1.贈り物の献上
『2:9 彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。』
ヘロデの陰謀を知らずに出かけた学者たちですが、場面は一気に喜びに変わります。彼らは、ユダヤ人の王が生まれたことまでは予測していたのですが、そこから先が分かりませんでした。ところが、その時に、「東方で見た星が先だって進み」とあります。なんとすばらしいことでしょうか!
今、彼らの信仰によって長い旅に踏み出したことに、希望の光が見えました。彼らを導いた星が、再び彼らの目の前に現れたのです。ところで、この星はハレー彗星だという説があります。しかし、物理的な星と考えるよりも、光り輝く神様の栄光が現れたと考えるべきでしょう。私たちにとって、神様は暗闇の中に輝く光であしますし、人々を導く光であるからです。
『2:10 学者たちはその星を見て喜びにあふれた。』
学者たちは、星を見て東の国からはるばるやってきました。ユダヤの王が生まれる印だと信じたからです。そして、単純にユダヤの王ならば、ここまでやってこなかったはずです。どこかで、救い主が生まれるとの希望があって、出てきたのだと言えます。そして、ここにきて再び星が現れました。
彼らは、救いを得たと思ったはずです。救い主によって光がもたらされると信じ、旅を始めていたからです。そして、必ず救い主に会えると信じ、長い道のりを歩んできました。また、おそらく地位も、財産も、職業も、家族も一時的に捨てたに違いがありません。持っている物すべてを明け渡してまでして、救い主の誕生を祝いに来たのです。そこには、恐れはありません。全てを神様に明け渡した彼らに、神様は救いの喜びをいっぱいにしてくださったのです。
『2:11 家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。』
そこは、「家」でした。ルカによる福音書ですと、飼い葉おけにイエス様は寝かされていましたが、既に宿となる家を見つけて移っているようです。(この日は1月6日とされています)ですから、ルカが書き記した羊飼いがやって来てイエス様に会った時から、今は少し後の話だと思われます。
彼らの行なったことが、「ひれ伏し」たことです。これは礼拝したことを意味します。ユダヤの王に対して、自分を低く置いて、全て持っているものを引き渡す意思をあらわしています。彼らは、はるか東方の国ではありますが、政府の高官であります。彼らが、外国の地の貧しい村里で、貧しいユダヤ人家庭の幼子を、礼拝したのです。
彼らの心の中には、幻がありました。それは、世界中から、遠くの国々からも、エルサレム、イスラエルにおられる王を拝するために、貢物を持ってくる姿です。そのことをイザヤは預言していました。
『60:9 それは島々がわたしに向けて送るもの/タルシシュの船を先頭に/金銀をもたせ、あなたの子らを遠くから運んで来る。あなたの神、主の御名のため/あなたに輝きを与える/イスラエルの聖なる神のために。』
世界中の国々から、人々が王なるキリストに捧げ物を持ってきます。ユダヤ人だけでなく、すべての国々です。私たちも、このイザヤの預言にあるように、はるか遠くの島々に住んでいる者です。しかし、ユダヤ人の王を見いだしています。この方こそが救いをもたらすと信じて、自分たちの持つ高価なものを差し出しました。
「黄金」:王の輝かしい栄光が示されています。
「乳香」:「乳香樹という木の樹脂を固めたもの」です。加熱すると、芳香を含んだ白煙がのぼります。
「没薬」:ミルラと呼ばれる樹脂から取られたものです。死体の防腐剤として使われます。
ここに、キリストが人間の罪のために犠牲となって死ぬことが預言されています。この方こそ、全人類の罪の供え物となってくださった救い主であり、この方を信じることによって罪の赦しが得られます。
2.夢にあらわれたお告げ
『2:12 ところが、「ヘロデのところへ帰るな」と夢でお告げがあったので、別の道を通って自分たちの国へ帰って行った。』
ベツレヘムから、東方の国に帰るには、エルサレムに戻って、それからヨルダン川のほうに下っていくのが普通です。ほかに2本の大きな街道があるのですが、いずれにしても遠回りになります。しかし、学者たちはずっと南に下って、死海の南から王の道にはいったと思われます。エルサレムを避けたのです。
彼らは、夢によって告げられていました。夢の果たす役割は大きいです。学者たちにとって、イエス様を見つけて、礼拝したことが、結果として大変危険なことになってしまいました。しかし、神様はこの学者たちを守ります。そしてこの後、ヘロデは学者が逃げたことを知ると幼子を殺すように命令を出しました。そして、ヨセフはエジプトに逃げるように告げられます。すべては、神様が導いたと言えるでしょう。