1.時代背景
『皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。』
このイエス様の言葉は、政教分離の原則を示しているように理解できます。しかし、この言葉はローマの支配下にあったユダの国にとっては、ローマからも支配を、そして神殿にいる大祭司たちの支配も受けなさいという教えとなり、不満でありました。なぜ、不満かと言うと、世の支配者がローマ皇帝と神殿を象徴とするユダヤ教の二つなわけです。皇帝は「神の子」と名乗っており、イエス様は神の子として熱狂的にエルサレムに迎えられています。ユダの民にとっては、どちらか一方にしてほしいわけです。理由は、権力の二重構造を嫌っただけではありません。二重課税のために生活も苦しかったのだと思われます。
ところが、ガリラヤ領主であるヘロデ・アンティパスをはじめとした、ヘロデ大王の流れを汲むヘロデ党と呼ばれる人々は、ローマにわいろを贈ることで、その地位を保っていましたので、ローマの支配を揺るがすようなことには容赦をしません。当然「皇帝に税金を払うべき」、「皇帝に税金を払わない者は反逆者だ」と言うことになります。一方で、祭司長たちや、ゼーロータイ(熱心党)は、ローマからの解放を目指しています。つまり、「皇帝に税金を払うべきではない」、「皇帝に税金を払うのは律法違反だ」との立場です。
イエス様が、皇帝に税金を払わなくてよいと言えば、ヘロデ党が反逆罪だとしてつかまえるでしょうし、皇帝に税金を払いなさいといえば、祭司長たちが宗教裁判にかけるでしょう。それだけではありません。どうも、ヘロデ党と祭司長たちは結託しているのです。イエス様に、「皇帝に税金を納めないでよい」と言わせることで、ヘロデ党に捕まえてもらおうとした祭司長たちの策略だと言えます。逆に言えば、「皇帝に税金を納めなさい」とイエス様に言わせれば、イエスの人気は消え去ってローマは安泰というのが、ヘロデ党の狙いでした。だから、『ファリサイ派やヘロデ派の人を数人イエスのところに遣わした。』と言うことなのです。日常的に敵対している、ファリサイ派とヘロデ党は、イエス様の取り扱いに関しては、利害が一致していたのです。
つまり、イエス様はここで政治的な事柄は皇帝に従い、宗教的な事柄は神に従いなさい、と言うような政教分離の原則を教えたわけではなかったのです。
2.人頭税
ローマに収める税金の代表的な物は、人頭税と交通税です。人と物流に税金がかかるわけです。物流は、大きな利益を生むものですから、商売の大きさに合わせて税金がかかるのは、理解できます。問題は人頭税です。そもそも、神殿税という人頭税があります。年に2ドラクマ(半シェケル)です。人頭税とは、そもそも主なる神に捧げるものです。当時のローマ皇帝ティベリウスは、自らを「神の子」とし、礼拝するように命令をしています。そして、人頭税を取るわけです。その本来の起源は聖書に書かれています。
出『30:12 あなたがイスラエルの人々の人口を調査して、彼らを登録させるとき、登録に際して、各自は命の代償を主に支払わねばならない。登録することによって彼らに災いがふりかからぬためである。30:13 登録が済んだ者はすべて、聖所のシェケルで銀半シェケルを主への献納物として支払う。~』
人頭税は神殿税とも呼ばれるように、神様に献げられるものです。イスラエルの民は、自分たちは神の民である、神様の所有物である。だから一人一人が神様に献げるのだ。との考えで人頭税を納めました。この流れから自然に、人頭税を神様以外に納めるべきではない、ということになります。もし誰かに人頭税を納めるならば、自分はその人の所有物だと認めることだからです。実際、紀元6年にローマがユダヤ人に人口調査を行って人頭税を取ろうとしたときに、反乱がガリラヤで起きました。これはガリラヤのユダが起こした反乱ですが、その反乱のスローガンが「神のほかに王なし」というものでした。つまりローマ皇帝に人頭税を納めてしまうと、神様以外の異教徒の皇帝を自分の主人として認めてしまうことになる、そんなことは許されないということで暴動が起こったのです。しかし、ユダの反乱は鎮圧されてしまいました。
だから、ユダヤ人はローマに人頭税を納めるほかありませんでした。しかし、その状態を打破しようと機会を狙っていたのは事実です。だから、ヘロデ党、祭司長たちの立場を先ほど述べましたが、もう一つの立場、ローマからの解放を願っていた人々からみれば、イエス様の答え次第で「ユダ解放の時」が来たり、「イエス様を見捨てる時」が来たりするわけです。イエス様の立場から見ると、革命の旗印とされたり、群衆の信仰心に水を差すことは、当然避けなければなりませんでした。
3.イエス様の答え
このように、イエス様がどう答えても困ったことになる。そういう巧妙な罠が仕掛けてこられたのです。イエス様は彼らが何を狙っているのかよく分かっていました。それで、
『なぜ、わたしを試そうとするのか。デナリオン銀貨を持って来て見せなさい。』と言いました。
デナリ銀貨とは、ユダヤの硬貨ではなくローマの硬貨です。ローマへの納税はローマの硬貨を使ったからです。その硬貨にはローマ皇帝、イエスの時代の皇帝は二代皇帝ティベリウスですから、彼の肖像かアウグストゥスが刻まれていました。しかも、そこにはユダヤ人にとっては許されない刻印がありました。ちなみに、ティベリウスのデナリ硬貨には、「TI CAESAR DIVI AVG F AVGVSTVS (ティベリウス・カエサル 神君アウグストゥスの息子にして皇帝)」となっていて、肖像と共に刻まれていたのです。初代皇帝アウグストゥスが死んで葬儀がなされた際に、ローマの元老院はアウグストゥスが「神となった」と宣言しました。ですからそのアウグストゥスの子であるティベリウスは「神の子」なのです。唯一神信仰を持つユダヤ人にとって、人である皇帝を神とする、神の子とするなどというのは許されないことでした。そのような冒涜的な意味が、イエス様に質問した者たちが見せたローマの硬貨に、刻まれていました。
イエス様が「皇帝のものは皇帝に返しなさい」と答えた意味は、「皇帝から受けた恩恵は皇帝にお返ししなさい」と言っている反面、「偶像礼拝者にその偶像を返しなさい」とも理解できます。それで、ヘロデ党とそこに居合わせたユダヤ人たちは、イエス様の答えに「驚嘆した」のです。ファリサイ派の人々も、「すべては神様のもの。だから全ては神様に返しなさい」と理解して、イエス様を訴える口実を失いました。