亡したため騒ぎに。一条帝は伊周らの処分は除目の後で・・ということにする。為時は下国の淡路守でも喜んでいたし、まひろも一緒に行くつもりだった。他の世界を見てみたい。越前守になった源国盛が漢文が苦手で、宋人が70人も漂着したというのにこれでは・・となるのはフィクションか。でも今回それ以上にとんでもないシーンが・・。淡路守任命に落胆した為時の漢詩を読んだ一条帝がふさぎ込み、それを知った道長が越前守に変更してやるというのは有名な話。でもここではまひろが為時に内緒で漢詩を作って送り、それがきっかけで・・。いやこれって相当無理があると思うよ。でもそうやって無理にでもでっちあげないと、まひろはストーリーに絡みようがないんですわ。さて、詮子が体調を崩すが、あら?彼女が死ぬのはもう少し先だよな・・と思っていたら、屋敷のあちこちから呪詛の札が。伊周は院の件はともかく呪詛など絶対にしていないと涙ながらに道長に訴えるが・・。だとしたら誰が犯人?伊周や隆家を都から追い出すために詮子が仮病を使ったのかな。定子は内裏から実家へ。一条帝もつらいところだ。伊周は大宰府、隆家は出雲へ配流と決まる。定子は思い余って髪を切る。花山院の件が1月、伊周らの配流や定子の落飾が4~5月。この後これらの心労のためか母親貴子は10月に亡くなり、定子は12月に女の子を出産する。
光る君へ21旅立ち
定子の落飾はまわりに衝撃を与える。伊周は逃げ回っていたがとうとう・・。貴子は自分も一緒に行くからと・・でも許されず途中で引き離される。これでもかという感じで悲劇的に描かれるが、この後伊周は10月に密かに京へ舞い戻ったのを見つかる。前にも書いたが貴子は10月に死ぬから、そのせいかな。一条帝にとってもつらい日々が続く。調べてみたら帝は980年生まれ。だからこの頃はまだ16かそこら。あまりにも若い。一人になった定子は生きる気力も失せる。ききょうは心配で仕方がない。しかも定子は懐妊しているようだ。でもまわりには黙ってる。呪詛のおそれがあるからだ。まひろのアドバイスでききょうは「枕草子」を書き始める。定子を元気づけるためのものだから、悲しいことは書かない。今度のことで得をしたのは右大臣と話す宣孝。それを聞くまひろは心穏やかでない。あの道長がそんなことをするだろうか。一方利口な倫子には詮子呪詛事件は、伊周達を追い落とすための詮子の企みだとわかっている。兼家だって仮病を使ったではないか。でも道長は全然気づいていなくて、それを知って複雑な気持ちに。定子追い出しに成功したので、詮子は次は誰を入内させようかと思案する。さすがにまだ彰子のことは頭にない。為時とまひろは越前へ向けて出発するが、その前にまひろは道長に手紙を出し、例の屋敷で密会する。越前守任命のお礼もあるが、宣孝が言ったことが心に引っかかっている。道長は詮子の仕業などとは言わず自分のせいと潔いが、かえってそれでまひろは道長の潔白を確信する。それはいいけど、最後のチューは余計。さて、若狭には70人もの宋人が漂着している。彼らが本当に商人なのか、それとも戦人なのか為時は判断しなければならない。前途多難な感じ。
光る君へ22越前の出会い
宋人が漂着してかなりたつが、帰るための船はいつまでたっても作られずにいる。役人達はかなり腐敗しており、為時を金で懐柔しようとする。もちろん為時は突っぱねるが・・ここらへんは無理に作ったような流れで、見ていてもおもしろくない。周明(松下洸平氏)という薬師が新しく登場するが、どういう役回りなのか見当もつかない。無口で穏やかな感じなのは好感持てるが。まひろがああやってどこにでも顔を出しているのはヒロインだから仕方ないけど、ありえないよな~と思うばかり。式部が越前へ行ったのは宣孝からの求婚に悩んでというのもあるけど、大河ではそんな気配ゼロ。都では伊周が舞い戻ってきたけど、結局母親の死に目には会えずという、またしても気の毒なことに。道長は定子の出産が間近と知ってびっくり。しかしそう簡単に還俗させたり、帝に会わせたりということもできず、こちらも問題山積み。
光る君へ23雪の舞うころ
周明が日本語をしゃべったのでまひろはびっくり。実は彼は対馬の生まれで、海に捨てられたところを宋人に助けられたとか。その後は過酷な生活を強いられ、逃げ出して薬師に。彼が見つけてきた証人によって、通事殺しの濡れ衣を着せられそうになった朱は助かる。今回は役人達の置かれている立場も明らかにされる。こういう海に面した土地では外国からの脅威が常にある。都の連中はそっちのことはそっちで何とかしろと知らんぷり。そりゃそうだ。遠いところで起きていることより自分達の出世争いに忙しい。その後まひろは周明に宋語を習い、二人で過ごす時間も多く、為時が婿にする気はないかと尋ねるほど。この頃のまひろは20代後半で、婚期はとっくに過ぎている。都では定子が女皇子を出産。今回東宮の居貞親王が出てくる。後の三条天皇。生まれたのが女児と知って一安心。このまま一条帝に男児が生まれなければ、自分の子が・・と思っているようで。自分が天皇にとは思ってないようで。一条帝はまだ若く、当分続くから自分の出番はないと思っているのかな。でも晴明には一条帝に男の子ができると言われちゃった。さて、一条帝は定子が忘れられず、新しく入内した二人の女御にも興味示さない。こういう女性達も気の毒。一族の期待背負っているわけだし。でも帝が来てくれないのではどうしようもない。為時が巡察で留守の間に宣孝がひょっこり訪ねてくる。実際の式部は周明に宋語を習ってルンルンなんてのはありえなくて、越前の厳しい冬のせいでユーウツになって、京へ帰りたいとそればっか。「唐人見に行かむ」と男(たぶん宣孝)が言って寄こしたのは事実だが、本当に来てくれたのは大河だから。まあこうでもしないといつまでたっても宣孝とまひろの距離が縮まらない。為時がいないのは絶好のチャンスなのに、何もしないで帰る礼儀正しい(←?)宣孝。帰り際にプロポーズされたまひろはびっくり。今までこれっぽちも異性として意識していなかったからね。
光る君へ24忘れえぬ人
宣孝は京へ帰っていった。為時はまだ戻っておらず、周明のおかげで宋語は上達。一緒に宋へと言われたけど、彼は自分を利用しているだけだと気づいて拒否。前回周と朱の会話を聞いて多くの人は「ありゃりゃ~」と思ったはず。オリジナルキャラの扱いは難しい。それでなくても式部は宣孝と結婚するって決まってるのだから。今ここで周によろめいたらおかしなことになってしまう。突然妻になれと宣孝に言われた時は、驚きはしたもののそれほどいやでもなかった。どうせ道長とは一緒になれないんだし、自分ももう年だし、宋も自分が思っていたような国じゃないとわかったし。肥前へ下ったさわは亡くなってしまった。人生は短い。結婚して安定した生活を・・子供も欲しいし。一方京では詮子が病気に。今度は仮病じゃない。病気になると心細いようで、それでなくても伊周や隆家を陥れたという前科があるし。道長は今頃になって矢を射たのは伊周ではなく隆家で、しかも院を狙ったのではなく矢は車に当たったと知る。何ボケッとしてるのかね。大赦によって伊周らは許されることになり、そうなると詮子もホッとして気分もよくなる。一条帝は定子と娘に会って喜び、そこまではよかったが政をほっぽり出して定子のところへ通いつめる。公家の反発を恐れて道長は反対していたのだが。宋との交易にしても越前と大宰府では距離が違う。もし攻めてこられたら・・。今回印象に残ったのは隆家。いろいろ内にため込む伊周と違い、過ぎたことは忘れて前に進むタイプ。
光る君へ25決意
見ている者はもう周明の出番はないのかと思ったりするが、何も触れられず、まひろは京へ戻る。今回とうとう宣孝と結ばれるが、そこへ至るにはいくつかの、中にはわざとらしい出来事も。越前では何と乙丸が海女のきぬと一緒になり、二人で京へ。帰ってみればいとにいい人・・福丸ができている。いとは惟規の乳母だから結婚したことはあるはずだ。鈍い為時には好意持ってること気づいてもらえず、でも今頃になって明らかに年下の働き者をつかまえたようで。二組のカップルを見ていればまひろも人はこれが自然なのだと思えてくる。宣孝が道長に、為時の娘と結婚すると言ったため、まひろのところへ祝いの品が届く。でも添えられた手紙を見たら道長の字じゃない。それが決定打となってまひろは宣孝との結婚を決意する。それにしても宣孝はなぜ道長にあんなこと言ったのだろう。うれしさのあまり?それとも当てつけ?道長がまひろと一緒にいるところを宣孝が見かけたのはかなり前だが、顔を覚えていたのかな。一方一条帝は定子に溺れ、政をおろそかにする日々。晴明はこの先凶事が続くと不気味な予言。それを止めるよいものを道長が持っているらしいが、道長には何のことやら。よいものって彰子のことかね。おりしも大雨で鴨川の堤が崩れ、大きな被害が出た。これも帝が決め事を先延ばしにしていたせい。伊周は定子に皇子でも生まれれば自分も再浮上できるのではと思っている。隆家は道長についた方が得と、先を見越している。道長は帝に左大臣をやめたいと直訴。彼を見る伊周の表情がビミョー。帝の目を政に向けさせるにはこれしかないと?それとも本当にやめたいのかな。史実だと道長は998年大病を患って出家したいと帝に奏上したが許してもらえなかったとある。こっちの道長は全然病気じゃないけどね。
光る君へ26いけにえの姫
大雨の次は大地震。悪い流れを変えるには彰子を入内させるしかないと晴明に言われ、驚く道長。倫子は大反対。それでなくても彰子は才気煥発な定子とは正反対のもっさりした性格。一条帝は退位して定子と二人で暮らしたいなどと寝ぼけたことを言っている。アンタそれって虫がよすぎですがな。あれこれあって帝は入内を許可(←?)。ちょうど定子は二人目を懐妊中。子供が生まれる頃に彰子の入内をぶつけよう・・となる。ただ、道長は赤ん坊や定子を呪詛なんてそんなことはしない。大河の主人公だもんね。一方宣孝と結婚したまひろだが、一緒になってみれば相手の欠点も目につくように。新しく若い女ができたと聞けば嫉妬心もわく。宣孝が式部の文を他の女に見せたため、式部が怒るというのは事実。潔癖すぎるまひろを、いとがやんわりいさめる一幕も。
光る君へ27宿縁の命
石山寺へ参詣したまひろは道長とばったり。もう二人とも若くないし少しは大人に・・。しみじみ思い出話で終わるかと思ったら・・。しかもその後ほどなくまひろは妊娠。計算してみりゃ宣孝の子じゃない、あらまあそう来ましたか。いくら大河でもやり過ぎじゃないんですかね。そりゃその後の宣孝の対応ぶりは興味深かったけれど。誰の子だろうと関係ない。まひろの子なのは確かなんだからそれでいい。自分の出世に有利に働くならそれでいい。何回目かにまひろは道長に打ち明けるのかね。実はあの子はあなたの子で・・とか何とか。彰子(見上愛さん)の入内にあたって、赤染衛門が教育にあたる。倫子は帝に振り向いてもらえなかったら不幸になると、母親らしい心配。自分は思いこがれていた道長と結婚できて(他に明子とかいるとは言え)幸せだけど、後宮での生活は比較にならないほど難しい。寵愛を受けられればいいが、見向きもされなかったら・・。12の少女に赤染衛門が閨房術を伝授というのにもびっくりだ。一条帝は定子が待望の皇子を産んだため、ますます寵愛が深まる。彰子には興味なし。でも晴明はこれでいいと自信持ってる。ここでの晴明は100パーセント予言の当たるすごい陰陽師って感じ。それにしても・・定子はもう少し明るい性格なんじゃないの?彰子は何事にも消極的で無反応だが、この先どういうふうに成長するのだろう。
光る君へ28一帝二后
宣孝が道長に馬を贈ったのが1000年の2月。定子が亡くなったのが12月。夏や秋には宣孝の夜離れがつのり、式部はさびしい思いをしている。翌年の4月には宣孝が死んでしまう。関係の修復もないまま永遠の別れとなったのか。もちろん大河ではそんなことはないのだろう。宣孝は生まれた娘を賢子と名付け、かわいがる。馬の件で道長と対面した時には娘が生まれたと報告する。道長は心労が重なったせいか危篤状態に。倒れたのが明子のところで、駆けつけた倫子は動かすのは危険と判断して明子に看病を頼む。さぞかし無念だったろう。二人の間にはバチバチと火花が散っていたような・・。赤染衛門は彰子の女房として出仕。せっかく一条帝が来ても彰子の反応は鈍く、ヒヤヒヤし通し。ただ帝には彰子が母親の言いなりだった自分と重なって見え、哀れに思えたようだ。定子はまたしても懐妊。内親王を産むが、後産が下りずそのまま死亡。もういつだったか覚えていないほど大昔、亡くなった定子と、彼女を抱いて悲しむ男性の絵を見た覚えがある。その時は気づかなかったが、この男性は伊周らしい。図書館で借りた紫式部関係の本にでも載っていたのか。ちなみにこの頃は式部は22歳で結婚して24歳で夫と死別、亡くなったのは37歳頃になっていた。生年をいつにするかで年齢も当然変わってくる。定子を失った一条帝は悲しみにくれるが、たぶん見ている人(オバチャン達)は、「半分はアンタのせいよ」と冷ややかな視線を送っていたと思う。寵愛するのもいいけど、出産が命取りになることもあるのだから少しは考えろってね。さぞ苦しんだであろう定子が気の毒。
光る君へ29母として
今回宣孝が死んでしまうが、詳しい描写はなし。急なのではやり病のせいだと思われるが。この頃は前にも書いたが夜離れがつのり、あのような賢子をまじえての楽しい団欒などなかっただろうが、大河だからね。為時が任期を終えて帰京するが、次の任命はなし。道長は自分の子供の教育係になってくれと言ってくるが、為時は断る。夫に死なれ、父は無職、賢子を飢えさせるつもりかとまひろは呆れる。今回詮子も40歳とまだ若いのに病死。その前に定子の産んだ皇子を彰子に育てさせるよう仕組む。彼女の四十の賀では倫子腹の長男田鶴(後の頼通)と、明子腹の長男巌君が舞を舞う。巌君の方が上手で田鶴は悔し泣き。倫子と明子の間には火花バチバチ。明子はこのところ妖気が漂ってますな。もっとも史実では明子腹の子供達は倫子腹の子供達に比べ、パッとしなかったようで。伊周は詮子や道長を呪詛し、ききょうが書いた枕草子を一条帝に献上するなどいろいろ画策する。
光る君へ30つながる言の葉
1004年、人々は干ばつに苦しむ。晴明は引退してたけど道長が直々に頼んで雨乞いをしてもらう。一条帝もやったけど効果なかった・・ってどうせ定子のこと思って身を入れてなかったんでしょうよ!道長は雨が降るなら自分の寿命が10年縮んでもいいと思っている。晴明は1005年に亡くなるから、サンタマリア氏の出番もなくなるのか。宣孝の佐々木氏も退場しちゃったし、つまんね~の。今回から道長はヒゲつき。もうすぐ40だもんね。さすが晴明、雨を降らせることに成功したけど、彼の寿命は確実に縮んだな。まひろは四条宮で和歌を教えたり、自作の物語を披露したり。ここは公任の妻敏子のサロンか。あかね(和泉式部)も登場。一方一条帝は「枕草子」を読んで定子との思い出に浸り、彰子との仲は進まない。見かねた倫子が一条帝に直訴。これには道長もびっくり。おまけに私のことわかってないと倫子には言われちゃった。やっぱり結婚してこれくらいたつと、夫への不満もいろいろ出てくるのかね。と言って道長にはいい案も浮かばない。そこで公任がまひろのこと言い出すわけです。一条帝は物語が好きだから・・。一方まひろは物語作りに夢中になって、賢子の面倒を見ない。かと思うと学問を詰め込もうとする教育ママ風。相手をしてくれない腹いせに、物語を書いた紙を燃やして怒られる賢子。そのうち道長が訪ねてきて・・。ちなみに式部の出仕は1005年の12月頃。もうちょっとかかるね。為時は頼通の教育係になってたから、ある程度の金は入ってくる。まひろが物語作りに没頭するのは、創作意欲のせい?それとも家計の足しにするため?そこらへんはっきりさせて欲しかった気も。
光る君へ31月の下で
今回道長は何度もまひろの家を訪ねてくるが、左大臣がそんなことできます?近所の目だってあるのでは?それはともかく、道長の頼みは彰子を慰めるための物語を書いて欲しいこと。敏子のサロンで披露したものは賢子のせいで燃えてしまったので、別に書くが、道長の意図が別にあることをまひろは見抜く。何と帝に読ませたいとのこと。家の者は邪魔にならないよう宇治へ行かせてある。まひろは帝のすべてを聞き出そうとする。リサーチってやつですな。道長と倫子の仲は冷たいまま。明子のところへ行けば子供の官位のことでうるさくせがまれる。そのせいで道長は内裏へ泊まることが多くなる。まひろが書いた物語を読んだ道長は、帝の機嫌を損ねるのではと危惧するが、結局進上する。いよいよ「源氏物語」の登場だ。関係ないけどまひろの執筆風景を見ていて思う。何かを書こうと思い始めたなら、筆ならしとしてまず賢子に読み聞かせるようなものから始めるのではないのか。それからだんだん大人向きのものへ向かうのが普通ではないのか。つまり母親としてもう少し育児に心を砕くのではないか。
光る君へ32誰がために書く
道長は一条帝に物語のことを聞くが、まだ読んでないとつれない返事。がっかりしてまひろのところへ。でも、まひろは書くことに目覚めちゃったから、何を聞いても動じない。しばらくたって、一条帝が興味持ち始めると、今度はまひろを中宮の女房に・・となる。続きが読みたくて一条帝が彰子のところへ来てくれれば・・。まひろは内裏へ参上し、赤染衛門に案内してもらう。彰子のことを聞くが、ずっと仕えている赤染衛門にも、彼女は謎らしい。奥ゆかしすぎて、何を考えているのかわからない。倫子は今回の件を喜ぶ。まひろのことは知ってるし。これで道長との仲もほぐれるか。まひろは賢子のことが気になるが、いとや為時に任せ、出仕することにする。経済的な理由もある。一方伊周は一条帝に取り入って、少しずつ位を戻していく。途中で一条帝と似た格好の人が出てくるので、この人誰?と思ったが、居貞親王だな。今回晴明が退場。85歳だからもっとしなびているはずだが、まあいいか。晴明で一番印象に残っているのは、定子の懐妊がわかった時「呪詛いたしますか?」と道長に聞くこと。命じられれば何でもするのかしら・・って。それとは逆に、雨乞いを頼まれた時「左大臣様も何かを差し出してくださらねば嫌でございます」と言ったのも印象に残ってる。これで道長の将来は万々歳みたいなこと言って亡くなるが、道長にはとても信じられない。その後起こるのは皆既月食や内裏の火事。この頃の年表見るとホント内裏はよく焼けてる。火の中から彰子を助け出す一条帝。これがきっかけで心に火がつくか?雪のちらつく頃、まひろは彰子のいる藤壺へ。来週あたり新入りいびりが展開?
光る君へ33式部誕生
藤壺へ出仕したまひろは藤式部と呼ばれることに。主な仕事は物語の続きを書くことだが、人の出入りが多くて騒がしく、集中できない。慣れない儀式では緊張を強いられる。夜も眠れない。女房はそれぞれ居室を与えられるが、今と違い壁のようなものがあるわけではなく、几帳などで仕切られただけ。物音・・夜だといびきや寝言などが筒抜け。局を上からドローンでうつしてくれていたが、よくぞうつしてくれましたって感じ。プライバシーはないし、不用心、無防備なのがよくわかる。やっと里へ帰るが、惟規には8日しかたってないのにと呆れられる。実際の式部は再出仕するまで数ヶ月かかっている。いつも悲しそうな顔をしている彰子だが、今回初めて笑顔を見せる。定子の遺児敦康親王にこっそりお菓子をあげるところ。一条帝との仲がどうなってるのかは見ていてもはっきりしない。昔の人は短命だから、数年のうちには伊周も一条帝も死んでしまう。ぼやぼやしてるヒマなんかないのに。それにしても式部は下書きもせんとスラスラ書けちゃうんですね。紙は貴重だから反古紙が真っ黒になるほど下書きして、それから上質紙に清書・・何しろ帝にお見せするのだから、書き損じたら書き直しだろうし・・となるのが普通ではないのか。字を書いてるシーンになるといつもそんなことを考えてしまう。
光る君へ34目覚め
興福寺の僧らが直談判に来るが、見ている人の興味はたぶんそこにはなくて、いつになったら帝と彰子は・・とそっちの方が気になったりして。道長にとっては悩みの多い日々が続くけど、こうやって時には懐妊願望以外のことも入れとかないとね。いちおうちゃんと政もしてますよ・・って。これほど気にしているのだから陰陽師に占ってもらってもおかしくないが、晴明の死後は出てこないなあ。今回斉信の屋敷が焼け、しばらくして今度は道綱の屋敷が焼ける。前にも書いたが内裏は何度も焼けてる。それだけでなく公家の屋敷も焼けたのか。何となく伊周が裏で暗躍してるような描かれ方。敦康親王の具合が悪くなるけど、なぜか伊周を嫌っていて。この敦康も20歳くらいで死んじゃうんだよな。ところで彰子は式部の作品を読んでみたものの、何がおもしろいのかわからない。光る君は何を考えているのか。いやいやそれでいいんです。あっちにもこっちにも愛人作ってるような男をステキだと思う方が間違ってるのです(←個人の感想です)。
光る君へ35中宮の涙
御嶽詣での道長一行を伊周の配下が狙うが、隆家が邪魔する。京にいてアリバイ作りをしているのならともかく、伊周が現場に来てるなんてありえな~い。もし実行したら彼の仕業ってすぐわかっちゃう。密かにやってるつもりだろうが、隆家には気づかれたわけだし。式部が書く物語は光の君と藤壺の不義の場面に。式部はそれとなく不義の子を産んだと道長に話すが、彼はその場では気づかなかったようでどこまで鈍いのか。後で気づいた?今回とうとう彰子が一条帝にお慕いしてますと告白。入内してから何年もたって、彼女も20歳。その間帝には他の女性もいたけど、そちらはスルーされる。想像妊娠とかけっこう有名なエピソードあるのに。やっと結ばれた二人に、テレビの前の女性達は腹を・・いや、胸をなでおろしたことでしょう!ところで御嶽詣でと言えば宣孝がド派手な装束でやって、おかげで「枕草子」にも書かれて後世に伝わったわけだが、本来は今回の道長達のように質素な出で立ちが普通なんでしょう。
光る君へ36待ち望まれた日
あっという間に彰子懐妊。出産の様子は「紫式部日記」に詳しい。書いてないのは伊周の呪詛。すっかり悪人にされてます彼。彰子は出産まで長くかかり、このまま死ぬのではと心細がるのも無理はない。やっと生まれて、皇子だとわかって、式部達女房はもう少し盛大に喜び合うんじゃないの?普段は仲悪くてもこの時ばかりは抱き合ってうれし泣き、髪には米がついてるし、汗と涙で化粧は崩れてるしって具合。五十日の祝いの席ではみんな盛大に酔っ払う。公任が「あなかしここの渡りに若紫やさぶらふ」と声をかけてきたのは日記にある。酔って醜態をさらした右大臣のことも書いてある。右大臣顕光役は宮川一朗太氏。顕光は道長のいとこで、無能だったとされるが、宮川氏はどっちつかずでフラフラしていて、毅然とした態度の取れない顕光をうまく演じていると思う。一方ライバル心を燃やす明子は・・何だか妖しげな雰囲気に。道長と式部の仲を怪しむ女房達も出てくる。ただでさえ式部は彰子に信頼されてて妬みの対象に。何かに気づいた倫子、道長との関係をただす赤染衛門。もうお昼の奥様何とか劇場状態ですな。今回ききょうが久しぶりに登場。定子の忘れ形見脩子内親王を育てているらしい。一条帝が彰子を寵愛している、しかもそのきっかけが式部の書いた物語にあると伊周から聞いて、心穏やかではない。帝はあれほど定子を寵愛していたのだから他の女に目が行くはずがないなんて、アナタそれは無理ですってば。
光る君へ37波紋
彰子は源氏の物語を美しい冊子に仕立て、帝に献上することを思いつく。字は能書家の行成らに依頼、女房達も力を合わせ、すばらしいものが出来上がる。33帖までだから、源氏の栄華が頂点に達した頃。式部はこれからも書き続けるつもりだが、この後は女三宮の不義など暗い面が多くなっていくわけで、まわりの反応はどうなるのだろう。式部は彰子に願い出て里へ戻る。賢子は10歳になっている。母と娘の距離は容易には縮まらない。それにしても久しぶりに見る我が家は何とみすぼらしく見えることか。それでも家人が暮らしていけるのは自分が働きに出ているから。再び出仕したある夜、藤壺に賊が入る。これは「紫式部日記」にも記述がある。女房が二人引きはぎにあい、裸同然のはずだが、ちゃんと着ていたな。日記では式部は蔵人・・弟の惟規を呼ぼうとするが、あいにく帰った後。でもテレビでは呼んでなかったな。彰子の落ち着いた行動を強調しないとね。この後道長に会った時、彰子の産んだ敦成を東宮にするつもりだと知って、式部は驚愕する。じゃあ敦康はどうなる?出産が1008年の9月。退出が12月中旬、帰参が12月29日だから里にはさほど長くはいなかったことになる。引きはぎが12月30日。帰参の翌日だ。道長を呪詛しまくっている伊周だが、それがばれるのが史実では翌年の2月。ところで私は式部と小少将の君がいつになったら仲良くなるのかしらと待っているのだけれど、そんな気配ゼロ。彰子が式部に頼りっぱなし・・そっちの方に比重かかっている。小少将の君は式部と一番仲の良かった人。式部の伝記読んだ人ならみんな好意持つような人。
光る君へ38まぶしき闇
久しぶりに会った式部とききょう。彰子に会えなくなるのはいやと元服を先延ばしにしたがる敦康。源氏と藤壺のような関係になるのではと危惧する道長。いや~作り手も苦しいですな。敦康君まだ11歳ですぜ。敦成を東宮にすると頼通に言う道長。帝は誰でもいい、大事なのは支えるまわりがしっかりしていること。敦康だと当然伊周がでしゃばってくるが、彼では世の中が乱れる。一条帝はどうしても伊周に気兼ねしているところがあるので、早めに退位してもらいたいようだ。決して自分達の繁栄のためではないと強調していたけど、説得力なし。今回式部の提案であかねを藤壺へ。あかね・・和泉式部はこういうパッと華やかな雰囲気の女性だったのだろう。まわりにどう思われてるかなんて気にしない。夜、月を見ている式部に、宮の宣旨が話しかけるシーンはよかった。こういう会話、実際かわされたのだろうなという感じで。伊周は呪詛がばれて参内停止に。心配した隆家が訪ねてみると、呪詛の真っ最中。こりゃだめだ・・と、暗澹たる気持ちに。彰子は再び懐妊し、暮れに皇子を産む。この頃は子供世代が出てくるように。頼宗は明子腹の息子で、道雅は伊周の息子。みんな似ているから字幕がないと誰が誰だかわからないね。と言って名札つけるわけにいかないしね。
光る君へ39とだえぬ絆
1009年11月、敦成に続き敦良が誕生。翌年2月に伊周が病死。隆家が敦康や脩子の後見人に。その翌年1011年には為時が越後の守に。テレビでは老齢の父を心配した惟規が一緒に行き、道中発病して死ぬ。今まで全然気にもとめなかったけど、越後の国府というと直江津か?また今回は一条帝に何やら病のきざし。帝が亡くなるのは6月。研究者によっては式部の没年は1014年。彼女にもそろそろ人生のゴールが・・でも12月の最終回まで持たせなくちゃならないし。まあ60くらいまで生きたという説もあるけど。この先もめそうなのが後継者問題。次の天皇は居貞親王と決まっているけど問題はその次。居貞親王は息子の敦明を東宮にしたいだろうし、彰子と帝は敦康、道長は敦成にしたい。敦康は彰子を慕っているが、道長は元服した後はできるだけ彼を彰子から離しておきたい。まあ見ていても彰子のそばにいるのは式部一人で、他の女房は女子会にでも行っとるのかね。道長はよく式部の局を訪ねるが、誰かが通りかかるとかそういうのがあってもおかしくない。ひとけがなさすぎて不自然。
光る君へ40君を置きて
今回一条帝が崩御。在位は25年と長い方だが、まだ30過ぎたばかりで若い。居貞親王に位を譲り、出家したので頭は丸坊主、ヒゲも剃っている。敦康を東宮にできなかったのは、さぞ心残りだったことだろう。敦成を東宮にと説得したのは行成。公任や斉信に比べ、彼は帝のそばで仕えているから、苦労の連続。帝と道長の間に立って精神的にきつい思いをすることが多い。敦康や隆家はこれで負け組と決まる。敦康はけなげに耐えていたけど、その彼も数年後には亡くなってしまうのだから人生ははかない。ところで隆家は実資と仲が良かったらしい。「知恵泉」でやっていた。実資の残した「小右記」の小は小野宮の小、右は右大臣の右なんだそうな。知らなかった。話を戻して居貞親王は三条天皇に。一条帝より年長。やっとこさ出番が回ってきたけど、この後大変なのよね。目の病気になるし、道長には早く退位しろと圧力かけられるし。ここんとこ式部はパッとしない。政治面を描こうとするとどうしても男の世界になっちゃう。道長が帝のこと占わせていた大江匡衡って赤染衛門のダンナ?帝に聞こえるところで崩御の卦が出ているとか、何と無神経な。道長がわざと聞かせてるとしか思えない。彼は譲位のきっかけが欲しかっただけで、まさか死ぬとは思っていなかったようだが。
光る君へ41揺らぎ
1011年、双寿丸に危ういところを救ってもらった賢子。身分が違うとやっきになって追い出そうとするいと。いやなババアだ。もっとも双寿丸は全く気にかけない。明るくさっぱりした性格で、若者らしく食欲旺盛。二度目に会った時の感じだと、式部は彼に三郎と言った頃の道長の面影を見出しているようで。彼女は度々里帰りをしているが、そろそろ女房勤めがしんどくなってきたようだ。弟に続き、一条帝も亡くなった。物語も紫の上が亡くなり、終わりに近づいている。たぶんこの時点では宇治十帖のことは考えていなさそう。紅葉の頃、彰子を中心に歌を詠んでいると、突然清少納言が現われる。いやみったらしいことを言うだけ言って退席。無礼にもほどがあるが、みんな唖然としている。一人になった式部は思いを紙に書きつける。これがあの有名な清少納言批評というわけか。ホントかよ~。ついでに和泉式部のことも書いとけってか?ところで多くの場合彰子達は灰色っぽい色の衣装だ。平安時代の喪服は黒ではなく、こういう色だったのね。さて、三条天皇は道長を関白にと言ってくるが、彼は断る。三条方に取り込まれたくない。明子腹の顕信を蔵人頭にと言われた時も断った。倫子腹の頼通達に比べ出世が遅いのを不満に思っていた明子達。それでも何とかがまんしていたが、もう限界。絶望した顕信は比叡山で出家。明子は悲しみと怒りで失神。まあ確かにね、誰が見ても不公平だわな。
光る君へ42川辺の誓い
明子は狂乱した後は虚脱状態になる。顕信にしてやれることは暖かい衣類を送ってやることくらいしかない。1012年、三条天皇と道長との小競り合いが続く。娍子の皇后立后の当日も道長の妨害が入る。左大臣、右大臣を始めほとんどの公卿は妍子の方へ。時間をずらしたにもかかわらず、時刻になっても娍子の方へは隆家、実資など数えるほどしか出席者がいない。主のいない膳がずらりと並ぶ。娍子が大納言の娘でしかないという身分の差がどうしてもつきまとう。もっとも見方を変えると三条天皇がいかに娍子を愛していたかということにもなる。彼女は三条天皇より年上だが、非常な美人であったらしい。実資自身は道長・天皇どちらの味方でもない。自分が正しいと思ったことをする。そのうち道長は病に倒れる。怪文書が出回るが、どこから出たものやら。心配した百舌彦に頼まれ、式部は道長が静養している宇治へ。源氏は書き終えたが、宇治へ来たことでまた続きを書く意欲がわいてきたようで。
光る君へ43輝きののちに
1014年、妍子は内親王を産む。皇子ではなかったので、道長がっくり。敦康は祇子と結婚し、心の安定を得る。内裏が火事になったりしたので、道長は天の怒りなどと理由つけて三条天皇に譲位を促すが、拒否される。その三条帝は目が見えなくなり、耳も聞こえにくくなる。これでは帝の務めが果たせないと、道長は俊賢らに相談する。帝を気の毒に思っているのは行成だけ。とうとう道長に大宰府へ行かせてくれと頼み込む。ちょうどあきがある。道長は承知したものの、後で反古にする。それというのも目を病んだ隆家が治療のため大宰府行きを願い出たため。それを知った行成は道長を恨むが、どうしようもない。ところで隆家役の竜星涼氏・・「22年目の告白」に出ていたな。久しぶりに見返して気がついた。式部は物語の続きを書き始めている。この頃の彼女は道長の言動を弁護したり、何か相談されてもあたりさわりのないこと言うだけ。東宮の件で悪化した道長と彰子の仲は、道長の病をきっかけに修復されたように描写されているが、実際は違うようだ。彰子は実資の方を信頼し始め、同じく信頼している式部が双方の取り次ぎをしていたはずなのだ。でもテレビでは式部と実資の接点は・・ゼロ?今回の見ものは道長と実資の議論。と言うか道長は議論についていけない。意外と軟弱な地盤。秋山氏の演技は迫力があってすばらしいが、ちょっとまばたきが多いね。それ以外では為時が越後から帰京。任期の途中のはずだが、テレビでは言ってないね。途中で戻ってきたのは先に惟規をなくし、今また娘式部をなくしたからという説がある。でもテレビではこれからもず~っと生き続けますよ。
光る君へ44望月の夜
三条天皇は道長らに譲位を迫られ、敦明を東宮にという条件で退位する。これが1016年。翌年亡くなり、後ろ盾をなくした敦明は東宮を辞退。三条天皇の後は敦成・・後一条天皇だが、まだ幼いので道長が左大臣と摂政を兼任。その後頼通が摂政に。同じ16年には為時が出家。道長は娘三人を一条、三条、後一条に入内させ、後一条は孫だ。まさに絶頂期で、「この世をば」の歌を残す。国母となった彰子は誇らしげだが、妹の妍子は三条帝との間に皇子はなく、酒と贅沢に気をまぎらわす。威子は相手が10歳近く年下の後一条とあって、浮かぬ顔。全くお姫様も楽じゃない。式部もこの宴に出ているが・・ありえませんな。
光る君へ45はばたき
多くの学者の説だと式部はもうとっくに死んでいるけど、こっちの式部は全然年取らない。白髪はないし、浜辺を全速力で走ったりする。ありえませんてば。逆に道長は老いを感じ始める。式部が女房やめると言い出したのがショックで。ようやく「源氏」を書き終わり、もう務めは果たしたからね。道長には近くにいてくれるだけで心の支えになるんだけど、式部にしてみればねえ。会うたんびに手の届かない存在であることを思い知らされる。ところで賢子は気が変わったらしく、宮仕えすると言い出した。式部は道長にようやく彼女が彼の娘だと打ち明ける。言葉にしてはいないけど、道長や彼の息子に手をつけられたりしたらまずいからね。だから打ち明けたんでしょ?違うの?道長は出家すると言い出して、今度は倫子がショック受ける。今回は敦康も亡くなって彰子がショック受けてたな。式部は旅に出て須磨・明石から宣孝がいた大宰府まで足を伸ばす。そこで周明と再会。偶然にもほどがありますな。ところで道長の出家は1019年の3月21日。刀伊の入寇は3月27日だから出家直後に大事件ということになりますな。
光る君へ46刀伊の入寇
式部は周明だけでなく、双寿丸とも再会。隆家はすっかり目もよくなり、賄賂は受け取らないなど真面目にやってる。式部はしばらく大宰府に滞在した後、たぶんさわが住んでいたであろう松浦を訪ねるつもり。途中まで周明が付き添っていくが、小屋で一晩過ごしても何もない。今の式部はものを書く気力もない。周明は自分のこと書けと言ってたけど。一方刀伊が襲来してきて、隆家達は対応に追われる。刀伊の入寇のことは全然知らなくて、「英雄たちの選択」で見て初めて知った。その後他の番組でもやってたけど、まさか「光る君へ」でやるとは思っていなかった。隆家に関しても花山院なんちゃらくらいしか知らなかった。式部や清少納言関係の書物を読んでも、伊周のことは出てきても隆家のその後は書かれてない。こんな活躍をしていたなんて。それにしても・・周明は犠牲になるって見え見えですな。
光る君へ47哀しくとも
周明の最期は描写がちょっとあいまい。死体は野ざらしのまま?当時だったらあっという間に衣類とかはぎ取られると思うよ。襲来の件は都へ伝わるが、本気で憂えてるのは実資だけ。他の者は様子見。行成の発言は自分の代わりに大宰府へ行った隆家のことを根に持ってるとしか思えない。いやいや、アンタが行ってたらアンタがこの件対処するはめになったんだぞ!行かなくて運がよかったんだぞ!騒動は運よくおさまったけど、褒賞をめぐってまたまた実資は不満をつのらせる。こんなことじゃ次に何か起こった時誰も戦ってくれないぞ!秋山氏の太くて豊かに響く声、はっきりしたしゃべり方、いいわ~。実際の実資もそうやって怒っていたんだろうなあ。さて、なかなかショック状態から抜け出せない式部。ここで周明の菩提を弔うのか、任を終えて都へ戻る隆家についていくのか。ここで爆発したのが乙丸。気持ちはわかるけど見苦しいね。式部のことを心配していた道長。生きてたようだとわかって一安心。賢子のことも気になる。心臓に悪いことばっか続く。ラスト・・倫子の衝撃発言。また奥様何とか劇場になっとるぞ。
光る君へ48物語の先に
いよいよ最終回。式部はなかなか死なせてもらえない。倫子には道長との関係をある程度正直に話したけど、賢子のことは黙ってたな。その賢子は頼宗を引っ張り込んでいたけど、彼は明子と道長との間に生まれた子という設定だから、あんたら異母兄妹だよね?いいの?ちなみに賢子と頼宗が付き合ってたのは事実。彼に送った歌が残っている。三条天皇と死別した妍子は34歳で死亡。その妹の嬉子は東宮(敦良)に入内。出産後19歳で病死。この二人の死は道長と倫子に打撃を与える。公任はすでに出家し、76歳まで生きる。斉信は69歳まで。道長が亡くなったのは1027年で、同じ年に行成は56歳で死亡。道長と同じ日に亡くなったが、道長死亡の騒ぎであまり顧みられなかったらしい。明子の兄俊賢も同じ年に69で死亡。道綱はこれより早く1020年に66で死亡。道長は阿弥陀如来と結ばれた糸を手にし、僧達の読経の中、自身も念仏を唱えながら亡くなったはずだが、こちらでは式部が毎日やって来ては少しずつ物語を聞かせる。坊さんはお払い箱らしい。ちぐさという少女がちょこっと出てくるが、これが「更級日記」の著者、菅原孝標女。その後入れ替わるように清少納言が訪ねてくる。道長の死後も式部は生き続け、旅に出て健脚ぶりを発揮。途中双寿丸に出会って、武士の世の到来を予感して終わり。と言うわけで一年間楽しませてくれてありがとうございました。前半は明るく楽観的な宣孝と、冷静でやや不気味な晴明、後半は出番が多いと見ていてうれしい実資と、板ばさみで気の毒な行成に目が行きました。いやホント正直言って式部や道長はどうでもよかったです、すみませんが。