地図と航路、そしてギリシャの南あたりが難所であることは、このひとつ前の解説を参照ください。
1.出港する
この時代は、海上輸送が発達していたのですが、島陰に隠れたり、寄港しながら暴風を避けるしかありませんでした。地中海を突っ切る場合、港も島もないところを航海しますので、嵐に合うとかなり危険だったようです。当然ながら、次の港に着くまでの日数と、天気が崩れるまでの日数を考慮して、出港するわけです。出航を決めたときは静かな南風でしたし、次の港がクレタ島の南西部にあるフェニクス港ですので、さほど距離はありませんでしたので、無事に到着できると踏んだのだろうと思われます。
そこに、北東の風が吹いて船は押し流されます。つまり、南西に流されるままとなってしまったのです。たまたま、カウダという名の小島に差し掛かった時にようやく、小舟を引き上げるとか、船体をロープでぐるぐる巻きするなど嵐の対策をします。また、島陰には砂州があったので、流されて行かないように海錨(かいびょう)を降ろします。もちろん、帆船ですから風に逆らって進むことはできませんし、海が荒れた状態ですから横波による沈没も避けなければなりません。そこで、海錨(帆のついた引きずる錨)を降ろして、船を風上に向けることで、横波を防ぐしかなかったわけです。それでも、船の揺れが激しいと、荷崩れが起こりますし、荷崩れが起こると船が傾いてしまいますので、荷物を捨てて船を助けなければならなくなります。
2.三日目の希望
三日目になると、荷物だけではなく、船具まで捨ててしまいます。主に、帆やロープ、滑車の事だと思われます。海錨や、錨、舵は捨てないと思われますが、帆は相当数あるので、最低限の操船に必要なもの以外は捨てたと思われます。また、荷揚げ用の道具(キャプスタン)などは、荷物を捨てた以上、もう使うことはありません。このように、生き残るために最大限の努力がなされました。それでも、天候は収まらず、助かる望みは、消えようとしていました。また、皆は食事をとっていませんでした。
パウロは、このような時に船に乗っている人々を励まします。
『元気を出しなさい。船は失うが、皆さんのうちだれ一人として命を失う者はないのです。』
こう言うと、パウロはその根拠として、天使に伝えられたことを説明します。神様によってパウロは、ローマで皇帝の裁判を受けるように命令されています。ですから、パウロはかならずローマまで行けるわけです。そして、神様はパウロにこの船の人たちの運命をまかせられたのです。そして、パウロは続けます。
『27:25 ですから、皆さん、元気を出しなさい。わたしは神を信じています。わたしに告げられたことは、そのとおりになります。27:26 わたしたちは、必ずどこかの島に打ち上げられるはずです。」』
3.漂流
14日目には、船はアドリア海を漂流していました。星空で、航海している位置はある程度分かったのだと思われます。時化が終わって天気は良くても、漂流するということは、風がなくなってしまったのか、帆柱が折れていたかでしょう。それでも、船員たちは、夜になると陸が近いことに気が付きます。計ってみると15オルギィア(≒30m)です。座礁が心配なほど陸が近いわけです。陸が近いこの場所から漂流してはまずいので、今度は錨を降ろします。夜が明けたら、上陸のチャンスです。ところが、船員たちは小舟をこっそり降ろしました。これは、まったくの裏切り行為です。小舟で船員が脱出してしまったら、残された者には、どちらが陸かわかるはずもなく。また、錨を揚げて船を漂流させることもできるはずがないのです。このままでは、船員を除いたすべての人々が、水や食料がなくなるとともに、命を落とすことになります。パウロは、百人隊長にそのことを告げます。すると、ローマ兵は小舟を繋いでいる綱を切ってしまい。小舟を捨ててしまいました。上陸のためにもう小舟は使うことが出来ません。しかしながら、船員がすきを見て逃げるという最悪の結果は回避したのです。
14日間、一行は食事ができませんでした。ようやく14日目にして食事ができるようになった模様です。パウロは、食事をするように勧めます。
『27:34 だから、どうぞ何か食べてください。生き延びるために必要だからです。あなたがたの頭から髪の毛一本もなくなることはありません。」』
パウロは、生き延びる希望があることを皆に伝えます。そして、一同の前で神様に感謝のお祈りをしてパンを裂き、そして食べました。一同も、生き残る希望をもって食事をしました。これは、船上での最後の食事となります。もう陸は近いからです。そして、上陸の準備をします。荷をさらに捨てて、船を軽くすることで、船が座礁しにくくするためです。そのため、乗っていた276人は、たらふく食べてから、船に積んでいた穀物を全部捨てました。すでに、助かることを確信しているのです。パウロは、このように船の人々を力づけたのです。その目的は、ローマ皇帝の裁判にでることであり、ローマの信徒と合流して、ローマで伝道をするためです。そういうことから、この船に乗る276人が助かることは、最初から神様から約束されていたのです。