2017年12月27日~30日
神戸大丸9階(大丸ミュージアム)
2017/12/28
小学校の頃にあれだけのびのびと描いていた絵が、だんだんとつまらなくなっていくのはなぜなのだろう。この疑問は誰もが考えることだ。今回小学校1年から高校3年までの800点近い絵を見ながら感じたのも、そのことだった。ここでの弊害が「遠近法」であることは、一目瞭然としている。低学年から順番に見ていくと、多少の差はあるが、小学校4年生頃から奥行きが意識されてくる。遠くのものは小さく、近くのものは大きく描かれるようになる。
客観的な空間が理解できるのは、確かに成長にちがいない。それは自分自身を客観的に把握することができるようになるということなのだから、社会性の確立という点では大人への成長を意味している。しかしそれは一方で個性をなくして、社会の一員として同じ人格をもつということでもある。突出を避けて、忠実な兵士を養成する訓練にも近い。
遠近法を学ぶということは、世界に同じ見方を強いることでもあって、図面を引くように、完璧な一点をめざして、方向性を確立する。その訓練は自由を捨てることによって成立する。誰もが面白がっていた美術から離れていくのもその頃である。万人に開かれていた美術の窓が閉じられて、一部の専門家の手に委ねられる。今回、各学年で選出された特選作品からその推移を追ってみよう。
小1の「ゆきだるまがどっさり」は、画面にまとまりがあり過ぎるきらいはあるが、中央の大きな顔はこの頃の子どもにしか描けないものだ。自然に描いていて何の屈託もない無邪気さが現れるのだから、子どもは天才だとしか言いようがない。シンプルなのに生きる喜びに満ちている。この時期、絵画は生まれてきてよかったという自己表明に違いない。
小2の「ハロウィンの気きゅう」は、画面を大きな顔だけで埋め尽くしている。すべては正面向きで奥行き感覚はない。自分にとって大切なものだけを画面いっぱいに描く。無邪気さの段階から、怖れの感覚が芽生え、それを絵にしようという意志が開花する。喜びだけではなく、悲しみも絵になるというのが、第2ステップとなる。
小3の「力もちのブルドーザー」は明確な対象に目を向けて、その周辺を含めて絵になることを理解している。目に映るものを平面に貼り付けたコラージュとして絵が成立しており、空間としての統一はまだ見られない。
小4の「チェックローズ」は、コラージュとして画面を構成するのは、前の学年と同一だが、余白を大きく取るという点で、進化と深化が見られる。空白を嫌って埋め尽くすというのは、原始的な本能の名残である。年齢的には大人びて、オシャレ過ぎる気もする。
小5の「古くからある長田神社」では、固有名詞のもつ個性への興味が芽生えてくる。建物を描くが柱は傾き不安定だが、力強い線と色彩によって、他の何者でもないそれ自身がもつ特性を、しっかりと見つめるようになった。
小6の「横尾の町なみ」は、同じくある一定の場所を描こうとするが、さらに空間を広げ町なみにまで達する。遠近法で描くのに適切な場の発見はあるが、3次元描写の方法を十分に把握できていない点が、かえってこの時期にしか描けない個性を引き出した。
中1の「木漏れ日」は、遠近法を理解し、影をつけることで、ものが浮き上がって見えることの発見と驚きが、伝わってくる。光を意識することで写実という新たな概念が、絵の目的となった。絵画を光の問題としてとらえようとするのは、これまでの学年にはなかった動向だ。
中2の「くれなゐのジレンマ」。遠近法を学んだあとで、絵画の自由度を図るなかで登場するのが、想像力の問題だということをよく言い当てている。写実と幻想の背景には、この時期特有の不安定な心情が具現化している。絵画は心の問題を扱うものだという視点が生まれる。
中3の「じいちゃんにはかなわない」は写実をベースにしながらも、表現性を強く打ち出すことで、絵としての個性を実現しようとしている。テーマ性を重視して、身近ななかにも周辺に目を向ける社会性の芽生えも同時に感じ、絵の力を信じ、問おうとする。
高1の「斜陽」は、何気なく見かけた片隅に重ねられた箱のつくる形の面白さに気づき、光の処理によって絵になる光景となった好例である。固有名詞ではなくアノニム(無名)に普遍性を見つけるのが絵画だと主張する。
高2の「冬空」は、視点を低くして見上げることで、対比的に青空へと鑑賞者の目を誘導する。遠近法を効果的に利用し、北斎の実験にも似た西洋絵画の理解と学習の成果をうかがわせる。
高3の「静物(白の構成)」は、もはや子どもの絵では決してない。何気ない光景でさえなく、計算し尽くされた絵画空間の構築をめざす。絵画礼讃のなかには完璧すぎて、この先の展開が見通せない閉塞感も伴っている。
そしてもう一度小1の絵に戻ると、おおらかな自由度を前にして、絵画の可能性に改めて気づくことになるのではないだろうか。
2017年10月28日(土)~ 2018年2月4日(日)
2017/12/28
ボストン美術館のコレクションのデモンストレーションとして見るのが、一番適切な鑑賞法だったと思う。東西の名品を小出しにしたもので、一貫したまとまりはないが、財力を背景に収集してきたアメリカの欲望の形を知るには良い機会となった。
古代ではエジプトだけが紹介されるが、作品よりもそれがアメリカに入ったいきさつの方に、注意がそそがれる。古代エジプトの収蔵品はボストン美術館がハーバード大学との共同で発掘した成果だった。
驚いたのはエジプト政府が、発掘品の半分をボストン美術館の所蔵品となる約束を交わしたことで、当然なのかもしれないが、アメリカの古美術収集の一端を見た気がした。
東洋美術の収集では、モースやフェノロサの名とともに岡倉天使の名が、クローズアップされており、ともにボストン・コレクションの充実に貢献した。起業で財をなした富豪が、美術品を収集して、美術館に寄贈する。
取っ掛かりは明治のはじめに日本にやってきた学者たちが、学問そっちのけで日本の古美術を買いあさったことにあった。西洋文化がいっときに日本に流入し、価値観が変わり西洋一辺倒のなか、日本美術が大暴落するなかでの狂騒だった。中国美術までも日本から流出したものもある。
13世紀の九龍図巻は、今日の中国にも残らない名品だ。墨のもつ深い精神性が、中国画の伝統を伝える。墨の深い味わいは、印刷インクでは再現できないものだ。加えてぼかしのなかから、かすれの狭間で出現する龍の顔に、怖れともつかない厳かな気分がただよう。
10メートルに近い一巻に、封じ込められた9体の龍がひしめき合っている。数百年の時を隔てても、褪せることのない墨の魔力を前にして、原色を閉じ込めたかのような中国の発明の驚異にあらためて感じ入る。
2017年10月28日~12月24日
2017/12/22
天井からぶら下がる無数の風船玉のような彫刻がある。表面に無数の波紋を刻み込んだ直方体の黒い石がある。波の代わりに文字を書き込んだ同等の黒い石もある。そこでは呪文のように同じことばが繰り返されている。波間に人物を配すると、風景彫刻が誕生する。
共通するのは頼りなげな浮遊と、重量感のある量塊にあり、両者は絵画と彫刻の基本特性を行き来する。風船玉は磨き込まれていて、長い活動の跡形を残している。それは体内の臓器のような風格を備えるもので、ブランクーシ以来の有機化する現代彫刻の動向から、逸脱するものではない。
風船玉の連想は、個人的な嗜好に基づくもので、実はもっと多様なイメージを内包している。球根のような生命を閉じ込めた種子とも取れるし、群生するネギ坊主であってもよい。目的もなくさまよう精子だとするならば、虚しく放出された生命の胎動とみなされるかもしれない。
この不安定な苛立ちが、造形に魅力を与える。上昇しているか、下降しているかの判断は、鑑賞者の精神構造に由来する。その意味では、作品の完成は鑑賞者の力量にゆだねられている。この形がイメージの宝庫であることは確かで、その内包量のゆえに作者はシリーズとして量産し、鑑賞者もそれを暗黙のうちに了承している。ボーリングの球のように重たく、花粉のように軽やかでもある奇跡を、私たちは楽しむことができる。
絵画に風景画があるなら、風景彫刻もあってよい。これまで彫刻は多くが人体だった。ここでは波紋を通して、これが上空から見た海上の風景へと変容する。彫りが浅く波紋に見えなければ、黒い石の塊が目に飛び込んでくる。黒はわすかな凹凸だけをたよりに、光の反射を見定めて、彫刻たろうとする。
彫刻という分類には風変わりな作品がシリーズとして並んでいるが、一貫しているのは反復という気の長くなる行為と時間であり、この集積が息の長さを視覚化する。かすかな震えを伴ったヴォイスレコーダーのように繰り返される呪文は、離れると波動にしか過ぎないが、近づくと拡声されて聞こえてくる。「何もすることがない」「何もしたくない」。
書き込まれたつぶやきはサーファーの波乗りのようにリピートするたびに増幅されていくようだ。底知れぬ呪いと怨念を響かせて、黒地に白字を浮き上がらせる。厚みを帯びた黒い深みは、実際はこの文字が層をなして刷り込まれているのではないかと連想させる。深海の漆黒が、虚無を奈落に落とし込む。
何もしたくないと言いながら、こんなにも繰り返された重労働は、シジフォスの神話としてとどまる以外は、無意味という人生の教訓として開花するしかない。無のもつ宇宙にまで達する広がりを、否定語が証明する。
何もないというのは、全てがあるということだ。無数に書かれた否定語には、生命が躍動している。無と書くときには、すでに無ではないという矛盾を、私たちは楽しく理解するすべを知っている。
ユートピアの語源は、「どこにもない場所」nowhereのことだった。そこではお前は誰だと問われた時、「誰でもない」nobodyだと答えることになる。このノーボディの思考が、この彫刻家の底流をなしているように思う。
2017年11月18日~2018年2月25日
2017/12/2
リニューアルオープンした最初の展覧会である。「装飾」をキーワードにするのは、この美術館にふさわしい。美術は飾りではない。これは長く培われてきたファインアートの原理である。しかしデザイン運動の台頭と協調の末、かざりの美がアートの世界でも模索される。考えてみれば宗教美術は神の飾りであったし、建築に付随するものは、壁画といえども装飾であった。
アールデコ様式の邸宅を改装した庭園美術館が、装飾を軸に運営しなければ、自身の首を締めてしまうことになるし、この美術館の特性はホワイトキューブでないという点にある。もちろん新館にはオーソドックスな展示室も用意されているが、何と言っても面白いのは、アールデコ様式の古刹とのコラボレーションにある。
近年大原美術館の有隣荘をはじめ、現代アートが畳敷きの和室に進出したが、ここではモダニズムの洋室空間だという点では、和室よりも自然な対応を示すのではないか。和室を失った現代日本の日常生活のルーツとして、洋間という名の日本趣味に、現代アートがどう関わるかが、興味あるところだ。
7名の作家が室内装飾に挑む。壁面に掛けるだけでなく、書斎の戸棚にひっそりと隠し込むものもあれば、テーブルの上に何気なく載せられた地球儀など、すでにあるインテリアに仕掛けていく。なかでも山縣良和のファッションが、インパクトをもって目に飛び込んでくる。室内だけではなく、踊り場や浴室にまで進出して、自己主張をはじめる。
もちろん人体は装飾を逸脱するものだが、それは家が人の飾りだという文脈のことで、ここではマネキンが着込んだカラフルな布地が、不在の主人の装飾と化している。いくら空間の中心に置かれたとしても、飾りでしかない。家は第二の服だと言われることに、それは対応している。
部屋に大きく場を占める球体は、マグリットのシュールレアリスムを彷彿とさせるパロディーだ。頭まですっぽりと覆われた赤い葬列は、喪に服するスリューテルの泣き人たちを思わせるが、ヨーロッパ中世のもつ監房的な気分はない。黒衣は赤に変貌して、死の超越を祝うノエルの喜びが演出されている。
横たわる棺に飾られた色とりどりの花々も、不在の遺体を装飾し、腐敗することのない奇跡を伝えているようだ。赤衣の一体が、開け放たれた浴室に立ち尽くす姿は、目を射るように効果的だ。今度は庭園美術館全体をこのファッションデザイナーの造形で埋め尽くす企画を見てみたいと思った。
2017年11月25日~2018年1月28日
2017/12/2
ライフ誌を飾るヒューマニティあふれる作品で知られる写真家である。ドキュメンタリー的性格はアートとは見ない方が健全だが、作品に一貫して流れるポリシーは、世界に真理と普遍性を与えるものだ。報道カメラマンからはじめるが、現地に取材する生々しい戦争を直視する姿勢を見直し、一歩下がって視点を変えるところから、アートとしての展開はあったようだ。
起点は銃弾に倒れた病床にあった。カメラを握れない苛立ちが、報道では伝えきれない名作を生み出した。それは世界の情勢とは無縁の少年が、よちよち歩きの妹の手を引いて歩む後ろ姿(1)だった。身近な家族に向けるまなざしは、銃弾が飛び交う戦地(2)と同じほどに平和を希求している。タイトルは「楽園へのあゆみ」とある。
復帰後の活動の中では、とりわけひとりの医師に密着して撮影を続けたカントリードクター(3・4・5)や黒人の助産士(6・7)の活動を写し出したシリーズが感動を呼ぶ。家族の命を救われて目がしらを押さえる老人の感謝の姿は、写真でしか表現できない真実だ。
真理と普遍性をめざして大上段に構えるのではない。そこで求められるのは真理ではなく真実だと、写真家は訴える。自らがヒーローになるのではない。第一線に立つ人物に寄り添った同行取材という姿が、写真の真実を際立たせる。
シュバイツァー(8・9)もこの写真家のカメラを通して登場する。地道な活動を続ける日常の一コマごとの積み重ねが評価されるのであって、それが危険な綱渡りを演じるスタントプレイを越えるのだ。
写真は決定的瞬間にのみ映し出されるものではないということがよくわかる。戦場で命を落とすカメラマンの悲劇は、あとを絶たないが、決して犠牲的精神が正義を演出するわけではない。一歩下がって寄り添う中から、滲み出てくる空気を写し取ろうとする。
水俣のシリーズ(10・11)はそんな精神に貫かれているように思う。社会悪の犠牲となった患者と同じ目線に立って寄り添うこと。向き合って患者を見つめるのではなくて、寄り添って患者の目に映る世界を写し出すことだ。カメラの位置はいつも低い。
それは負傷したカメラマンが横たわるベッドで見つけたアングルであったはずで、その時の子ども目線が、その後を方向づけた。そのときカメラマンの目には楽園が見えたはずだ。ローアングルは弱者のまなざしなのだと思う。成育は知らず知らずのうちに視線を高くしていってしまうのだ。
2017年12月2日~2018年1月2日
東京都写真美術館
2017/12/2
なぜこんなすごい作家が、歴史に埋もれてしまっていたのかということが、絵画でも文学でも音楽でも起こってくる。ウジェーヌ・アジェもそんな写真家のひとりだ。セピア色をした一枚のなかで、彫像にしても、建物にしても、確固とした存在感を残して、そこに立っているからすごい。
時が経ち朽ちて崩壊するのが、物質の宿命なのに、イメージの方が存在感をもつのだという写真の魔力を、私たちに教えてくれたのだと思う。そのことがわかるには現実世界が消えてしまうだけの時間が必要だった。アジェの評価が遅れたのは当然で、仕方ないことだったかもしれない。
今そこにあるということが、実感されるためには、もうそこにないという時の経過を必要としたということだ。悪くすると誰も評価しないまま、忘れ去られてしまったかもしれない。
今回の展覧会は、アジェの遺産を見出し、継承してきた系譜をたどっている。マンレイからアボット、はてはアラキ、モリヤマへとつながっている。荒木経惟はウォーカー・エヴァンズと比較して、格が違うとまで言っている。
パリの街並みだけではない。通行人やマネキンまでも、そこに息づいている。森山大道に衝撃的な一枚の写真がある。そこで写し出された大都会の底辺に棲息する黒い野良犬の目は、確かにアジェの遺産だ。
アジェのなかでは、とりわけショーウィンドウを写し出した一連の作品が私は好きだ。そこにあるのは、裏町をうろつく野良犬の目線だか、違いは森山大道に比べて上品だという点か。
帽子や下着や子ども服がマネキンを伴って写し出されている。それらは短期間のうちに姿を消す消耗品なのに、アジェの写真では永遠の存在であることを主張している。使い古された語で言えば、「記録」ということなのだ。
今では軽薄になってしまったこの言葉のもつ重みを実感し、証明してみせたということだと思う。今日の写真の不実は、記録を歪める武器にまでしてしまった。今では写真は証言とはならない。
街路に数十人が集まり、空を見上げている。アジェの代表作の一点だ。その後アジェのパリを、ニューヨークに置き換えたアボットの写真なら、彼らの目の先にあるのはスーパーマンだっただろう。20世紀初頭のアジェの場合、空を飛ぶのは気球がふさわしいはずだ。
しかしここには肩すかしがあって、キャプションをみると、日食を見る人々とある。これは確かに時代の証言であり、特定できるある一日の記録だ。しかし普遍性をもっていて、古代エジプト以来、繰り返されてきた人間の仕草でもある。まぶしそうに手をかざす人がいて、見つめる先には太陽があることがわかる。
ただ太陽を横切るものが何かはわからない。普遍性とはスーパーマンであっても、気球であってもよいということだが、正解は太陽をさえぎったのは月だったということになる。写真の醍醐味を味わえる逸品と言える。
2017年11月18日~2018年4月1日
2017/12/2
遊び心に満ちた、文句なしに楽しい展覧会である。金沢21世紀美術館のプールの作者として日本でもよく知られるが、原作を前にした実体験という点では、まだまだ未知の作家だといってよい。金沢で見せた発想は、どれだけさらに羽ばたいているのかと、ワクワク感をもちながら、誰もが期待をにじませる。
そして裏切ってはいないということは、あっと驚く仕掛けを披露する、最初の二、三の展示を見通すだけで納得がいく。体験型の現代アートとして、従来の美術鑑賞の枠を解消し、インスタレーションの名で現代美術の一翼を担おうとする。しかしこの遊び心は、美術の枠で捉えない方がよいかもしれない。
見て楽しむためだけに作られた仕掛けは、ファインアートの資格を十分に備えている。しかも自分自身の手の跡を残さない発注芸術という点では、現代美術の範疇にも属している。ただ異なるのは難解さがなく、誰もが楽しめるという点だ。
顔をしかめる難渋さに、不可解や不条理の神秘を見つけてきた現代美術のフロンティアスピリットが、見事に回避されている。ここでは美術館は学びの場ではない。ゲームセンターか遊園地として機能している。
エルリッヒの名はまだまだ知られてはいない。現代アートの殿堂である森美術館でおこなう大掛かりな個展だから、きっと充実したものに違いないという信頼感は、すでにこの施設には確立している。一方で現代アートの最先端の、一般人にはついていけないものだと思ってしまう人もいるかもしれない。
会期は長いのでマスコミに取り上げられて、観客数を増やすことは目に見えている。これまでこの作者が一貫して考えてきたコンセプトはただ一点、見えるものと見えないものの邂逅ということだが、その表面上の見かけの多様さには驚かされる。
今回最大の規模はビルの壁面を、地面に型取り、角度をつけた巨大な板ガラス状の鏡を通して、それを見るという装置だ。鑑賞者は地面にへばりついて鏡に映る自分のスタントプレイを楽しむという仕掛けである。また同じ原理でできているのが、「鏡」と「窓」の不思議を体感させる一連の作品だ。
ガラス越しに誰もいない教室がある。手前に椅子があり、それに座ると向こうの教室の椅子に亡霊のような自分が座っている。この不思議な体験はたぶん誰もが気付いている。夜行列車での車窓に映る車内の光景を何気なく見ているが、それは窓ガラスが鏡にもなるという不可解を原理としたミラクルである。
フィッティングルームでは全身を写すはずの鏡がなく、壁をすり抜けていくことができる。原理は簡単に言えば、メガネにレンズが入っているのと、ただのガラスであるのと、ガラスもなく抜けている伊達メガネとが並んでいる光景を考えればよい。さらにサングラスや鏡を埋め込んだメガネにまで考えを広げると、イメージをめぐる多様性は飛翔する。
窓から眺める中庭では、対面の窓に左右が逆になった自分がいて、こちらを見ている。理髪店では対面する鏡が、互いに鏡写しになって無限に繰り返しながら、鑑賞者の目をかなたに引き込んでゆく。カメラを構えて写そうとすると、どうしてもカメラを構える自分がいて、それを消すことはできない。つまりこの仕掛けの傍観者にはなれないということで、いつも体験者として、システムの中に巻き込まれているのだ。
展示室内には大規模な仮設がつくられ、観客の目を驚かせる。それは遊園地のミラーボックスと大差ない。ガラスはあまりに透明度が高まると、顔をぶつけるが、鏡も磨かれすぎると同じことが起こる。
ここではそうした現代の工業技術に支えられて、遊戯空間が広がっている。歪みのない巨大な鏡が作れる技術は、それだけで驚異だが、それをひとひねりするとアートが生まれる。
これまで芸術は大量にある素材の廃物利用を旨としてきたが、ジャンクアートもまた現代美術の大きな柱であって、その意味でもこれは現代のメインストリームに準じた正統派の作品と言えるかもしれない。
展覧会終了後のインスタレーションのゆくえについても気にかかるところだが、金沢のように恒久作品として引き受けるという方向もありそうに思えるほど、一点一点は仮設を超えた完成度を示していたように思う。あと四カ月間会期は続くが、観客にもまれて消耗品として命を終えるとしたら、それもまたインスタレーションやパフォーマンスのもつ意義でもあるだろう。
このとき作品は場を共有した観客の心に残ればそれでいいという芸術観が前面に押し出されてくる。必要があればまた作ればいいのだ。作品はもののかたちをとらないで作者の頭のなかにある。にもかかわらず、発注芸術は図面さえあれば、作者がいなくても成立する。
体感を重視する姿勢は、映像全盛の現代アートのなかにあって、やはり美術はライブで見るものだと主張する。頭でわかっていても、見ないとわからないものがあるし、見てもわからないものは、身体で体験しなければならない。こうしたライブ感覚は音楽と同調するものでもあり、大勢の観客に混じって混沌のるつぼと化す。
祭りの場を共有する充実感が確かにあった。もし観客がまばらだと、遊園地と同じで、ちょっと寂しい。静かに対話をする現代美術の瞑想空間ではないようだ。金沢のプールも、いつ行っても人だかりが絶えない。
2017年10月21日(土)~2018年2月18日(日)
2017/12/1
染織品や陶器の表面や内面に施された絵柄がとてもいい。王朝は変遷しても一貫した世界観を伝えている。スペインが入り込んで絶滅するまでの豊かな文化の片鱗が写し出されている。16世紀の滅亡まで文字を持たないということは、古代文明が引き継がれていたということでもある。
一夜にしてあっけなく滅び去ったという限りでは、スペインを悪役にした西洋の世界征服史に見えてくる。この歴史絵巻は太平の眠りを醒ますだけではすまなかった。豊かな土地を略奪する欲望は、ここでも飛び道具が支えた。原始的な槍や石では対抗するすべもなかった。
かつて加藤周一は縄文とマヤを比較したことがあったが、両者に共通するのは外からの刺激を受けずに、内部で熟成して、豊かな文化を築き上げたという点だとした。そして外来文化の訪れに反応するように、縄文文化は絶滅した。
そこで何があったかは文字による記録がないのでわからないが、縄文土器が消えて、弥生土器に置き換わったことは確かだ。マヤ文明の顛末は、滅ぼした側からだけの文字による一方方向の記録が残る。
その後江戸の平和を脅かしたのも西洋文明だったが、マヤを滅ぼし海を渡り、日本にたどり着くのに3世紀かかったということになる。江戸幕府260年が結晶させた日本文化の基軸は、浮世絵にしても若冲や蕭白にしても、少なからず海を渡り、国際交流という名のもと友好使節の役割を果たしたが、それは殺戮を免れた美女が略奪されていった姿にも見える。血を回避するための心の痛みは、日本では許されたが、あのとき問答無用の選択肢もあったはずである。
そんなことを考えながら、記録を残す術を知らないアンデスの形を、文字を解読するように見ていた。文明が滅び、残されたものの多弁は、形をもたない考古的遺品のなかに、身を潜めている。
2017年11月17日(金)~2018年1月6日(土)
2017/12/1
写実絵画の系譜をたどる企画である。平成の超絶技巧といってもよいだろう。超絶技巧とはテクニックに走りすぎて、最終目標に多様性がなく、あっと驚くだけで終わってしまうところが難点ということだ。敏感に感じ取る目だけを頼りにすると、見失うものがある。
絵画にとって重要なものは何かを、いつも提起してくれて、目標は写実から離れず、写実を越える道を模索するしかないという点では、絵画の原点に戻ることになるのだろう。超絶技巧への批評は、多くがお前に描けるのかという切り返しに解消され、それ以上は進展しない。
今回の東京都美術館の企画は、絵画とは何を伝えるものかを考える起点になるセレクションであり、見ごたえある作家群は、前回の杉戸洋展で感じた不満をみごとに払拭してくれた。目を近づけてみないとわからないものと、目を遠ざけないと現れないものとが、写実にはある。それぞれは別個の展示空間を要求する。都美術館の広い多様な展示空間を、一人の作家にまかせるほうが、実は酷ではなかったのかとあらためて思った。
天井の高いギャラリーと、そこから見下ろすアトリウム、さらには天井の低い圧迫感のあるインテリア空間が同居しており、異質な展示を強いられる。全室を使ってワンマンショウを企画するほうが、無謀な話ではある。
そうだとすれば逆に、それを実現できるマルチアーティストに出会いたいとも思った。あわせてエンターテイメントであることも要求される。ここは大回顧展をするのにふさわしい集合施設かもしれない。
たとえばナムジュンパイクなどは、ワタリウムの狭い空間で見慣れた目には、きっと新鮮に映るのではないか。パイク本来のスケールの大きさを確認するには、都美術館の助けを借りなければならないような気がする。メトロポリタンミュージアムの名にふさわしい企画を期待したい。
2017年10月24日〜2018年1月8日
2017/12/01
ゴッホ展というには浮世絵の出品も多く、「ゴッホと日本」というタイトルの方がふさわしい展覧会だった。1980年代後半、バブル経済の全盛期にジャポニスムが強調され、学会まで登場して日本文化の雄姿を伝えようとした時期があった。
必要以上の紹介と強調に疑問符を打ってもみたが、文化は経済に引きずられて成長していくものである限りは、致し方ないことかと思っていた。バブル崩壊後、予想どおりジャポニスムは強調されることはなくなった。ジャポニスムすら死語になるのではと思っていたところ、バブルの再来の予感を受けてか、このところ浮世絵の展覧会がやたらと多いように思う。
今回もゴッホ展の名を借りてはいるが、実質はジャポニスムの強調を主眼にした研究の成果報告ということだったようだ。同じ上野公園の国立西洋美術館では「北斎とジャポニスム」という大掛かりな展覧会も開かれている。
確かに新しい知識は増えた。ゴッホが関わった日本美術の細部と、ゴッホに関わった日本人画家の詳細が紹介された。しかしそうした資料展示にはさまれながらも、輝きを放つのはゴッホのオリジナル作品だ。今も明るい画面の発色は、印象派以来の画法と近年のクリーニングのたまものではあるが、実のところ輝いているのは、洗われた絵の具ではなく、ゴッホ自身である。
浮世絵に影響されようがされまいが、ゴッホはゴッホ以外ではない。ゴッホが写した浮世絵が並べられているが、浮世絵に合わせて照明を落としているものだから、ゴッホの絵が暗くなってしまっている。和紙が焼けるのを保護するためには仕方ない処置かもしれないが、アムステルダムのゴッホ美術館で見た油彩画の発する画面の明るさを思うと、果たして両者を並べる必要はあったのかと思ってしまう。
油絵によるゴッホの肉筆浮世絵の方が、オリジナルの版画よりずっと大きいし、出来栄えもいい。盛り上がる絵の具には今そこにいて制作中のゴッホ自身の息遣いが聞こえてくる。浮世絵の場合、たとえ北斎であろうと、彫り師、刷り師をへて遠ざかる画家の手の跡は、油絵とは全く異なるのだ。ゴッホが本当に浮世絵にのめり込んだのなら、油彩画ではなくて木版画を手がけていただろう。
ゴッホは日本に憧れていたというが、憧れていたのは楽園であって、それがたまたま見果てぬ国、日本だったというだけのことだという程度の理解でいいのではないかと私は思っている。ゴッホがもう少し長生きして日本行きが実現していたなら、日本は幻滅の対象になっていたような気がする。
2017年10月14日~12月24日
2017/12/1
単色の大画面が続いている。1990年前後の韓国での特徴的な絵画観である。それは一面の韓国の美意識を伝えるものだ。観念的な抽象性と、具体的な細部へのこだわりを統合しようとする。両者の対立する視線は、絵画を見る距離感への倒錯を伴っており、同時に許容できる位置を探りあてようとする試行錯誤が、実験的で興味深く見えてくる。
絵画を平行移動ではなく、前後運動で鑑賞させようとするのだが、画面は中心をもたないで均一に広がっている。いわば壁紙か壁そのものとして機能するのであって、美術鑑賞とは対極にある同化、つまり対面ではなくて一体化を求めようとする。
西洋の絵画は窓になりたがろうとするが、ここでは壁と一体化することで、視野を閉ざし、近視眼的になって遠近法をつぶしにかかる。イリュージョンがないわけではない。ユン・ヒョングンの黒い雨と題した作品には、広島へのイメージの誘導があるし、垂直の色面分割は、両側に黒いストライプにはさまれると、ビルの谷間の都会の憂鬱と孤独を演出する。その冷たく静かなたたずまいは、かつて柳宗悦が感じ取った「悲しみの白」の論議を内包している。
李朝の素朴なやきものに美を見出したのは、桃山時代の茶人だったが、それは朝鮮半島へ向かう秀吉の野望と連動している。秀吉の作為は、白磁の無作為を前にして断念せざるを得なかった。その無抵抗の抵抗は、内に怨念を秘めている。爆発寸前の沈着が不気味に鈍く光っている。それが李朝のやきものだ。
そのざらついた表面は、眺めるのではない。手で触れ、さらには唇で味わう。目ではなく舌で味わうのが、茶道の美術鑑賞であり、目を閉じてさえも、それは成立する。そこには距離感はなく、対面ではなくて、ものと一体化する自己と体面することになる。
その体感をことばにするとき、銘がうまれる。夕暮れと名づけた茶碗がある。その曲面は手のひらにすっぽりと入るが、目を凝らすとその広がりは壁と化し、広島の茶人なら、呪いをこめて「黒い雨」と名づけることもできただろう。