アガサ・クリスティー(本人)

アガサ・クリスティー(本人)

アガサ 愛の失踪事件

こういう映画があるのは知ってたけど、見る機会なくて。レンタルビデオ店にも置いてないし。原作だけ古本屋で見つけて読んで、「アガサ・クリスティー 謎の失踪 失われた記憶」の感想書く時もう一度読んで、それでもう映画見た気になって。それと言うのもアガサはヴァネッサ・レッドグレーブ以外には考えられないし、スタントンはダスティン・ホフマン以外思いつかないからで。文章読む度二人の姿が思い浮かぶ。その後NHKBSで放映してくれて、それでやっと初めて見ることができた。原作者が脚本に関わっているせいか、大きな変更はなく、原作に忠実な流れ。1926年12月に起きたアガサ・クリスティーの11日間の失踪。彼女自身が何も語らなかったせいで、いろいろ憶測が流れるわけだが、「謎の失踪」がごくごく常識的なのに比べ、こちらは妄想気味。絶対ありえないことだけど、それを何とかうまく作ってる。それもこれも出演者が一流だからで。それと、ややくすんだ・・12月のイギリスだから当然だが・・トーンで、全体が統一されているから。後半はスパ(鉱泉)療法の施設が出てくるが、そういうのもレトロで・・いい雰囲気出してる。日本なら温泉・・推理好きの名物若女将、あるいは古女将、浴衣にどてら、混浴に露天、お色気プラス殺人・・となるが、こちらは全然趣き違う。じめじめ湿っていて、見ようによっては精神病院か収容所。最新の機械も怪しげで、治療は見ようによっては拷問。電気椅子に電気ブロ・・いや~ん。さて、当時のアガサは「アクロイド殺し」が出版された頃。べストセラー作家としての地位もゆるぎない。ところが家庭では不幸のズンドコ・・じゃない、どん底。夫のアーチボルト(アーチー)・クリスティー大佐は、秘書のナンシー・ニールに心を移し、離婚を望んでいる。アガサのようなタイプは、結婚したら一生連れ添うのがあたりまえと思ってる。今でも夫を愛しているし、やり直せると思ってる。内気ではにかみやで、人前に出ることやスピーチが苦手。でもまわりはほうっておいてくれない。マスコミも取り上げる。そのマスコミも、夫婦の仲が冷え切っていることにはまだ気づいていない。

アガサ 愛の失踪事件2

心が離れてしまっている相手に未練がましくしがみつき、次の一歩が踏み出せないというのはよくある。まわりから見れば修復は不可能って見え見えだけど、本人はそう思ってない。と言うか、そう思いたくない。自分はまだ愛してる。愛があれば何とかなる。この映画で見せられるのは、アガサが傷つき、悩み、自ら失踪し、別人のふりをし、ナンシーに自分を殺させようとすること。自分が死ねば苦しみから逃れられるし、後に残されたアーチーやナンシーに苦悩を押しつけられる。被害者はあくまで自分。ふとしたことから彼女に興味を持ち、わざとらしく出没するスタントンには、彼女の計画が見破れるか。阻止できるか。まあ表向きはこういうことだと思う。二人の名優によって知的な駆け引き、微妙な心の動きを楽しめる。大柄で、自分の体を持て余しているようなレッドグレーブ。チビで、いつも背伸びしているような(下なんか向いてるヒマはない!常に上を目指せ!)スタントン。何とも不釣り合いな二人には、どことなくコメディー風なムードも漂う。ラブシーンも、笑わせようとしてるとしか思えない。湿っぽく、じめじめしているようでいて、地獄方面には行かず、例え今は冬で寒くても、春・・明るく健全な未来に向かっていきそうな雰囲気がある。それは落ちるところまで落ちるにはアガサは知性も常識もありすぎ、一時的には血迷っても、正常に戻る余地はあると。これもよくあることだけど、ある瞬間憑きものが落ち、平静さを取り戻す。アガサは電気ショックであっちの世界へ行きかけたけど、スタントンがそばにいてくれたおかげで戻ってくることができた。次に夫を見た時には、明らかに自分の気持ちが前と違っていることに気づく。客観的になっている自分に気づく。正式に離婚するまでには、それからさらに二年の月日が必要だったけど、失踪騒ぎがおさまり、世間の関心が静まるのを待っていたのか。さて、表向きのストーリーの影には裏のストーリーがあって、それはアガサ気の毒、アーチー許せないの反対ってことなんだけど。つまりアーチーの身になって考えるということなんだけど。彼が実際どういう性格だったのかは知らないけど、彼にも言い分はあると思うのだ。

アガサ 愛の失踪事件3

映画ではまず愛人に心を移した冷たい男として描かれる。アガサの心をずたずたに引き裂く。でもねえ・・よくあるでしょ。この人しかいない、運命の人だと思って結婚したけど違うみたいだ、別の人の方が自分には合ってるみたいだ・・とか。たいていはそこで、いやいやそんなこと思うなんて大人じゃない、がまんしなくちゃ・・と自分に言い聞かせる。離婚してまた結婚するなんて面倒くさいとも考える。そうやって危機をやり過ごし、一生を終える。でも中には「よしッ!」と思って新しい関係に踏み出すのもいるわけで。それは人間だからいろいろあって・・間違いを犯すからこそ、こんなにも小説やら歌やら映画やらが生まれる。話を戻してアーチーにも今の状態は非常に苦痛なわけ。妻への愛情は冷め、さわられるのも嫌。くどくどメソメソされるのも嫌。すがられるのも嫌。とにかく何をされても嫌。体面があるからパーティとか一緒に出るけど、忍耐の連続。いつだって自分は有名作家の夫。マスコミは大嫌いだ。彼らはうるさくまとわりつき、しかもでたらめばかり書く。アガサが失踪しても彼は捜さない。どうせ彼女には何か考えがあるのだ。自殺なんてするはずがない。だから彼は警察にも協力しない。時間の無駄だ。後で恥をかくのはそっちだ。大規模な池さらいや、山狩りが始まる。アーチーも意地だが、警察も意地だ。こうなったら死体を発見せずにおくものか。何か夫婦間に問題があって、あいつが殺したんじゃないのか。アーチーの心証は悪くなるばかり。警察の場合、何か行動を起こさないとマスコミに叩かれる・・というのもある。身を入れてやってるところを見せなくちゃならない。12月だから寒いし、天気も悪い。池さらいにしろ山狩りにしろ、狩り出された人達が気の毒で。しかも何の成果もない。一方で当のアガサはホテルでビリヤードやダンスに興じている。ええ、この瞬間アガサ気の毒に・・なんていう同情は一気に吹き飛びましたとも。新聞を読めば、どういうことになってるかはわかるはず。大勢の人を巻き込んで・・人の気持ちがわからないという点では、アガサもアーチーも差はない。妻が見つかってからのアーチーは、たぶんこのスキャンダルもみ消しのことで頭がいっぱいだったはず。

アガサ 愛の失踪事件4

愛人に自分を殺させようとしたなんて知ったら、アガサを見る目も変わるだろう。それまでの軽蔑が薄気味悪さや怖さに転じたことだろう。彼のことは「傲慢な高官」と評される。高圧的に出て、物事を押さえ込むタイプ。だからアガサの方がまわりに好かれ、同情される。アーチーを助けてくれるのは学閥意識。男どもの古くさい権利固執集団。まあこのようにアガサ気の毒アーチーひどいやつで全体がまとめられてるわけだが、私にはそうは思えなかったと。アーチーを擁護するつもりはないが、それでも両方の立場で見てあげなくちゃ不公平だと。スタントンのようなキャラは好きじゃない。自信たっぷりでスキがなく、表面を取り繕っている。一流のインタビュアーという今の地位を作り上げるにはそれが必要で。ただ、鎧で覆われたなかみは繊細で傷つきやすく、やさしい。アガサの傷心にいち早く気づき、興味を持ち、引かれる。でもアガサが彼に引かれることはありえない。友人としてならいいけど。たぶん彼はアガサを励まし、一皮むけさせるだろうけど、アガサ自身はそれを望んでいない。彼女自身はとても保守的な人だと私は思う。この頃のホフマンはジャッキー・チェンに似ているな。それといつでもどこでも鼻が鼻につくな。アーチー役はティモシー・ダルトン。冷酷そうで、しかも瞳は熱く燃えている感じなのがよかった。前にも書いたけど、ありえない内容なのにメチャクチャな感じはせず、楽しく、時には不快に、順調に(←?)見られた。私が一番好きなシーンは、ラスト近くアガサがスタントンの部屋に来るところ。ふと見ると、頼んだわけでもないのにアガサが床に座って彼の衣類をたたみ、トランクにおさめている。そういう家庭的な部分が彼女にはある。これまでだってたぶんアーチーのために何度となく荷造りをしてきたはず。だから今も自然に体が動いた。その部分・・有名人とかベストセラー作家とかそういう表向きの顔じゃなくて、ごくごく普通の平凡な妻。結婚は破れ、スタントンとも結ばれることはないが、きっと彼女には「次」がある。そしてその通り数年後には新しい伴侶とめぐり合い、一生添い遂げる。アーチーもナンシーと結婚し、一生添い遂げる。何だ結局はめでたしめでたしじゃん。貧乏くじ引いたのは寒い中狩り出された警官や名もない庶民・・ああ!

アガサ・クリスティー 謎の失踪 失われた記憶

クリスティーの失踪事件と言えば「アガサ/愛の失踪事件」がある。原作だかノベライズだかを読んだせいか、映画も見たような気になってるが、実際は見ていない。主演はヴァネッサ・レッドグレーブとダスティン・ホフマンで、読んでいると二人の顔が浮かび、ついでにそのシーンまでありありと目に浮かび・・。で、こっちの映画だけどオリヴィア・ウィリアムズがアガサやってる。夫アーチー役レイモンド・クルサードはマシュー・マクファディンそっくり。いやもう本人だとばかり。そりゃどことなく違うけど、でもほぼマクファディンで、だから彼ばっかり見てた。失踪の真相は本人も語らずじまいだったようで、そのせいでいろいろ憶測が。たぶん真相はこの映画のような、わりと平坦な流れだったのではないか。愛する母を失い、喪失感を感じている時、追いうちをかけるように夫が離婚を切り出す。他に好きな人ができた。なぜ(不幸なのが)私で、あなたじゃないの?なぜ自分ばっかり幸せに?一人になりたくて車で出かけるが、衝突して頭を打って一時的に記憶喪失に。ホテルは別の名前(夫の愛人の名字)で泊まる。別人になっていた時は、アガサとしての悩みから解放され、とても楽だった。新聞で記事を読んでも自分のことだと気づかず、アーチーが現われた時も夫だと気づかなかった。後に自分が誰だか思い出した時は、悩みもぶり返したことだろう。でも肝腎な部分は死ぬまで思い出せなかったのではないか。離婚後彼女はマローワンと知り合い、再婚。アーチーも愛人ルーシーと一生添い遂げたそうな。一度目は失敗したけど二度目はうまくいった。世間じゃ珍しくない。でもそれじゃおもしろくない。自殺するつもりだった、狂言だったなど、もっと派手で下世話であって欲しい。だから「アガサ/愛の失踪事件」みたいなのが創作される。でも・・いろいろ憶測が飛びかったけど、この映画に描かれたことあたりが一番真相に近いのではないか。だからもっとショッキングな新事実期待して見ると失望する。私はその公平さや真面目さに好感持ったけど一つだけ気に入らないことが・・。あの「空色の瞳をした男」って何だったの?あれが彼女の不安の象徴だと言うのなら、マローワンとの再婚後はもう出てこなくなったとか、一言あってもよかった気が。年を取ってからのアガサ役で「フレンジー」で見たばかりのアンナ・マッセイ。そのままミス・マープルできそう。