三峡必殺拳
この映画のことを知ったのは武術雑誌に小さな記事・・ビデオ発売の・・を読んで。「武林志」に続く第二弾とか。14800円だったから買えるはずもなく。幸いテレビで放映されたので見ることができた。調べてみたら1988年の「ウィークエンドシアター」らしい。30年以上も前だ。その後DVDにダビングし直し、今回本当に久しぶりに見た。アマゾンでプライムビデオとやらが安価で出ているが、コメントを読むと画質が悪いとか暗くて見えないとか字幕が細すぎて見えないとかいろいろ不満書いてある。何だ、暗くて見えないシーンはそのプライムなんちゃらでもやはり見えないのか。だったら買う必要ないな。テレビの方もさほどカットされてないだろうし。ちなみに英語版らしい。テレビはもちろん日本語吹き替えで、今と違って字幕なんかついてない。主な登場人物の名前は字幕で紹介されるけど、地名とかそういうのは全然わからない。あと、時代背景もほとんどわからない。日本で言えば戦国とか幕末の激動の時代なら、何がどうなってるのかある程度の知識はある。それと同じで向こうの人には背景がわかるのか。いちおう清朝末期で、朝廷と、それを倒そうとする中国同盟会との戦いらしい。冒頭、歩く男の足がうつる。なかなか顔は見せない。しばらくして・・でもやっぱり後ろ姿で顔は見えない。長江、川を行く舟、切り立った断崖、歩かされる人々、役人の鞭。あっという間に老人が川に落ちる。娘も落ちる。それを見ていたタアヘイ(大黒)が舟から飛び込む。次のシーンではもう引き上げられている。でも父親の方は・・。ぐっしょり濡れて男達の視線にさらされる娘。布を投げてやるタアヘイ。結局彼女・・メイシア(美霞)は府知事の屋敷でメイドとして働くことに。さて、この時代の中国の映画・・それも武侠映画を見る楽しみは、出演者にある。中国武術の公演や、武術雑誌で見る選手達が出ているからだ。本職の俳優ではないけれど、演技のうまいへたなんて気にならない。武術が目的で見ているのだから。手持ちの雑誌でざっと調べてみたが、写真が載っていたのは牛崽役の王建軍だけ。彼は1983年の全能冠軍(総合チャンピオン)として有名。しかしこの映画では脇役。顔が地味なせいか。メイシア役張希玲は雲南省武術隊で、柏原芳恵さんによく似ている。タアヘイ役崔毅は徐向東にそっくりで驚く。
三峡必殺拳2
チャオツイ(小翠)役王秀萍は北京武術隊らしい。宣伝写真やビデオカバーには張ではなく彼女がうつっている。悲壮な表情をしていることが多いが、グーグルで検索すると素顔はとてもかわいらしい。リンジュ(林傑)役孫建明氏も北京武術隊らしい。長く日本で指導をされている有名な人。一度表演を見たことがあって、何拳だかわからないが、動きが流れるようで非常に美しかった。さて、港で何やら役人とのもんちゃくがあって、登場するのが旅人風のリンジュ。声は池田秀一氏だ!単純でけんかっぱやい連中が多い中で、彼だけは思慮深く、おまけに強い。しかも二枚目。彼が主人公としか思えない。府知事は裏でアヘン扱っているような悪いやつ。そこへ矢文が飛んできたりする。ホンというりっぱな人物がいて、タアヘイは甥。表向きは商人だが、裏では同盟会と密かに通じている。タアヘイは全く気づいてないけど。メイシアが石の壁に爪を立てているシーンがあって、最初見た時は何やってるんだろうと思ったが、これは後でわかる。府知事のところで酒を飲まされ、酔いつぶれたタアヘイはメイシアの寝室で目が覚める。彼女の命の恩人だし、まわりは気をきかせたのかも。見ていてもウーチャンとかナンチャンとか・・いや、ウッチャンじゃないですよウーチャン。武昌のことかなとは思うけど、ナンチャンの方はどういう字書くのだろう。南昌?キョウキゴウって何だろう。舟の連中はどういう立場なんだろう。ああもうわからないことばっか。はっきりしているのはすぐケンカが起きること。でも何でケンカしてるんだろ。結束させないため府知事の手下が仲悪くさせているんだろうけど。途中でリンジュとホンが戦って、ホンがケガをする。それでリンジュは申し訳なく思って山に入って薬草を取る。すると近くでチャオツイが男達に襲われて絶体絶命のピンチ。男達は船乗りか?で、リンジュはあっさり男達をやっつけ、チャオツイを助け、名前も名乗らず(カッコよく)立ち去る。彼女はホンの娘で・・今まで別のところで修行していたらしい。ほどなくリンジュが薬草届けにきて再会。タアヘイはリンジュのこと気に入らないけど、チャオツイにとっては命の恩人。ハンサムだしタアヘイ達と違って学問ありそうだし分別はあるし字はきれいだしと胸をときめかす。しばらく滞在してもらうことになるが、ホンは彼が反乱軍の新聞読んでるのを見とがめる。
三峡必殺拳3
リンジュは自分はナンチャン事件の生き残りと涙ながらに話す。タアヘイはメイシアのところでヤケ酒を飲む。彼女は彼に好意持ってるんだけど、でも彼は式を挙げてない女と寝るような男じゃないぞと、意外と潔癖。彼は父親を朝廷軍総督に殺されたが、仇も取れずにいる。何もできず月日だけがたっていくことにあせりを感じている。で、四川省の田舎に帰ると。それを聞いたメイシアは、自分の秘密を話す。彼女の父はナンチャン事件の首謀者で、弟子の密告でつかまり、両親とも処刑されたと。その時の裏切り者は後ろ姿がうつるが、まあ誰なのかは察しがつく。その後舟引きの夫婦に育てられたが・・冒頭川に落ちたのは養父だったのだとわかる。要するに彼女は天涯孤独なのだ。タアヘイにまで去られてしまっては・・というわけだ。さて、この映画、何がうつっているのか見えないシーンがいくつかある。たいていは戦いのシーンで、真っ暗な中エイヤッハッビシッバシッと音だけが聞こえる。タアヘイとリンジュが戦うシーンなんか、直前まで明るいのに次の瞬間暗くなってる。もちろん仕かけたのはタアヘイで、リンジュもさすがに腹を立て・・となる。チャオツイが来てタアヘイを叱りつける。リンジュは私の方が出ていこうなんて言ってる。府知事宅にはまた矢文。これは朝廷の特命使者からのもので、気づくと府知事のピストルがなくなっている。ホンは蜂起が近いと村を出る。途中覆面の男に襲われるが、ここも真っ暗でエイヤッハッビシッバシッの音だけ。こういうのも珍しいね。呆れて怒る気にもならん。と言うか、当時のお客は怒らなかったのかな?お供の者がチャオツイ達に知らせ、急いで駆けつけるが、ホンは「前と同じ技だ」と言い残してこときれる。で、また大急ぎで戻ってリンジュの寝室に。何があったと起き出すリンジュ。困惑するチャオツイ。その後盛大な葬式が営まれる。チャオツイにホンの裏の顔告げられたタアヘイは大ショック。言ってくれていたら協力したのにと悔やみ、清を倒すぞと心に誓う。村の包囲が迫っており、観音山でのろしを上げろということになるが、リンジュも倒さなくては。彼が皇帝の密使、特命使者。矢文を放ったのも彼。タアヘイは最初から彼のこと好きになれなかったけど、直感は正しかった。で、二人の戦いとなる。
三峡必殺拳4
この後はかなり危険な場所でのアクションが続き、見ていてハラハラする。ガードレールも命綱もなし(←?)。最初登場した時の強さからみて、リンジュはタアヘイなど問題にしなさそうに見えるが、ここでは普通に互角に。で、途中でリンジュは例のピストルを取り出し、タアヘイを撃つ。見ている者全員卑怯者め!と思う。駆けつけたメイシア、死んでしまうタアヘイ。「死なないでぇ~!」メイシアの絶叫・・気の毒に。一方リンジュの前に立ちふさがったのはチャオツイ。男達に襲われた時はそれほど強くなかったけど、と言うか多勢に無勢で仕方ないんだけど・・今はリンジュと互角に戦う。彼女はリンジュと武術の稽古していたから腕が上がったのか。ただし稽古をするシーンは出てこない。カットされたのか元からないのか不明だが、稽古が終わって汗を拭いてるシーンはある。父の復讐に燃える彼女だが、リンジュの方は彼女に恋をしている。もう任務も終わったし、二人で逃げようと説得するが、彼女が承知するはずもない。そこへメイシアが駆けつけ・・。この時までメイシアが戦うシーンはない。壁を人差し指で押してるシーンがあるだけ。メソメソした感じで、表情は暗い。武術をやってる気配ゼロで、ヒロインにしてはおかしいなと思ってた。しかし実は彼女はそうやって密かに指を鍛えていたのだ・・とここでわかる。飛ぶ時の格好から、彼女がやってるのは鷹爪拳とわかる。人差し指で突いただけでリンジュは吹っ飛ぶ。ここでやっと彼女の両親を死に追いやった裏切り者がリンジュだったと明かされる。いやもうだいぶ前からバレバレですけど。彼女の父親も相当な使い手だったのだろう。父親が死んだ時彼女はまだ子供だったようだが、たぶん手ほどきは・・。リンジュは子供だから見逃してやったとか言うけど。あの時彼女は物陰から裏切り者の顔をはっきり見ていた。ところで、普通の映画なら途中で彼女がリンジュを見て、ハッとするシーンとか入れるものだ。理由は明らかにされないまでも、思わせぶりに。リンジュはホンの屋敷に滞在していたし、メイシアは府知事の屋敷にいたから、初めて顔を合わせたのはホンの葬式の時。でも、メイシアがリンジュに気づいたという描写はなし。ここが惜しい。
三峡必殺拳5
また、チャオツイの心理もはっきりしない。普通の映画なら「前と同じ技だ」と言えばリンジュのことしか考えられないけど、彼はちゃんと寝室にいて息も切らしていなかったし、彼を疑うべきかどうかとあれこれ悩むんじゃないの?ここらへんうやむやになってるのがいかにも当時の中国映画。気が利かないと言うか。さて、男対女二人の戦い・・リンジュは最後までチャオツイと二人で・・ってのを言い続けるけど、彼女は聞かない。人間のクズとか言って。で、とどめを刺す。・・香港や中国の映画に出てくるキャラって、タアヘイに代表されるようなゼロか10かで、その間はないみたいな単純なのが多い。善人なら善人、悪人なら悪人100パーセント。しかしここに出てくるリンジュは違う。単に脚本が混乱しているだけかもしれないが、私には清濁合わせ持った複雑なキャラに思える。爽やかで理知的な風貌、穏やかで争いは好まず、人には親切で謙虚。文武両道に秀で、信頼するに足る人物。それでいて師匠を売るなど恥知らず。ただ、金が目当てで売ったようには見えないが。彼の行動は革命側からすれば許せないことだが、朝廷側からすれば自分の仕事をやり遂げただけ。ホンを殺したことに何の良心の咎めも感じていないくせに、チャオツイを思う心は純粋。他の悪党ならチャオツイをだましていたとなるところだが。私にはこの部分が非常に印象的だった。こういう複雑なキャラは珍しい。すべてを失ったチャオツイは自殺しようとするが、メイシアが止める。のろしが上がり、今こそ決起だ。ここで終われば、清朝が倒れることはわかっているから少しは明るい気分になれるが、そうはならない。メイシア達が村へ戻ると、すでに血みどろの戦いが始まっている。ラストは燃え盛る火の前でメイシアやチャオツイなど生き残った数人が身構える。鉄砲を構え、押し寄せる朝廷軍。たぶんこの後銃声が轟き、彼女達はなすすべもなくバタバタと倒れるのだ。そう思わせるラストシーン。この映画が作られた頃と今の中国ではだいぶ様子も変わった。生活も考え方も何もかも。でもこういう歴史があったということは動かせない事実。若くして倒れた彼らの屍の上に今の中国があるのだ。