コンタクト
これはDVD買ってある。コメンタリーくらいつけて欲しかったが。テレビ放映も含め、今回で三度目くらいか。原作も読み直した。映画だとエリー(ジョディ・フォスター)一人がマシンに乗り込むが、原作では五人。母親も生きてる。と言うか、ラストで死んじゃうけど、エリーの出生の秘密が明らかになる。実はパパとは血がつながってませんでした!まあ映画はあまりゴチャゴチャしてもね。エリーは電波望遠鏡使って地球外知的生物との接触試みている。今まで成果はなく、したがって予算の削減とかアレシボにいられなくなったりとか。いつになるかわからない不確かなことより、現実的な、成果の見えやすいことの方が・・。エリーは資金集めに奔走。どこも断られたが、最後の最後、ハデン(ジョン・ハート)がスポンサーになってくれた。その援助もあと少しで終わりという時、突然琴座あたりから信号が入り始める。知的異星人は存在する・・と、大騒ぎに。科学者だけで勝手に行動しては困ると国防顧問のキッツ(ジェームズ・ウッズ)が乗り込んでくる。知的生物なんだから地球侵略なんてするはずがないという意見は、キッツには通用しない。何でも疑ってかかるのが彼の仕事。信号の中から画像を取り出したら、何と1936年のオリンピック開会を宣言するヒトラーだった。原作だと大統領は女性だが、映画ではやたらクリントンが出てくる。リアルさを強調したいのかもしれないけど、人間ってその後の人生で何があるかわからない。スキャンダルや犯罪の場合もあるわけで、本人はあまり使わない方がいいと思うんだけど。この映画、数字だけ見るとあまりヒットしたようには思えない。ただネット上ではあまりけなしている人もいないようで、たぶん真面目に誠実に作ってあるからだろう。フォスターは適役で、大熱演だが、ジョス役マシュー・マコノヒーははっきりしないキャラ。その時その時によって都合のいいキャラになっていると言うか。でもハンサムだから見ているぶんには差し支えなし。ウィリアム・フィクトナーも目の保養になるが、別に盲目である必要ないと思う。エリーとジョスの心が近づくのは、原作ではラスト近くになってから。その前にくっつき、やがて幻滅して離れるケントは、映画だとロブ・ロウがやってるキャラかな。全然エリーとはくっつかないけど。ロウはいつもながら扱いが軽いね。
コンタクト2
マシンが作動し、ブラックホールだかワームホールだかを抜けてたどり着いたのは、どこやらの浜辺。空気もちゃんとある。向こうから来るのは・・。たぶん映画を見てる人はここで身構えたと思う。原作読んでる人は別として。さあいよいよだ、どんな異星人出してくるんだろうって。でも現われたのはエリーの父テッド(デヴィッド・モース)。もちろん本物じゃない。彼はずっと前に死んでいる。エリーにショックや恐怖を与えないよう、受け入れてもらいやすくするため地球と同じ景色、父親の姿にしたのだ。それはわかるけど見ていてがっかりしましたよ。何じゃこりゃって。SF映画なのにって。一種の手抜きに思えて。あんなにお金と時間かけてやっとこさ来たかと思ったら、わけのわからないこと言われて、おまけに時間がないから帰れでしょ。会ったという証拠がないから、帰ってからがまた大変。この、エリーの受ける試練がこの映画で印象に残ること。信号が来てマスコミに発表という時、当事者であるエリーは無視され、ボスのドラムリン(トム・スケリット)にスポットがあたる。次は私の番と一生懸命準備していたのに、隣りで余裕こいてたドラムリンが進み出る。頭の中は真っ白、真空状態。彼の方が年上だから、地位が上だから、そして何よりも男性だから。しかも何度も同じ思いさせられる。ただ、先頭に立っていたせいで彼は命を落とすことに。狂信者による自爆テロ。ジェイク・ビジーはこういう役ばっかだな。もっともドラムリンばかりが悪いわけではない。世の中の仕組みがそうなっているのだ。彼が死なずに行って帰ってきていたら、審問を聞いてエリーは思ったはずだ。このもうろくジジイ、何寝ぼけたこと言ってるのよ、だから若い私が行けばよかったのよ・・って。原作とは違い映画では審問でもエリーは自分の信念を曲げず、がんばり通す。こういう役はフォスターにぴったりんこ。他の出演はアンジェラ・バセット、ジェナ・マローン。この映画が作られてから25年以上たったけど、相変わらず異星人とのコンタクトはない。これからもないのか。そもそも住むところを汚し、他の生物に迷惑をかけ、殺し合いばかりしている人類は、コンタクトするに値しないんだろうな。